弟って呼ばないで
あいつ……なんか雰囲気変わったよな……
俺、巽翔太は、自室のベッドにごろんと横になり、物想いなんかにふけっている。
考え事は、隣に住むいっこ下の幼馴染み、柳田麻裕の事。
お隣さんなのに、なんだか久し振りに顔を見たのは今日の夕方。
素朴で飾らない雰囲気のせいで、誰も気付かないけど、素材はいいって事、俺は前から知っていたんだ。
だって、あいつのお母さん、麻由美さんはとても綺麗な人で、幼稚園児だった頃の、俺の初恋の人でもある。麻裕は、間違いなく麻由美さん似だった。
けど、いつまでたっても痩せっぽちで、凹凸のないおこちゃま体型。短い髪。頓着しない服装。
色気のカケラも無くて、俺と一緒にいると、兄弟?ってよく訊かれたっけ。
それが――
今日、久し振りに会った麻裕は、短かった髪が肩まで伸びていた。
いつも男の子に間違われるような奴だったのに、何かが変わり始めているのを感じた。
原石が、磨かれようとしている……?
でも、誰の手で……?
好きな人がいるとか、男が出来たとか、そんな話はあいつから聞いた事がない。
けど、ぶつかった拍子にあいつの買い物袋からこぼれ落ちたのは、チョコの材料だった。
時期も時期だし、そういう事なんだろうなぁと思ったんだけど……。
なんかおもしろくねー。
ちょっと前まで、いつだって俺の後ろにくっついていたのに、いつからこんなに距離を感じるようになったんだろう。
俺が高校入ってしばらくは一緒に遊んだりもしたんだけど――夏くらいからかな? なんだかスケジュールが合わなくなって、疎遠になって。
麻裕が受験生だからって事もあって、俺も意識して誘わなくなったんだけど……。
一応、物心ついた頃から兄貴ヅラしてきたんだからさ。一言報告くらいしろよな。
麻裕は俺と同じ高校を受けたって、俺の母さんが麻由美さんから聞いていた。
今はこんなだけど、合格したらまた以前のようにつるんでいられると思ってた。
あいつといると、自然体の自分でいられる。ほっとするというか、気が楽というか。
だから結構、楽しみにしてたんだけど……男が出来たんじゃ、そんなわけにもいかねーのかな。
やっぱ……
なんかおもしろくねー。
*・・*・・*
翔ちゃん、またオトナっぽくなってた……。
今日の夕方。買い物をして、店を出たところでぶつかったのが翔ちゃんだった。
お隣に住んでいるのに、何ヶ月ぶりに会ったんだろう。
まひろ、髪伸びたな……って、そっと触られた。
前はいつだって、ガシガシっと頭を撫でられたもんだから、そんなふうに触られて、びっくりしちゃって――
荷物を掻き集めて、用事があるからって逃げて来ちゃった。
いつも綺麗な女の人が集まって来ちゃうくらいカッコ良くなった翔ちゃんだもん、きっと女慣れしてて……だから、さっきも……
翔ちゃんの背がどんどん伸びて、なんだかオトナっぽくなって――でも、ずっとくっついていられるって思ってた。
弟に間違われる事なんて慣れていたのに、あの夏の日、初めてそれを悔しいって感じて――
それから私は、翔ちゃんを避けるようになってしまった。
去年の夏休み――
私は翔ちゃんとふたりで遊園地へ行った。
たくさん遊んで、くたびれて、ちょっと一休みしようって事になって――
ジャンケンで負けた私がアイスを買いに行って――
戻って来たら、翔ちゃんは綺麗な女の子に囲まれていた。
翔ちゃんの高校の同級生だっていう彼女たちは、みんなオトナっぽくてオシャレで――
私はたったひとつ年下なだけなのに、あまりにも自分と違う雰囲気に、立ち竦んでしまった。
Tシャツとジーンズにスニーカー――いつもと同じ格好なのに、それが酷くみっともなく感じたから。
翔ちゃんが私に気付いて、まひろ! って呼んだ。おいでおいでをされて――
恐る恐る近付いて行ったら、彼女たちが言ったの。
もしかして、タツミの弟? かわいーねー。
まひろくんって言うんだ~。
翔ちゃんは、やっぱり言われた……というように苦笑いして――
