5. 夜会
夜会当日。
屋敷の侍女であり、何かあったときのためにと学園に入り込んでいるチェルシーによってドレスへと着替えさせられている。
「お嬢様のドレス姿を見られるなんて光栄です。後でお写真を撮りましょうね。旦那様が心待ちにしていますから。」
「え、お父様に伝えたの…?」
「当然でございます。旦那様がどれほどお嬢様を心配していらっしゃるか…毎日近状を伝えるようにと仰せつかっています。」
「…そう。相変わらず過保護なんだね。」
「自慢のお嬢様ですから、過保護になるのも無理はありませんよ。」
そんな事を言いながらあっという間に化粧を施され、ウィッグを外した赤い髪を綺麗に巻くとハーフアップにされた。
鏡に映るビスチェのAラインドレスから見えそうな自前の胸に心もとなさを感じながらも、詰め物という定のため触れないようにと釘を刺される。
6㎝のヒールが付いた透明な黄色のパンプスを履かされ、歩き辛さに思わず舌打ちをしそうになりながら練習だと暫く室内を歩かされた。
「お嬢様、もし変な殿方に声を掛けられても反応してはいけませんからね。高貴な身分であっても節操のない方は大勢居ます。」
その言葉にゲンナリしているとノック音が聞こえてくる。
エドワードが準備を終えて戻ってきたようだ。
こんな格好で会うことになるとは思っても見なかったが、仕方ない。
リーシャからリュートへと切り替えるべく凛とした表情へと変化させ、彼を中へと招いた。
「…っ。」
「無言は怖いな。そんな似合わない?」
「…反則…似合い過ぎだろ。」
「簡単に気付かれては僕の恥にもなる。だから学園で評判になっている侍女の方に頼んだんだ。」
「へえ…君がチェルシーね。いい仕事ぶりだ。後でお礼するよ。」
「恐れ入ります。」
澄ました顔でやり取りをする彼女に流石だと感心しながら、彼にエスコートされるまま部屋を後にする。
馬車によって連れられた先は、イントラ王国にある巨大な城でこの国が繁栄していることを象徴するかのような豪華な作りだ。
エントランスには次々と馬車が寄せられ、煌びやかな女性たちが次々と中へと入っていくのが見えた。
明らかに場違いだと感じてドレスの裾を握っているとそれに気付いたエドワードが手を重ねてくる。
「緊張しなくても大丈夫。俺がついてる。それに、ここに来た誰よりもリュートが一番綺麗だよ。」
「…っそれ男に言う言葉?」
「同性でも異性でも綺麗ならそういうけど。」
「…そ、そう。」
「さあ、そろそろ切り替えないとな。リーシャ、行こうか。」
コーチから出るとキラキラと光るシャンデリアの下で楽しげに談笑する男女が見え、久しぶりに呼ばれた本当の名であるリーシャに少し違和感を感じながらも促されるまま歩みを進めた。
「来たか!」
「父上。」
「隣りの女性は?これ程美しい方をどこで…。」
「覚えていらっしゃいませんか?彼女はリーシャ。僕の婚約者ですよ。」
「リーシャ…?私の記憶には無いが…酔った席で見たのだろうか…。いや、こっちの話だ。エドワードは気難しい奴だろう?困ったことがあったらいつでも言ってくれ。」
「恐れ入ります。」
「父上、僕達は少し挨拶して回りますね。後でまたお会いしましょう。」
「それがいい。早く行ってこい。」
顎髭を蓄えた筋骨隆々な男性を父上と呼んだエドワードに確かに似ていると納得しながら次なる場所へ移動するとその途中で近づいてくる女性の波。
皆、正装をしたエドワードに夢中なようでその波に押し出され、気付けばぽつんと一人立ち尽くしている。
すごいと感心しながら、当初の目的である彼の父に挨拶は出来たのだから近くにいる必要もないだろうと納得してから壁の花に徹するべく人気のないテラスへと移動した。
そよぐ夜風が気持ちいい。
「とても気持ちの良い風が吹いてるな。」
声に驚いて振り向くと、銀色の髪に金色の瞳という特徴的な男性が笑みを浮かべて立っているのが見えた。
「すまない。突然声を掛けたら驚くか。私はレオルド。君は?」
「リーシャと申します。」
「一人で来たのか?」
「いえ、あちらに居るエドワード様とご一緒に。」
「…見てるのは辛いか?」
「辛いとは?」
「君以外の女性に囲まれて笑顔を見せているだろう。」
「ふふ。エドワード様が楽しいのであればそれで良いと思っています。」
「…なら少し私にお付き合い願えるかな。」
レオルドと名乗った彼はそういうとリーシャの手を取り、庭へとエスコートする。
テラス越しから見ていても綺麗に咲き乱れる薔薇は見事だったが近くに来ると風に乗って鼻孔に届く香りに癒やされると少し肩の力を抜いた。
特に何をするわけでもなく、庭にあった銀製のチェアに腰掛け他愛もない話をしていると目の前に見知った青年が現れる。
探し回っていたのか。
整えられていたはずの髪は乱れ、視線が絡み合った瞬間に走り寄って来た。
「リーシャ!」
「エドワード様…?」
「勝手に居なくなるな!」
「…ごめんなさい。」
「君が彼女を放っておいたのだろう。謝るのはそちらだ。」
「…貴方は?」
「私はレオルド。レオルド・ル・ヴァリエと言えば理解してもらえるか。」
「…っ。」
「レオルド皇帝陛下。こちらにいらしたのですね。ん?息子とお会いになったのですか。あれでもこの国最強の騎士と言われています。」
「彼が君の息子か。」
「はい。エドワード、ご挨拶はしたのか?ヴァリエ帝国の皇帝陛下といえば、お前が憧れていた特装兵を作り出したお方だぞ。」
「…。」
「何かあったのですか?」
「いや、何もない。リーシャ、近いうちにまた会おう。」
そう言って笑みを浮かべるとエドワードの父とともに会場へと戻っていく。
ピリピリと張り詰めた空気が流れ、息苦しいと感じながらも彼に掛ける言葉を持ち合わせていないリーシャは視線を手に落とし無言を貫いていた。
「…皇帝陛下と何を話してたの。」
「え?」
「…だから!何を話してたか聞いてるんだ!!」
「怒鳴る必要はないだろ。特に身のある話はしてない。風が気持ちいいとかその程度だよ。」
「…ッチ。」
大きな舌打ちをするエドワードに相変わらず地雷が謎な所に転がっていると呆れながら早く着替えたいと視線を遠くに向けるのだった。