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6. 視察

また不機嫌になったエドワードだったが、リーシャとして彼に会うことは二度とないのだからと納得させることで何とか落ち着いた。

とはいえ、ここ数日。

目を覚ますと横に見える寝顔に毎日頭を抱えている。

鍵を締めても馬鹿力で簡単に破壊されるため全く意味をなさず、無惨にも砕けた扉の残骸が目に映った。

気持ちよさそうに寝息を立てるエドワードの頬を摘むと煩わしそうにしながらこちらに手を伸ばしてくる。

ヤバいと思ったときには既に時遅く、そのまま胸の中へと抱き込まれた。


「エドワード、起きて!」


「…ん…。」


「ん!じゃなくて早く起きてってば!」


「…おはよ、リュート。」


やっと起きた彼は大きな欠伸を零しながら上半身裸の身体を起こし満面の笑みを浮かべる。

それなりに男性の身体には免疫があるとはいえ、割れた腹筋と厚い胸板は流石に直視するのは憚られると視線を逸らせば更に楽しげな表情をするのが見えた。


「何で毎回僕のベッドに来るんだよ。君のは隣りにあるだろう。」


「寂しいから添い寝してもらおうと思って。別にいいだろ。男同士なんだ。」


「男同士で添い寝とか聞いたことないよ。それなら同じ騎士団のパウエルだっけ?彼に頼めばいい。」


「…は?気持ち悪いこと想像させるなよ。」


「今同じことしてる。」


「リュートはいいの。パウエルは無理。」


そう言いながらいつの間にかこちらの部屋に置くようになっていた制服のスラックスを履いていく。

チェルシーに言って何とかしてもらう方法も考えたが、本当に添い寝だけで何かされるわけではないため、事を大きくしたくないと今は様子を見ているのだ。

ため息をこぼしながら自らも着替えを済ませ朝の準備を整えていく。

最近は一緒に朝食を取り、教室に向かうのが当たり前になってしまったと小さくボヤきながら歩き出した。

食事を終え、教室でグレイスと談笑していると担任が入ってくるのが見える。


「皆さん、今日はこの学園に視察が入ることになりました。」


「…視察?」


「ヴァリエ帝国は知っていますね?そちらの皇帝陛下が来られるそうです。」


担任の言葉にレオルドの顔が思い浮かぶ。

相手はリーシャの姿の私しか知らないのだから初対面のふりをしなくてはならない。

そんなことを考えていると隣りから声が聞こえてきた。


「リュート様は皇帝陛下をご存知ですか?」


「教材で見たことがあるくらいですね。」


「まだお若いのにヴァリエ帝国を立派に治めているだけでなく、ゴブリンやオーク達が村や町を襲うことがあれば、先陣を切って戦いに赴かれるとか…。武術は勿論芸術にも才があり、多方面にご活躍されるそのお姿はとても神々しいと崇められているそうです。ただ常に冷静沈着で無表情故に威圧的と感じることが多く、特に女性を嫌っているという噂もあります。」


「そう、なんですね。」


「こういった話にはご興味ございませんか…?」


「興味はありますよ!ただ、雲の上の人物過ぎていまいち想像できなかっただけです。」


そんな話をしていると外が騒がしくなってくる。

扉が開けられ、案内されるように長身の男性が入ってきた。

見覚えのある銀髪に金色の瞳は正しくレオルド皇帝陛下だが、あの時のように笑みは浮かべられず無表情で冷たい印象を受ける。

それは皆同じなようで視線の合わないよう生徒たちは緊張した面持ちのまま左右に動かしていた。

正直私にはあまり関係ないが、ボロが出そうだと前の席に居る青年の背中を眺めようと視線を動かす。

見払ったかのようにこちらを見た彼としっかり絡み合ってしまった。

それと同時に満面の笑みを浮かべながらこちらへと向かってくるのが見え、内心焦りながらも気づいていないふりを決め込んだ。


「君がリュートだね。」


「皇帝陛下が何故僕をご存知なのですか…?」


そう言うとレオルドは耳元で"君の婚約者だから"と囁いた。

どういう意味だと問いたかったが、他国にもその名を轟かせる皇帝陛下に特別扱いを受けるリュートに周りの視線が集まるのは必然で。

状況を打破するにはどうするべきかと考えているとレオルドが担任へと向き直る。


「彼を借りてもいいかな。少し話をしたいんだ。」


「ど、どうぞ。」


「さぁ行こうか。」


リュートの手を取ると初めて視察しに来たとは思えないほど慣れた動作で新舎にある応接室へとエスコートしていった。

ソファーに座らされると燕尾服姿の男性が紅茶とケーキを机にならべ軽く一礼して扉の近くに収まっていく。

それを見届けてからレオルドはリュートへと視線を戻した。


「聞きたいことがあるようだな。」


「先程の言葉はどういう意味ですか。君の婚約者とは…?」


「夜会で会ったリーシャ・ジョンストン。それが本来の姿だろう。」


「…っ。」


「君の父と私の父は旧知の仲でな。幼い頃何度も攫われた君を見て私を婚約者にすることを決めた。それからはリーシャを守れるような男になるようにと命じられ、最年少で今の地位にいる。」