そうじゃなくて、隣に住んでる幼馴染み。
ついでに言うと、まひろくんじゃなくって、まひろちゃんね。
説明している声を聞きながら、私の頭の中はぐるぐるしてた。
ああ……またやな事思い出しちゃった。
溜息をついて、ダイニングテーブルに両肘をつく。
自然に目に入るのは、キッチンで夕飯の支度をしているママの後ろ姿。
自分の母親の事を、こんな風に言うのも変だけど――ママは綺麗で朗らかで、パパとだっていつまでたってもラブラブしている。
翔ちゃんの初恋の人が、うちのママだって事は、この辺に昔から住んでる人はみんな知ってる。
「ずるい……」
思わず口にすると、ママは、なぁに? と振り返った。
「美人でスタイルもいい母親から産まれたのに、どうして私はこんななの? って思っただけ」
拗ねたように唇を尖らせて言うと、ママは、あら~ありがと……ってにっこり笑った。
タオルで手を拭いて、私の向かい側の椅子に座る。
ぷいっと目を逸らすと、ママがくすくすと笑ったのが聞こえた。
「私ね、子供の頃、まひろとそっくりだったのよ」
不意に言われて、私は目を丸くしちゃった。そんな訳ないじゃんって思って。
でもママは笑って頷いたの。
「ちびで痩せっぽちで、全然女の子らしくなくってね~。ただ発育が他の子より遅かったってだけなんだけど……ずっと男の子と間違われててね」
「私と同じ……」
信じられない。ママを恋人にする時、大変な争奪戦だったってパパから聞いた事があるから――
呆然としている私に、ママはまた綺麗に笑いかけた。
「まひろは、今はまだサナギなのよ。焦らなくて大丈夫」
「ホントにっ?」
思わず力一杯訊いたら、ママはニヤリと笑ったの。
「今までそんな事、ちっとも気にしてないふうだったのに……好きな男の子でも出来たかな?」
「知らないっ!」
ぷいっと、またそっぽを向く。やな母親だ。
ママは笑った顔のまま立ち上がり、またキッチンへ戻って行った。
「そんなふうに意識する事が、変わり始めるきっかけになるものよ。パパは言ってるわ。まひろは最近、ママの若い頃に似てきたって。ママ自身、男の子に間違われなくなったのは、高校生になった頃からだったかな?」
まひろも、もうそろそろよ……って言いながら、ママは鍋の具合を見ている。
そうなのかな……?
今日……翔ちゃんの目に、私はどう映ったんだろう……
そう考えると、なんだか怖くて――
「手伝う……」
私はママにくっついてキッチンに立った。
*・・*・・*
「タツミ~!」
電車を降りた所で声を掛けられて、俺は振り返った。
「お~、佐々木じゃん」
手を振りながら駆け寄って来たのは、同じクラスの佐々木瑛子。美人が多いと評判の我がクラスだけど、佐々木はその筆頭かな?
中学は隣の学校だったから、もちろん面識はなかったが、自宅の最寄駅が同じだったために、佐々木とは結構話をする機会が多い。
俺のダチはみんな羨ましがるけど、残念ながら、俺は佐々木をそういう目で見た事はない。
佐々木は俺の側まで来ると、う~寒っ……と、首を竦めた。
「同じ電車だったんだ~」
「みたいだな」
佐々木は暖かい電車の中で眠くて堪らなかったらしく、もっと早く気付いていればタツミを話し相手に過ごしたのに……と言った。
「寝たまんま終点まで行ってみれば? 笑ってやっから」
「ひど~い!」
ほとんど追っかけられながら駅を出た。
駅前で佐々木とは帰り道が別れる。
じゃ……と佐々木を見ると、佐々木は道の向こう側を指差して、あれ……と言った。
「あれ、まひろくんじゃない?」
佐々木の視線を辿ってみると、確かに麻裕だ。
でも、ひとりじゃなかった。
麻裕は、同じ年頃の男と一緒だった。
薄暗くなってきた駅前の通り――
街灯の明かりを柔らかく受けながら、麻裕の顔は微笑んでいた。
それは、俺が知っている、にこにことかゲラゲラとかいうのとは随分違っていて――
あいつ、あんなふうに微笑んだりするのか?
