1.紋章付き
1000年前、長く続いた魔物達との戦争は終わりを告げた。
大魔道士が、魔物を無害な魔力の光に変える魔法を発動したのだ。
ドラゴンやオーガ、ペガサス程の巨大な魔物ですら魔力の光へと返還される。
魔物の大半は魔力となり大自然へと消え、残った者共もダンジョンへと逃げ込み地上を捨てて地下へと沈んだ。
人類は勝利したのだ。
これで、地上は平和になった。
表面上は。
現代。
町外れのバラック街。
「オラッ!目障りなんだよ紋章付き!」
「やめてくれぇ!俺が何したってんだよぉ!」
「存在が目障りなんだよ!」
制服を着た二人の男子高生が男を蹴る暴行を働いている。
男はとてもじゃないが裕福とはいえない、薄汚れ貧相な身なりをしていた。
そして、顔には紋章が浮き出ていた。
「アイツらデニス学園の生徒か……憂さ晴らしに因縁つけてるんだ」
「金持ちめ……タッちゃんゆるしてくれ」
そんな彼らをバラックの影から伺う住人達。
普段支え合って暮らしている仲間の男を助けたかった。しかし、腕力でも社会的な力でも彼らには太刀打ちできない。
高校生の硬い靴で、虫を潰すようになぶられる姿を見守るしか無かった。
「クセェ魔物野郎!所詮は獣の親戚か!」
「食ってんのも虫とかだろうからな!」
「ちがう……俺は人間だよ……だから痛いからやめて……」
「顔に書いてんだよ!人間じゃねぇって!」
「ぐうっ!ふざけ……んな……!」
悔しさと怒りで歯を軋ませる男。
それに呼応するように紋章の色が濃くなる。
「怒った?魔人化するか?」
「魔人化したら……殺処分だ!お巡りさ〜ん!」
「ち……ちが……やめてくれ!」
紋章の色が再び浅くなる。
「このバケモンが!」
「ぐうっ!」
「お前ら魔物の親戚も!人間の敵なんだよ!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
悪い事など何もしていない、彼らの視界に入っただけ。なのに謝罪を繰り返すタツという男。
高校生はそんな彼を無慈悲に、蹴り続ける。ただただ楽しいという理由で。
彼等の自尊心が満たされるまで、タツは玩具のようにボロボロにされなければならない。
そう思われていた。
「よせ」
「ああ!?邪魔すんなよ!」
一人の青年が割り込んだ。楽しみに水をさされた若者は、名も知らぬ青年へ蹴りを見舞った。
その蹴りは青年の手で掴まれ無力化された。
「そっちこそ、タツさんの生活の邪魔をしないで貰いたいな」
「テメェなん……イテテテ!」
「あ……アスラ……!」
アスラと呼ばれた青年は、足を握る力を強めた。痛みに悶絶する相方を救おうと片方が殴りかかった。
「テメェも紋章付きか!死ねや!」
「ヤダよ」
その振りかぶった一撃をかわし、隙だらけの背中に掴んでいた相方を投げぶつけた。二人は仲良く地面へと激突する。
「タツさん今のうちに」
「すまねぇ……すまねぇアスラ」
「いてぇ……鼻が……!」
「こんな事して良いと思ってんのか!」
「そっちこそ、罪のない人を襲って良いと思ってるのかい?」
「うるせぇ……絶対に親に言いつけて……」
「そんな事しなくても、君の求める物は直ぐに来ると思うよ」
「その通り」
突如、アスラの後頭部を何者かが殴打した。
「アスラぁ!」
「やっぱり早いですね……コーノ巡査」
「市民を守るのが警察でね」
「紋章付きは市民じゃないんですか?」
「それはお前の態度次第だよ」
コーノと呼ばれた男性巡査は事もあろうにアスラを警棒で殴り倒したのだ。
そして彼を地面に抑え込んだ。
「未成年暴行の罪で確保ぉ~」
「そ……そうですお巡りさん!そいつが俺達を!」
「アスラはタッちゃんを助けただけだ!」
「そいつ等が最初にタッちゃんに殴りかかったんじゃねぇか!」
「おいおい〜品行方正なデニス生徒と紋章付きのホームレスの供述、どっちが信用あると思うよ。それともお前らも共犯だな?逮捕しちゃおっかな~」
警察組織の権力を良いことに、力無きバラック住人を脅すコーノ。差別的な思想と良い、真っ当な警官ではない。
「僕ですよ。僕が全部やりました」
