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Chapter4 病めるときも

 成り行きで交際が始まったものの、正直なところ、僕は白石さんについてあまり多くのことを知らなかった。


 彼女について知っていることと言えば、モットーなのか、いつも笑みを絶やさないでいることくらいだ。


 学校の帰り道、不意にそういう話を振ると、白石さんは言った。


「でもほら、曲がり角には福来たるって言うから」

「そんな簡単に福は来ない」


 丁度、民家の石垣を右折しながら言う。「福」とは大袈裟だったけど、白石さんが笑顔だったのでよしとした。


 彼女は出会った時から茶髪で、多少の振れ幅はあるものの、基本的には肩に掛かる程度の長さだった。顔は小さく、瞳が大きい。


 どちらからと言うと、垂れ目なのだけど、視線の動きが直線的というか、左右に振れることがない。だから同時に、その視線からは力強さも感じられた。


 知人の先輩によると、以前はヘアピンを付けていたらしいが、最近はそういう姿を見ない。


「そう言えば、それ、どうしたの?」


 ふと、白石さんが僕の薬指を差した。包帯でぐるぐる巻きになっている。縁日のフレンチドッグみたいに。


転んだ (・・・・)

「ふーん」


 彼女はなぜか僕を見る時、いつも胸の辺りに視線を合わせる。単純に目を見るのは、気恥ずかしいのかもしれないし、他になにか理由があるのかもしれない。


 いずれにせよ例によって、僕は無知だった。


「黒井君ってあんまり自分のことを話したがらないよね」

「白石さんだって」

「じゃあ私のスリーサイズでも教えようか」


 また僕を困らせるようなことを言う。


「肩幅の広さ、首の長さ、両目の間の距離の三つだよね」

「僕の知ってるスリーサイズとは違うね……」


 倫理的に問題がなさそうなので、前述のそれぞれの数値を教えてもらった。ありがたいけど、きっと五分後には忘れている。


「ちなみに好きな食べ物はかき氷だよ」

「へぇ」


 頷いて、僕は続けた。

「夏季に販売するから、かき氷って言うんだって」

「え、氷が欠けてるから「欠き氷」じゃないの? 掻きながら食べるから「掻き氷」とか、「ぶっかき氷」っていう方言が由来っていう説もあるよね」


 返す言葉がなく、真っ直ぐ歩くことに集中した。とても大事なことだ。


「黒井君の学のなさが光るね」


 そんなものを光らせた覚えはない。


「じゃあ黒井君の好きなものは?」

「レモネードが好きだよ、自分でもよく買うし」

「え、レオタードが好き? それもよく買うって自分で着るってこと? ちょっと付き合い方を見直さないと」

「……生きるって難しいね」



 ♢♢♢♢♢♢



 着実に、一歩ずつ自宅が近付いていた。心を殺す必要があった。


 ここでの会話に集中しようとそんな風に思う。


「白石さんは僕のどんなところがよかったの?」


 会話の流れに力を借りて訊ねてみる。


「私達って、街の清掃活動で出会ったよね」

「うん」

「普通はさ、歩きながら流れの中で目に付くゴミだけ拾うでしょう? じゃないと疲れちゃうし大変だから。でも一人だけ、いちいち立ち止まって腰を落として、一生懸命草を掻き分けている姿を見て、『ああ、この人は馬鹿真面目なんだな』って思ったの」


 全く褒められている感じがしない。


「逆に黒井君は私のどんなところがよかった?」

「一緒にいてくれるところ」


 言って、僕は自分の薄暗い過去と今を見る。


「僕の周りからは次々と人が遠ざかっていくから」

「だからこそ、人と人は手を取り合うんでしょう」


 白石さんは微笑み、一方的に僕の手首を掴んだ。親指と人差し指の間に、彼女の人差し指が入り込む。まるで、暴漢の手の動きを封じるかのように。


「思ってたのと違うんだけど」僕は言う。

「これは、フィンガーロックっていう格闘技の技だよ」

「技なんだ……」


 それから、僕達はきちんと正式に手を繋ぎ直した。  

   

 白石さんの白くて柔らかい手の平から、じんわりと熱が伝わる。重たい足取りが少し軽くなった。


 僕達の関係がどこに行き着くのか、今は分からない。いつまでお互いの手を取り合っていられるのかも不透明だ。だからと言って、なにも今、それを手放す必要はない。


 お互いのことだって、一歩ずつ知っていけばいいのだから。



 ♢♢♢♢♢♢



「今度の休みの日は一緒に出掛けましょう」


 出し抜けに白石さんがそんなことを言う。それはデートだろうか、と少し逡巡する。


血沸(ちわ)にく(おど)るような、楽しいお出掛けになるといいね」


 多分デートじゃない。


 一抹の不安を覚えながら、道を進む。すると、白石さんが神妙な表情で立ち止まった。後ろに見える夕陽が彼女を照らしていた。


「そう言えば、あのペンダントってまだ持ってる?」

「持ってるよ」


 自然と、自分の物言いまで穏やかなものになる。


「実は今も」


 僕が指を痛めたのは、転倒・・の際、とっさに胸元のペンダントをかばったからだ。


 だけど、そのことは白石さんにも内緒だった。彼女からの贈り物をにこんなに大切にしていることは口が裂けても言えなかった。恥ずかしいから。


 そんな風に、僕と白石さんは毎日を積み上げていた。それは脆く、頼りないものの集まりだったけど、僕にとっては、守るべき価値のあるものだった。


 その大切なものを、自らの手で崩さないようにと思ってならない。

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