「それは僕のせいで大変な思いをしたと…?」


「いや、そういう意味ではない。これは幼い頃の私が自らの意思で願ったことだ。君はまだ幼かったから覚えていないだろうが…。」


彼の言葉で記憶を遡ってみると父を訪ねてくる男性が連れていた小さい少年を思い出していく。

幼い自分より華奢な身体に銀色の髪。

人見知りらしく男性の後をついて回るだけで話す機会は殆ど無く、長い前髪で瞳を見たことがなかったため同一人物だと気付かなかった。

エドワードと並ぶ高身長に服越しでもわかる筋肉質な身体だから余計だろう。


「思い出したか。その頃に私とリーシャは婚約を交わしたわけだが…何故他の男と寝所を共にしている?確かに男装して学園生活をすること自体には了承したが、それは変な虫が付くのを避けるためだ。私が納得できるように言い訳してみるといい。」


口元には笑みが浮かべられているのに言葉の節々に怒気を感じ、その瞳は一切笑っていない。

言い訳ではないが、そもそも勝手に入り込まれているだけで不可抗力だと説明すれば、わざとらしく大きなため息を零された。


「本当に君が女性だと気付いていないのか?」


「恐らくですけど。」


「…もし気付いていてやっていたのなら、心の平穏のためにも制裁を加えなければな。」


「制裁って…。」


「婚約者に手を出されては当然だろう。」


「あの、僕はまだ貴方が婚約者だというのを受け入れて…。」


「受け入れるも何も事実だからな。スヴェンに証書を持ってこさせるか?」


「証書まで…。」


「形式的なものだ。それより、ケーキは嫌いなのか?ヴァリエのドルチェは有名だと思ったが…。」


「好きですけど…。」


「けどなんだ。私の前では嫌だと?」


「ち、違います。ヴァリエの皇帝陛下が婚約者なんて、実感が…。」


「皇帝の肩書きは気にするな。リーシャは将来、私の妻になる女性。敬語など不要だ。」


「いいえ、ここではリュートとして過ごしていますから。礼節は重んじるつもりです。」


「そうだったな。」


納得したように頷いた彼はいきなり立ち上がるとこちらに向かってくる。

何をされるのだと警戒していると所謂お姫様抱っこをされ、隣の部屋にあるキングサイズのベッドに寝かされた。


「何っ。」


「他の男に添い寝したのだろう。なら私にもなければ不公平というものだ。」


「誰か来るかもしれませんし!」


「視察の間、私専用に割り当てられた部屋だ。誰も来ないさ。それに来た所でスヴェンに阻まれる。」


そう言うとシャツのボタンを外し、上半身裸になる。

ここの男は皆裸族なのかと突っ込みたくなったが、割れた腹筋と厚い胸板は鍛えていることが見て取れ、居た堪れなくなったリーシャは思わず視線を逸した。

そんな彼女を愛おしそうに眺めながら整えられていた髪を軽く解してベッドへと寝転がる。

隣に寝かせていた彼女を自分の胸に引き込み、何度か深呼吸を繰り返していた彼だったが、すうすうと寝息が聞こえてきた。

まさか本当に寝た?と身動ぎしてみるが、逃げることは出来なさそうだ。

何もすることが出来ず手持ち無沙汰だと1時間ほどそうしていると少しずつ緩まってきている。

今だとそっと抜け出し、軽く服を整えているとスヴェンと呼ばれていた燕尾服の彼が目の前に立っているのが見えた。


「リーシャ様、ベッドにお戻り下さい。」


「授業を抜けてますしそろそろ…。」


「どうかお戻り下さい。睡眠を疎かにされる皇帝陛下がやっとお休みになられたのです。このままお疲れが取れるまでゆっくり寝ていただきたい。」


「私が居なくてもこのまま静かにしていれば大丈夫ではないですか?」


「いいえ、既に瞼が動き始めていますから。リーシャ様が居なくなったのに気付かれているのでしょう。あと数分もしないうちに目を覚まされてしまいますよ。ですからお願いいたします。」


無表情のまま少し強めに言うと無理矢理レオルドの腕の中へと戻されてしまう。

再びキツくなった抱擁に逃げることができなくなってしまったと小さくため息を零した。

次のタイミングが来たとしてもスヴェンはずっとこちらを伺っているため、二度目は無理かと諦めやってきた眠気に逆らうことなく目を閉じるのだった。

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