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結居蘭は今日も、偽りの自分で過ごしていた。
やっと長い一日が終わり、帰れると思った所で、結居蘭は隣の席にいる柚木真希に声をかけられ、手を引っ張られ何処かへと向かう。
「え、あ、あの」
結居蘭にとってこの状況はとんでもなく怖いのだが、このまま手を振りほどく方が、よっぽど怖いと思い、結居蘭は手を振りほどけない。
真希は話し方もぶっきらぼうで、授業もよくサボってどこかに行っている事が多い。更にはいつも右目に眼帯を付けていて、結居蘭はそんな真希に対して「絶対に関わりたくない」といつも思っていた。
(なんだろう、私何かやらかしてしまったのかな……これだけ階段登るって事は屋上だろうな。――どうしよう落とされでもしたら。あぁー……人生の終わりかもしれない)
真希の顔は険しく、そして歩いている最中、何一つとして喋らなかった。
結居蘭の予想は当たり、屋上のドアを真希は空いた左手で乱暴に開け、結居蘭を押し込んでからまた乱暴にドアを閉めた。
そして、結居蘭を見る。
険しい顔の真希と対面する事になり、目が一瞬合っただけで怖くなり、急いで目を逸らす。
「なっ……なんですか?」
「つまんねぇ」
「――えっ?」
「つまんねぇんだよ! てめぇ、もっと真っ直ぐ生きれねぇのかよ⁉」
胸ぐらを掴まれ、唾がかかるほどの距離で真希に怒鳴り散らされる結居蘭。
何故そんなにも怒っているのか、訳がわからない。
だが、その言葉に結居蘭は苛立ちを覚えた。静かに拳を握りしめ、静まれと、落ち着けと自分に言い聞かせる。
だが、真希はそれを許してはくれない。
「おい、なんだよその拳は。何が言いてぇんだ?」
「べつ……に」
「じゃあなんでそんな顔すんだよ? あぁ⁉︎ はっきり言ってみろ!」
何もない。ただそれだけ言えば良かったのに。結居蘭はそう言えなかった。
「――くせに」
「あ?」
「何も知らないくせに……勝手なこと言わないでよ!!」
結居蘭は真希を両手で突き飛ばした。
その場に転げる真希を横目に、結居蘭は強く下唇を噛み、声を荒げたまま話を続けた。
「私だって……私だってまっすぐ生きたいよ! ――でもダメなの! それじゃダメなの!!」
「なんでだよ、なんでダメなんだよ?」
涙が込み上げてきて、溢れそうになる。
結居蘭はスカートを両手で握りしめながら天を仰いだ。
「排除されるから……最悪な場合、イジメにあう。――そんなの、もう嫌なの」
そんな様子を見た真希は結居蘭に駆け寄ると、そのまま結居蘭を抱きしめた。
「――あたしが、居場所になってやる」
「――えっ?」
「お前がお前で居られる、本当のフレンドになってやるって言ってんだよ!」
結居蘭と真希の視線が交わる。
真希の顔は、真剣そのものだ。
「信じてみろよ」と言う夢での誰かの言葉を、結居蘭は思い出し、そのまま真希に自分から抱きついた。
結居蘭の目から、大量の涙が滴り落ち、静かに泣いた。
そして掠れた声で言った。
「――助けて」
「任せとけ」
***
次の日、結居蘭は学校の校門前で真希を待っていた。
髪は結んでなく、スカートも長いままで、化粧もして来なかった。
しばらくすると赤いスカートをはいている低身長の栗色ショートヘアの女子が見えた。
顔を見れば、その右目には今日も眼帯がしてある。
結居蘭の姿に気づくと、その場で手を振り、駆け足で近寄ってきた。
「おはよーゆいら!」
「お、おはよう……ございます。ゆずきさん」
「はぁ? まきでいいぜ!」
「えっ、あっ、いや……でも」
「あたしがいいって言ってんのに……まぁいいや。ゆいらが呼びやすいやつでいい」
困る結居蘭を見た真希はそう答えた。
「えっと……じゃあ、ゆずきで……いい?」
遠慮がちにそう返す結居蘭に、真希は笑顔を向けた。
「おう!」
二人は同じクラスである為、教室まで一緒に向かう。
教室の前まで来た二人だったが、そこで結居蘭の足が止まった。あとドアを開けて入れば教室に到着するというのに。
「ゆいら?」
「――怖い」
昨日決意した心が、また揺らぎ始めていた。
怖いと言って体を小さく振るわせる結居蘭の右手首を、真希は右手で掴み、教室のドアに手をかける。
「大丈夫だ! あたしがついてる」
そう言って真希は歯を見せてニカっと笑って見せた。
その笑顔は、結居蘭に安らぎを与えた。
結居蘭はその場で目を閉じ、深呼吸をすると、ゆっくりと目を開けた。
「うん。――大丈夫」
その言葉を聞き終わると、真希は教室のドアを勢いよく開けた。
教室に居る皆の視線が集まる。
結居蘭は下を向きながら歩き、真希は堂々とした顔で歩いた。自分の席につくと、真希は結居蘭から手を離し席に座った。
それを見ていた派手グループの女子達は、早速結居蘭の周りに集まってきた。
「結居蘭おはー」
「柚木に絡まれたんだね。可哀想に」
「何そのダッサイ格好。また先生に怒られたの?」
「ほら、メイク道具貸してあげるよ」
楽しそうな雰囲気の中で、結居蘭は下を向いたまま、ゆっくりと口を開いた。
「ごめん」
「えっ?」
「何結居蘭? どうしたの?」
「化粧は必要ない。スカートも……長い方が好き。あと、テレビはそんなに見ない。ゲームしてる時間の方が……長いから」
結居蘭は覚悟を決めて、その顔を上げた。
自分の話を、派手グループの女子達は怪訝な顔で聞いていたと分かった。
それに怯む事なく、結居蘭は震える声で言い放った。
「私……本当は今まで、みんなに合わせてたの! 嘘ついててごめんなさい。――本当の私は……これなの」
自分からそう話すのは、どれだけの勇気がいるだろうか。
「よく言ったゆいら!」
真希は大きな声を出し椅子から立ち上がり、ガッツポーズを結居蘭に向けた。
教室内に沈黙が広がったが、すぐに派手グループの女子一人が舌打ちをした。
「あっそう。キモっ」
「せっかく仲間にいれてあげてたのに。うざっ」
「てかうちらより柚木と友達になるとか馬鹿じゃん。絶対後悔するよ」
あからさまに苛立った声のトーンで結居蘭をせめ続けたが、結居蘭は涙を目にいっぱい溜め、スカートを両手で握りしめながら声を上げた。
「しないよ! 後悔しない。――だってゆずきは、本当の私を、見つけてくれた人だもん!」
「ゆいら……」
「気分わるいわー。――みんな、行こう」
その言葉を最後に、派手グループの女子達は教室から去っていった。
結居蘭の目から涙がこぼれ落ちるのと同時に、真希は結居蘭を抱きしめた。
「ゆいら……お前、最高フレンドだぜ!」
「ゆずき……怖かった」
「よくやった……よくやったよ」
そのまま結居蘭が泣き止むまで、真希は結居蘭の背中を優しくぽんぽんと叩いた。
それから学校での毎日を、結居蘭は本当の自分で過ごした。
不登校にもならず、学校が嫌とも思わず通えている。
それは隣に真希が居てくれるからだ。
やっと本当の自分で居られる場所を見つけ、結居蘭は笑顔を見せる事が増えていった。
そして真希との一年は、あっという間に過ぎ去っていった。
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次回もお楽しみに。