なに親しげに話し込んでんだよ……。
「あの子、雰囲気変わった? 夏に会った時は、どこから見ても男の子だったのに」
俺の傍らで佐々木が言った。
「ね、一緒にいる子、カレシかな?」
「知らねーよ」
返した声は、自分でもはっとするほど不機嫌な声で――
佐々木は聞こえよがしに、大きな溜息をついた。
「タツミのそういう顔、初めて見たわ。気になるんなら、行ってあげれば? まひろくんのとこ」
「そんなんじゃ……」
言い訳しようとした俺の声は、途中で固まっちまった。
麻裕の大きな瞳からぽろりと零れた涙が、街灯の明かりに煌めいたから――
麻裕は辛そうに俯いて、ハンカチで目元を拭っている。
傍らの男は、なんだかオロオロした様子だった。
あの野郎……泣かせたなっ!
かぁっと頭に血が上って――
「まひろっ!」
気が付いたら、大声で叫んでた。
ガードレールを飛び越えて道を横切ろうとしていた俺に、背中から佐々木の声が追いかけて来た。
「タツミー! あんたにチョコあげるの、やめたから~~!」
き……聞かなかった事にしよう……
*・・*・・*
目に……ゴミが入ったんだとさ……。
目に、ゴミがな。
俺は、はぁぁ~っと溜息をついて、頭を掻いた。
傍らで麻裕がくすくすと笑った。
「びっくりしたよ。翔ちゃん、突然山本くんに『まひろを泣かせたのか』って怒鳴るんだもん」
だってなぁ。あの状況だもんなぁ……
「悪い……」
取りあえず謝ってしまおう。もちろん、あの男にも謝った。
「ありがと。心配してくれたんだよね」
麻裕から返って来た言葉に、ちらりと横目でそちらを見ると――
なんだよ……こいつ、えらく可愛くないか……?
「いや……その、なんだ……」
落ち着かない気分で、俺はまた頭を掻いた。
妙な感じに心臓の音がデカく響きやがる。
「でも……」
麻裕は急に、申し訳なさそうに俯いた。
「私のせいで、翔ちゃん、彼女と喧嘩になっちゃったんじゃないの?」
ん? ん? ん? 状況が飲み込めない俺を放って、麻裕は小さくため息なんてついて――
「あの人……夏に遊園地で会った中のひとりだよね? 綺麗な人だから覚えてる」
ちょっと待て……なんか勘違いされてる?
