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(私、勇気を出してみようと思う)
思うだけで、まだ実行出来ていなかった。
「黒木様どこに行ったのかしら」
「見当たらないわねー、やだー黒木様に会いたい」
(黒木様? あれ、あの人教室に居ないのかな)
結居蘭が黒木と知り合いになってから二週間が経とうとしていた。
未だに結居蘭は、あの人が本当に自分と知り合いなのかと、信じられないでいる。
黒木は女子の間では人気者で、学級委員もしてて、テストは学年一位で、見た目もとても目立つ。
自分とは住む世界がちがう。
関わりのない、人種の違う人だと結居蘭は思っていた。
(ゆずきの友達だって言うから、私も仲良くしないとって思っているけど、黒木様自身、私の事を本当に友達だと思っているんだろうか?)
自分は真希の友達で、黒木自身と結居蘭がなにか関わりがあったかと言われるとそんなもの一つもない。
真希が居なければ、二人は出会っても、こうして関係を持つことさえなかった訳で、そんな人と無理に仲良くする必要ってあるのか? と結居蘭は思い、この二週間悩んでいた。
(今までの私ならば、無理をしてずっと笑ってやり過ごしていただろうけど、今は違う)
今は真希の助けもあって、結居蘭は自分で居ることを取り戻した。
(だから本当の私で、例えこれで友達になれなくても、一度でいいから、黒木様と真剣に話をして、向き合ってみたいんだって思ってもう、一週間は過ぎただろう。私は勇気が出ず、黒木様から逃げた……。さよならと告げる黒木様の声も、顔も、忘れられない)
彼女はさよならと言った時、自分を不安にさせまいと、きっとにこやかな笑顔を見せたんだと思う。
初めて黒木と言葉を交わしたあの日も、焦る結居蘭に対して、黒木は優しく微笑みかけてくれた。
結居蘭が踏み出せずに、素っ気ない態度をしても、黒木は一度も結居蘭をおかしいや、気持ち悪いだのと言わなかった。
真剣に話し合えば友達になれるかもしれないと思ったが、結居蘭は昨日、黒木を拒絶してしまった。
黒木が結居蘭の頭を撫でた瞬間に、結居蘭は過去の記憶が、一気にフラッシュバックして、触らないで、優しくしないで、としか考えられなくなった。
黒木なのに、結居蘭は違う人に重ねてしまった。
(酷い話だよね、男の人と重ねるなんて。黒木様は女の人なのに)
優しい熱が、優しい暖かさが、結居蘭は嫌いだ。
裏切られた事があるから。
(でも、あの後思い出したけど、一つだけ違う事がある。黒木様、彼女の手は、あの人の様に暖かくなくて、冷たい)
席に座り、そんな事をぼーっと考えていると、急に後ろから抱きしめられた。
「ゆいらー!」
「わぁっ⁉」
「ははは! なんだよ、そんな顔して。何か難しい事でも考えてんのか? あ! あれだろ、明日地球が滅んだら⁉ とか妄想してたんだろ」
「何故そうなる。それはゆずきでしょ?」
「おうよ! あたしは明日地球が滅ぶなら、ゆいらと、ついでにくろきにも、あたしの全身全霊全力のライブをおくりてぇかな!」
「ゆずきの音楽は死んでも頭の中で響いてそうだね」
「いいこと言うなゆいら! あたしのミュージックは、フォーエバーなんだ!」
「はいはい」
「あー! ギター弾きたくなった! ちょっと弾いてくんわ!」
「次の授業は?」
「出ねぇ!」
「わかった言っとく」
「ありがとフレンド。じゃあまた昼飯の時にでも会おうぜ。じゃあな!」
そのまま真希はロッカーからギターケースを取り出して、小さな体で背負ってどこかへ走って行ってしまった。
(屋上かなー。ゆずきは自由だなぁ)
結居蘭はそんな事を思いながら三時間目の支度をした。
***
(あ)
三時間目の授業が終わり、トイレに行こうと席を立ち上がった時に、教室の掲示板に書かれている文字を見て、結居蘭ははっとした。
(今日は図書室に新刊が入荷するんだ! 忘れてた。帰りに見に行こうと思ってたけど、今一人だし見に行こうかな)
そのまま結居蘭は図書室へと足を運んだ。
図書室のドアを開けると、人の気配はなく、静寂が広がっていた。
(あぁ、なんて幸せなのか、心が落ち着く)
結居蘭は駆け足で新刊コーナーへ行き、誰もいないのをいい事に席まで本を持っていかず、新刊コーナーのその場で立ちながら本の世界に夢中になった。
しばらくしてからドアが開く音が聞こえて、はっとした。
(あ、私……。今って、四時間目始まってる時間だよね!?)
