8. 言い争い
婚約者だと名乗ったレオルドが現れたことで学園での立場が危うくなっていると大きなため息を溢しながら剣術の稽古を終え、火照った身体を冷やそうと室内からでたのが良くなかった。
「リュート。」
「っ陛下!?どうしてここに…。」
「婚約者に会いに来ては行けないのか。」
「それは内密にとお願いしましたよね…?」
「わかっている。だが、私があまり眠れぬことをスヴェンから聞いているのだろう?暫くこちらに滞在することになった。」
「そ、それって…。」
「リュートの寝室は私と同じだ。婚約者の特権というところか。学園長にも通してある。」
自信満々に言う彼だが、そういう問題じゃない。
ただでさえエドワードによる詮索が毎日のように続いていて煩わしいというのにこれ以上悪化するのは非常に困る。
最近の彼の異常な行動は寮だけに留まらず、教室でも隣に座る始末。
冗談じゃないと断りかけたが、後ろに感じる黒いオーラに振り向きたくないと本能が拒否している。
このまま逃げ出してしまおうか。
「リュート、そこで何してるのかな。それに、何故陛下がこちらに?学園に通うには些かお年を召されているようですが。」
「エドワード・クロスティアか。私のリュートに何か用かな。」
「いつリュートが貴方のものになったのですか。」
「君がリュートと出会うずっと前からだ。さぁ、行こうか。」
リュートの手を取るとエスコートするように客室へと歩き出した。
怒りで殺気を放つ鋭い視線を向けているエドワードなど見向きもしないあたり、先人を切って戦いに赴く戦士の顔を持つという内容に納得できる。
この国の最強騎士と崇められている彼ですら無視してしまえるのだから相当だ。
とはいえ、簡単に諦めないのがエドワードという男が厄介と称する理由で。
反対の手を捕まれ動きを阻まれる。
「リュート、これはどういうこと?陛下と知り合いだとは聞いてないけど。」
「幼い頃にお会いしていたみたいで、僕も思い出したばかりなんだ。」
「へえ?それで?何で陛下のものになるの。」
「…何で、でしょうね。」
「質問は終わったのだろう?リュートの手を離してもらおうか。」
「貴方に指図される謂れはありませんよ。」
「言ったはずだ。私のリュートだと。」
一触即発の雰囲気に呆れながらも稽古の後というだけあって自分から汗臭さを感じ不快感に眉間にシワが寄るのを感じた。
学園では男性という事になってはいるが、実際は女性であり。
気になるお年頃。
早々にシャワーを浴びたいと二人の腕を振り解く。
「リュート?」
「どうしたの?」
「シャワーに行きたいので失礼しますね。話があるのならお二人でどうぞ。」
さっさと踵を返し、シャワールームへ急げば着いてくることはなかった。
ウィッグを外し、ベタついていた服を脱ぐとそれだけでも大部不快感は軽減される。
シャワーを浴び髪と身体を丁寧に洗うと、さっぱりとした身体に小さく息を吐いて用意されていた制服に着替えていく。
あの二人、まだ話し合いをしているのだろうか?
それならこのまま逃げるというのも一つの手だと考えながら扉を開ければ、視界に入ったそれに大きなため息を零す。
「お二人共どうしてここに?」
「私の部屋に行くと言っただろう。」
「夕飯、食べに行かないの?」
「リュートは私の部屋で食べるから問題ないさ。スヴェン。」
「はい。エドワードさん、大変申し訳ありませんが皇帝陛下はお食事の時間ですからお引き取り願えませんか。」
「リュートさえ返してもらえれば陛下に興味はありませんよ。」
「リュート様は陛下の特別な方ですからお返し出来かねます。その代わりこちらを。」
手渡されたのはドレスを着たリュートのぬいぐるみで、手作りなのか。
可愛らしい作りになっている。
思わず受け取ってしまったエドワードだったが、ふざけるなと言う表情を有り有りと出していた。
「な、何でそんな物があるんですか!?」
エドワードの手から自分のぬいぐるみを助け出すと、直ぐ様背に隠そうとしたが横から伸びてきた手に奪われる。
愛おしそうに撫でながら微笑むレオルドのその姿にぬいぐるみとはいえ同じ顔をしているため頬に熱が集まっていく。
「これは私が貰おう。スヴェン、私以外にやるなといったはずだが?」
「申し訳ございません。こちらで諦めてもらえれば強引なことをしなくても良いかと思ったのですが、仕方ありませんね。」
スヴェンはそう言うと呪文を展開させていく。
この世界は剣術だけでなく、魔術も存在するとは習ってはいたが、選ばれた者の中でも極小数しか扱えない高等技術と言われていた。
そんな魔術を意図も簡単に使いこなすスヴェンはすごい人物なのだろう。
皇帝陛下の側近というだけあって彼も相当な手練れのようだ。
魔法障壁によってエドワードを近付けないようにしたらしい。
何事もなかったかのように悠々と歩き出したレオルドに手を取られるまま廊下を引き摺られるように移動するのだった。