「あれは彼女なんかじゃねーよ。ただのクラスメイト。降りる駅が同じだから、時々一緒になるんだ……」
俺が言うと、麻裕はくりくり目を見開いた。
「だって……チョコあげないからねって……」
しっかり、こいつにも聞こえていたらしい……。
「さぁ、そんな事言ってたか? どーせ義理だろ?」
言いながら、佐々木が予てから、私は本チョコ主義……と豪語していたのを、記憶の奥底に押しやって蓋をする。
その一方で、なんで俺はこんなに一生懸命になって、自分はフリーだと主張しているのか……って、情けなくなっちまう。
そうだよ……
俺はホントにフリーだけど……
「お前は? あの山本って奴、カレシか?」
俺は出来るだけ自然な感じに訊いたつもりだったけど――ちょっと声がひっくり返ってしまった。かっこわりぃ。
麻裕は驚いたように立ち止まった。
俺も足を止めて――目が合うと、麻裕はフルフルと首を横に振った。
「山本くんは、塾で同じクラスだったの。おつかいで駅前まで行って、ばったり会って、立ち話してただけだよ」
そして、急に笑い出した。
「やだ、そんなふうに見えたの? だいたい、私ってこういう見てくれだよ? 男の子と一緒にいたって、兄弟には見えても彼氏と彼女に見えるわけないじゃん。翔ちゃん可笑しい……」
「見えたんだよ」
俺はなぜだか、シリアスな気分で麻裕を遮っていた。
麻裕はそれを感じ取ったのか、笑うのをやめて、俺を凝視している。
ヤバイ……
抱き締めたい衝動にかられてしまった。
それを理性で押さえ込み、俺はやっと笑顔を作ってみせた。
「お前、綺麗になった。そんなふうに変わったの、カレシでも出来たせいなのかなって思ったんだ。昨日、チョコの材料持ってたし……」
俺の言葉に、薄暗い中でもわかるくらい、麻裕の頬が赤くなった。
おい、だからヤバイって。
麻裕の仕草のひとつひとつに、自分が激しく動揺しているのがわかる。
「あれはママに頼まれた買い物。ママはパパへのチョコ、毎年手作りするから……。私はカレシなんていないもん」
恥ずかしそうに俯いたまま、麻裕はぽつりぽつりと言った。
「そっか」
素っ気なく言いながら、内心俺は、よっしゃぁ~! と、ガッツポーズしたい気分だった。
何が、よっしゃぁ~! なんだか……と、慌てて我に返ったところで、麻裕が言った。
「でも……好きな人は出来たんだ……」
ガツンと、一発殴られた気分だった。
*・・*・・*
翔ちゃんに送ってもらって――って言っても、翔ちゃんちはお隣なんだけど――家に帰って、私は思い切ってママに言ったの。
「チョコの材料、わけてくれる?」
って……。
綺麗になったって、言ってくれた事が、私に勇気をくれたんだと思う。
生まれて初めての本命チョコ――
叶わなくてもいいや。私の気持ちを伝えたいだけ……そう思ったの。
キッチンにいたママは、私を振り返ってにっこり笑った。
「やっと、翔太くんにあげる気になったんだ」
なんでもお見通し……。
ほんと、やな母親だ。
*・・*・・*
男どもがソワソワするバレンタインデー。
いや、女も同じか?
学校中が何だか浮き足立ったような一日を、俺はかなりブルーに過ごした。
佐々木はいつもと同じに振舞ってくれた。
こういうところはホント、サバサバしているし、滅多にお目に掛かれない、いい女だと思う。
佐々木からのチョコはもちろんなし。義理チョコも、誰かにやった気配はなかった。
申し訳ないと、正直思う。
でも俺は、自分の気持ちに気付いてしまった。
いや、遅すぎるっつーか、俺とした事がにぶちんで参ったね、と言うか……。
他のクラスの女子から、何個かのチョコをもらった。
義理か本命かなんて知らない。
どーでもいいやって気分で受け取った俺は、かなり腐っている。
仮にも渡す方にとっては、一年に一度の大事な日なのにな。
でもホントのところ、他人を思い遣るほどの余裕が、今日の俺にはなかったんだ。
帰宅して、自分の部屋でチョコのやけ食いをしてたら、玄関でチャイムが鳴った。
母さんが買い物からまだ帰ってない事を思い出し、よっこらせ、と立ち上がる。
こんな時間に誰だぁ……? と思いながらドアを開けると――
「まひ……」
ドアの向こうに、緊張した面持ちの麻裕がいた。
手に、綺麗にラッピングされた可愛い包みを持っていたのが見えたと思ったら、麻裕は慌ててそれを、自分の背中に隠してしまった。
その包みから、今日何個も見たものと同じ意味合いの匂いを感じ、俺の心臓がうるさく騒ぎ始めた。
もしかして……
もしかして……っ!?
放っておいたら勝手に崩れだしそうな頬を、懸命に保とうとしている俺を尻目に、麻裕はなぜか、悲しげに瞳を漂わせ――やがて、ふっと逸らせてしまった。
「ご、ごめん……なんでもない。翔ちゃんバイバイ……っ!」
突然言い放ったかと思うと、くるりと背を向けて、麻裕は庭を門の方へ去って行こうとする。
「バ、バイバイって、おいっ!」
麻裕の背中を追うように両手を伸ばし、俺は初めて自分の失態に気付いた。
俺の両手には、食べかけのチョコと、読みかけのメッセージカードが握られたまんまだった……!