「あら? 加藤さん?」
時計を見ようとした時に、後ろから声をかけられた。
「あ、かすみ先生」
「新刊見に来てくれたの? うふふ、ありがとう」
「す、すいません。私、また授業を忘れて読みふけっていました」
「加藤さんは本当に本が好きね。先生嬉しいわ。授業は私が後で先生に言っとくから気にしないで」
「す、いや……あ、ありがとう、ございます」
図書室のかすみ先生。
こうしていつも結居蘭が授業を忘れて本を読んでいても止めもせず、怒りもしないでいてくれる優しい先生だ。
いや、本当は注意する方が良いのだろうが、結居蘭はかすみ先生が本を読んでるのを邪魔しないでいてくれる事がとても嬉しい。
「あ、ねぇ加藤さん、黒木さんはまだ起きてこないかしら?」
「え?」
「あれ? もしかして、知らない?」
(黒木様? 黒木様がどうかしたのかな?)
「加藤さんって黒木さんのお友達でしょ?」
「えっと……」
「うふふ。黒木さんがね、この間私にとても嬉しそうに話してきたのよ。先生、僕また友達が出来たんだ! しかもとっても綺麗でかわいい子なんだって」
「そ、それが……私?」
「うん。名前は? って聞いたら加藤結居蘭ちゃんって言うんだって言ってたから、あ、加藤さんだなーって思って。二人が仲良しだなんて先生嬉しなぁ。――あ、えっとそうだ。それでね、加藤さんは黒木さんの友達だから、黒木さんの頭痛の事を知ってるのかと思って」
「頭痛?」
「ええ。黒木さんってひどい頭痛持ちでね、学校には来るんだけど、とても無理をしてね。ほら、彼女みんなの前ではかっこよくて美しい自分を、何としても見せたい人じゃない? でもある日倒れちゃってね、保健室で休ませてたんだけど、ファンの子達が群がっちゃって、彼女ゆっくり休めなくて。だから私がここで休んで良いよって言ってから、頭痛の時はここで寝かしてるのよ」
「そ、それで、黒木様は? 大丈夫、ですか?」
「今は薬を飲んで寝ているわ、顔見ていく?」
「……」
彼女はゆっくり休みたい筈だ。
それに、自分は教室に戻らなければ行けない。
(でも、顔が見たいな。黒木様……心配だな)
「様子見させてください」
「受付の中にいるよ、こっちこっち」
結居蘭はそのままかすみ先生の後に続いて、本の貸出カードが並んでいる受付の中へと入った。
中はかすみ先生の仕事部屋みたいになっていて、その小さな部屋の中で見慣れた服装で、見慣れた髪型の人が寝そべっていた。
「まだ寝てるみたいね」
黒木は顔に青のタオルをかけていて、表情が見えない。
「大丈夫、かな」
「さっきまで唸ってたけど、今は落ち着いてきたみたいね」
「熱とかは、ないんですか?」
「うん、たまに風邪と頭痛が入り混じってる時もあるけど。今日は頭痛だけみたい」
「良くなってるなら、良いですけど」
「あ、加藤さん、まだここにいる? それとも教室帰る?」
「いいえ……ここにいます。黒木様が起きるまで、ここにいます」
「そっか、うん。ありがとう。あのね、私職員室に呼ばれてて行かなきゃいけなかったんだけど、黒木さんが起きたかだけ確認したかったの。加藤さんは適当にお茶とか飲んでて良いよ」
「え、あ……いや、そんな」
「じゃあ、お願い! クローズの札はかけてくから多分誰も来ないわ」
そのままかすみ先生は駆け足で図書室を後にした。
再び図書室は静寂に包まれたと思ったが、今は目の前で眠っている、黒木の寝息が小さく、この部屋に響いている。
(なんか、不謹慎だけどタオル顔にかけて動かないから、死んだ人みたいだなぁ。タオル取ってみよ)
そっと顔にかかったタオルをどけると、当たり前だけど眠っている。
黒木は上まつげが左右共になんか一本だけ異様に長い特徴がある。
いつもは綺麗な目元も、今はアイラインが掠れて、パンダみたいになりかけている。
(辛かったのかな……あ、いや、でも黒木様って死んでも生き返りそう。ふふっ、はははははは!! この黒木恵愛がかわいい女の子を残してそんな簡単に死ぬとでも? とか言って)
「ふふっ」
なんだかそんな図を思い浮かべたら笑いがこみ上げた。
「……んー」
(あ、起こしたかな?)
薄く目を開ける彼女と、結居蘭はバッチリ目が合った。
そして小さく一言聞こえた。
「んっ……マリア」
「え?」
結居蘭の声にはっとしたのか、薄くしか開いていなかった目は完全に開かれた。
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