「ふぅん、正直でよろしい」
怯える住人達を庇い、アスラは無実の罪を被った。
こうするしかないのだ。
「君達、今この悪人を逮捕した。だから、安心して帰りなさい」
「ご苦労さまお巡りさん!身の程を知れ負け犬!」
「早く行こうぜ。配信が始まっちまうよ」
さっきまで鼻をぶつけ悶絶していた男子学生二人はアスラに悪態を吐き、ましてはアスラの頭へツバを吹きかけた。笑い声を上げながら街へ去った。
「ハハハ、金持ちのガキって下品で恐ろしいなぁ。俺が来なかったらもっと酷い目あってたかもな」
「貴方が来たのも大分酷い目ですけどね」
「どうであれ、お前を逮捕する……が俺もオーガじゃない。お前から贖罪有ればお上に変わって救いを与えられるかもしれない」
「御託は大丈夫ですよ……右のポケットにあります」
「わかってんじゃないか」
コーノはアスラのズボンのポケットへ手を突っ込んだ。
中に入っていた十数枚の紙幣を乱暴に引き抜いた。
「ほほぉ〜紋章付きのくせして稼いでんな。何かを悪い事でもやってんの?」
「悪いお金なら渡してませんよ。なにせ贖罪ですから」
「確かにな……贖罪贖罪っと。約束通りお前は自由だ」
コーノはアスラから受け取った金を懐へ入れ、彼を解放した。
「紋章付きらしく出過ぎた真似は止すんだな。じゃなきゃ優しい俺がまた来ちまうからな。あばよ」
地域の治安を守る警官とは思えない差別的な発言をする悪徳警官は、袖の下を受け取ると満足して屯所へ帰って行った。
「ごめんなぁアスラァ」
「僕は大丈夫だよタツさん」
「怪我ねんだな……でも大事な金が」
「お金はまた稼げばいい。それに必要な買い物は済ませたから。ドラさん」
「おら、アスラが買ってくれた酒と飯だ!」
バラック住人のドラは大きな袋を広場へ持ってきた。そこには大量の飲み物や食材が入っていた。
アスラは事が始まる前に自らが買っていた物をドラに預けていた。これが見つかればコーノや学生達はそれを台無しにしてしまうことだろうと。
「馬鹿にされて悔しいけどさ、だからこそ食べて飲んで忘れよう。僕等だって楽しんでるってことを見せよう。この量なら夜通し宴会できるはずだよ。皆、受け取って!」
「アスラからの心意気だ!皆、羽目を外そうぜ!ビールもサワーもあるぞ!」
淀んだ空気が広がっていたバラック街だが、アスラの心意気で歓声が上がった。
住人達はアスラに感謝しながら、思い思いの酒を受け取っていた。
しかし、タツだけは晴れない顔のまま俯いていた。
「タツさん」
「俺は受け取れねぇよ……迷惑かけちまったから」
アスラは350mlのビール缶をタツへ差し出した。
「小さい頃、タツさんにジュース貰ったじゃないか。タツさんも皆も大変だったのに……何度も助けられた。お礼させてよ」
優しく微笑むアスラ。その顔を見たタツは涙を流しながらビールを受け取り、土と血の味のする口を酒で上書きした。
「ありがとなアスラ……ありがとう」
「どういたしまして」
年中悲壮感に溢れるバラック街に明るい空気を入れたアスラ。
彼はこのバラック街に昔から世話になっている。
「アスラのやつ、どうしてこんなに尽くしてくれんだろうな」
「お前は比較的新参だったな。アイツは天涯孤独でな、米粒だった頃ここで面倒みてやったんだよ」
彼を昔から知る住人は酒を片手に彼について語っていた。
「その事を何時までも忘れないで、俺達に沢山差し入れしてくれるんだ」
「立派だな。でも紋章付きなのにどうやってあんなに稼げるんだ?」
「昔から知ってる俺等も気にはなってんだが、あいつのことだ。悪い事はしてないよ」
アスラという若者は昔の恩を忘れず、今も返そうと奮闘している。
同じ境遇である仲間の事は放おっておけない。
彼等とアスラの共通点は、体に魔物を模した紋章が現れている事。
――――――紋章付き
大魔道士が発動した魔法で、魔物は光となった。
しかし、その無害なはずの魔力が人間に宿る事例が多数発見された。
魔力が宿った人間の顔に紋章が現れる。
体に魔物を宿す存在、紋章付きと呼ばれた。
彼等は被差別対象として虐げられている。
この魔道国家アルスタイン国で。