俺の、大バカ野郎~~~~~っ!
慌ててそれらを投げ捨てて、俺は玄関を飛び出した。
*・・*・・*
「まひろっ! 待てって……!」
翔ちゃんちの門を出た所で、腕を掴まれた。
「やだ! 帰るのっ……!」
振り払おうとするのに、翔ちゃんの手は凄い力で――私なんかが暴れても逃げられない。
「まひろ……おとなしくしろって! 聞けよっ!」
ぐいっと、力強く引き寄せられて――あっという間に私は、翔ちゃんの両腕の中に捕まってしまった。
私の耳に、心臓の音が聞こえる。
それは私のとおんなじくらい速く打っていて――でも私の鼓動とは違う。
これ……
翔ちゃんの心臓の音……?
そう認識して初めて、翔ちゃんに抱き締められているんだって気が付いた。
ヘナヘナと、身体から力が抜けて――翔ちゃんは、私の手からチョコの包みが滑り落ちる前に、それを取り上げてしまったの。
「これ、もらっていいんだろ……?」
優しい声が訊いた。
腕を少し緩めて、翔ちゃんは私の顔を覗き込む。
私は精一杯の膨れっ面をして、ぷいっとそっぽを向いてやった。
「だって……翔ちゃん、チョコ食べてたじゃん。もういらないでしょ?」
私の声は震えてて、自分で聞いても変な声。
鼻の奥が、つん……として、我慢してたのに、喉が詰まるような感じになって……
やだ……やだ、みっともない……。
こんな所で駄々っ子みたく泣きたくない。
惨めな気分で、ぐっと堪えているのに、翔ちゃんは、くすっと笑った。
「あれはな、義理チョコのやけ食い。一番欲しいチョコが、もらえないと思ってたからさ」
そう言って翔ちゃんは、私の顔の前で、私からぶん取った包みを軽く揺すって見せた。
「もらえないと思ってたんだ。一番、俺が欲しかったチョコ……。すっげー嬉しい」
私に言い聞かせるように、翔ちゃんは重ねて言った。
一番欲しかったチョコ……って。
私からぶん取った包みを嬉しそうに揺すりながら――
すごく長い時間をかけて、私は翔ちゃんの言っている意味に辿り着いた。
はっとして顔を上げると、翔ちゃんはまた、くすっと笑った。
「まひろのにぶちん」
だって……
「だって、私はいつだって弟と間違われるような幼馴染みで、翔ちゃんはいつだって綺麗な女の子に囲まれてて……」
言いながら、あんなに我慢してたのに、ぽろっと涙が零れちゃった。
翔ちゃんは、あ~ヤバイ……と言いながら、もう一度私をしっかり抱き締めた。
「お前、可愛すぎ」
ぼそっと、困ったように耳元で囁かれた。
*・・*・・*
「こら、翔太っ。天下の往来で、他所のお嬢さんに上等なマネしてるじゃない」
聞き覚えあり過ぎる声が投げ付けられて――振り返ったら、妙な笑いを浮かべた母さんと麻由美さんが立っていた。
二人は同じスーパーの買い物袋をぶら下げていて――
「うちの大事な一人娘ですからねぇ。翔太くん、ちゃんと責任とってくれるんでしょうね?」
くすくす笑いながら、麻由美さんが俺を脅しにかかる。
ちらりと、麻裕を窺うと、耳まで赤くなって固まってしまってた。
くぅ~~っ……参ったね……
誰が手放すもんか。
俺は大胆不敵にも、母親たちの目の前で、麻裕をまた腕に抱き込んだ。
小さく悲鳴を上げた麻裕の頭をガシガシっと撫でて――
「もちろん。任せて、麻由美さん」
満面の笑みで、言い放ってやったんだ。
END