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第三章:リセット社会の光と影

リセット後の俺は「田中健太」として、新しい人生を歩み始めた。希望通り、背が高く、顔の輪郭もシャープに。筋肉質な体型に、落ち着いた低い声。前の人生の後悔から努力をするようになった。前の人生ではしなかったことや後悔したことをもう繰り返したくはなかったのだ。前世では押し付けられた残業しかしなかったが、自ら残り率先して仕事をこなすようになっていた。また、帰宅後に資格の勉強にも取り組み、着実にキャリアを積んでいった。営業職として苦手なコミュニケーションも克服するために、色々な人と積極的に話すようになった。

そんなある日、テレビのニュースで特集が組まれていた。司会者の問いかけに、有名アイドルと政治家が答えていた。

司会者「成田ララさん、あなたは『うまく行かなきゃリセットしたらいいじゃん』と公言されていますね。リセットを繰り返すことへの抵抗はないのでしょうか?」

成田ララ「ぜんぜんないですよ! だって、人生ってゲームと同じじゃないですか? キャラクターがうまくいかないと思ったら、リスタートする。それってすごく健全なことだと思うんです。」

司会者「なるほど。ではララさんはいまリセットしたいと思っていますか?」


成田ララ「今は全く思ってないですよ。私は今、トップアイドルとして輝いていますから。でも、いつか引退する日が来ます。そのときは、リセットするつもりです。そして、また新しい人生を始めたいと思います。アイドルとしての私を愛してくれたファンの方のためにも、夢が覚めたら潔く姿を消すのが、一番美しい形だと思ってるんです。もちろん、リセット後の私のことは誰も知らないわけですから、また普通の人として、新しい恋をしたり、新しい仕事に挑戦したり…考えただけでワクワクしませんか? リセットは私にとって、人生を自由に彩るための、魔法のパスポートなんです」

司会者「ありがとうございます。続いて、進藤剛さん。あなたは元いじめられっ子だった過去を明かし、リセットによって政治家になったと聞いています。リセットがなかったらどうなっていたと思いますか?」

進藤剛「リセットがなかったら、僕はここにいません。間違いなく、自殺という道を選んでいました。いじめられていた頃の僕は、自分を偽ってばかりいました。周りに合わせようとすればするほど、自分を見失い、孤独になっていった。気づけば、僕の周りには誰一人味方はいなかったんです。絶望の淵で、僕は考えました。『どうせ嫌われるなら、徹底的に嫌われてやろう』と。そこから、人の嫌がることを徹底的に研究し、実行しました。その結果、いじめはさらにエスカレートしましたが、その過程で、僕は人の痛みを、その裏に隠された心理を、誰よりも深く知ることができた。リセットは、そんな僕に二度目のチャンスを与えてくれたんです。人の痛みを知る政治家として、リセットという希望が安易な選択にならないよう、そして、僕のように苦しむ人が一人でも減るように、この国の未来を創っていく。それが、僕の使命だと思っています」


なにも成田ララも進藤剛も有名人としては少数派だ。有名人や政治家は自身のリセット歴や今後のリセットの予定を隠したがるのが常だ。だからこそ、二人の特集が組まれているのだろう。俺は漠然とテレビに見入っていた。番組の間に流れるCMもリセットを推奨する公共CMだった。俺はリセットに思いをはせながらCMを見ていたころを思い出しながら、CMもぼんやりとみる。

まず映し出されたのは、真っ暗な部屋で一人、絶望に打ちひしがれている若者の姿だ。

ナレーションが若者の気持ちを代弁する。「もう、すべてを終わらせたい…」

次の瞬間、彼の周りに温かい光が差し込む演出が入った。

『自殺するくらいならリセットしよう。人生やめる前に、やり直そう。』とでかでかとテロップが表示される。その後にナレーションが「あなたの人生に、もう一度光を。リセットは、あなたを救うためのシステムです。」と続いた。


CMが明けてから今度はリセット反対派のコメンテーターがコメントをしようとしていた。俺は何を考えるでもなく、テレビのチャンネルを変えた。ただ何となくリセットで充実した日々を送っている今、否定派の意見を聞く気持ちにはなれなかったのだ。

チャンネルを変えた先では、また別のリセットを推奨するCMが流れていた。

無機質な音楽とともに、SNSの画面に、誹謗中傷のコメントが次々と表示される。場面が変わり会社の廊下で、同僚の陰口に傷つく女性が複雑そうな顔で遠くをみる姿が映る。また場面が変わり今度は、家庭で、冷え切った夫婦の食卓の様子が映る。その後、画面が四分割になり、それぞれのシーンが小さく映し出されるとともにナレーションが入る。「嫌な人間関係、家庭関係、黒歴史、デジタルタトゥ、全部なかったことにしてしまおう。」

次の瞬間、四つのシーンで同時に彼女たちの表情が晴れやかになり、新しい人生を歩み始める。そこでナレーションが「過去に縛られない、新しいあなたへ。リセットが、あなたの第二の人生をサポートします。」と締めた。


リセットは社会にとってなくてはならない存在になっている。リセットにより自殺率は顕著に低下していた。年間約66万人もの人がリセットを選択している。それだけ人々は悩みリセットに救いを求めているのだと改めて思う。


しかし、リセットの闇もまた存在している。人間関係の希薄化や家族制度の崩壊の問題だ。俺は今朝通勤中に聞いた電車の中の話を思い出していた。

「なあ、知ってるか? うちの親、じいちゃんがボケて介護が必要になったら、さっさと施設に入れてリセットしちまったんだぜ」

「マジかよ。ひでえ話だな。うちのばあちゃんは、親にリセットされるの嫌だからって、自分からさっさと施設入ったよ。『別に面会は来なくてもいい』って、すごく気を使ってるんだ」

また別の会話では、隣に座った女性二人が話していた。

「あそこの夫婦。20年婚らしいわよ」

「流行ってるわよね、〇〇年婚。最長何年経ったらリセットで離婚するって決める夫婦って」

「子供はどうするつもりなのかしら?」

「さあね。最初から作らない夫婦と、18歳までは育てる夫婦がいるらしいけど、あの夫婦はどうなのかしらね」

これらの会話は、リセットは確かに人生をやり直せる希望の光だったが、家族関係の希薄化という深い影も落としていることを示唆していた。それでも俺にとってリセットは救いだった。あの暗闇の日々から俺を救い出してくれた光だったんだ。かすかに早紀のことが頭をかすめるが、俺はそれを振り払うようにテレビを消した。


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