4. 嫉妬と脅し
あれから授業の終わる鐘が鳴り響き、グレイスと軽く挨拶を交わしてから直様教室を飛び出した。
自室に閉じ籠もろうかとも考えたものの扉を壊されては困る。
ならばと殆ど使われていないという旧舎へ逃げ込んだ。
「ここで暫く隠れていれば…。」
「俺から逃げるなんて感心しないな。」
「ひっ!」
「可愛げのねえ声。」
「吃驚した…。エドワード、僕に何か用かな。」
「俺が見てるのわかってて逃げただろ。」
「っ痛。」
いきなり腕を乱暴に掴まれ、そのまま壁に押し付けられる。
確かに逃げたのは私が悪いが、正直そこまで怒る理由になるとは思えない。
一体何が彼の地雷を踏むことになったのだろうか。
「ん?理由は聞いてやるよ。開放するかは俺次第だけどな。」
「絡まれるのが煩わしかったから逃げた、それだけ。」
「へえ、あの女には絡まれても笑顔向けるくせに俺は煩わしいか。言ってくれるよ。」
「女…?グレイスさんの…っ。」
彼女の名前を読んだ瞬間、真横に拳がめり込むのが見えた。
すごい音と共にパラパラと落ちる壁の残骸。
完全にキレているようで、瞳孔が開いたまま殺気を纏っている。
可愛い女性であればここで恐怖を抱くのかもしれないが、それなりに武道を嗜む彼女は驚いてはいたものの、そういった感情は一切見受けられなかった。
「何がそんなに気に入らないのか僕にはわからないな。」
「…。」
「それに、物に当たるような人は好きじゃない。離してくれないか。」
「…ざけんな。…好きじゃねえとか簡単に言うなよ。」
「?」
「…。」
「ちゃんと話して。まぁ、君がそのままで良いなら無理には聞かないけど。」
「…俺を優先しろ。どんな時も誰よりもだ。」
ぽすりとリュートの肩に力なく額を預けた彼からは先程までの勢いを感じることはなくなり、耳と尻尾が付いていたらシュンと垂れ下がっていることだろう。
そんな姿に我が儘な人に気に入られたものだと心の中で溜息を零した。
あれから落ち着いたエドワードを連れ、寮に戻るとカラフルなリボンの掛けられた箱が見える。
その量に呆気に取られているとエドワードから小さなため息が聞こえてきた。
「…やる。」
箱の一つを手に取り、リュートへと手渡す。
自分宛てだったことに驚きながら受け取れば、ソファーに腰掛けじっとこちらを見据えている。
丁寧に包装紙を開けていくと淡い黄色のドレスが中から出てきた。
「…僕、男なんだけど。」
「明後日、夜会に招待されていてさ。それを着て出てくれよな。」
「は?」
「相手無しのまま行くとまたあの女みたいに親父に無理矢理婚約させられるんだ。」
「そうだとしても何故僕が女性役を…。」
「俺は別にいいよ。また泣かせることになるだけだから。言っとくけど、俺は煩わしい相手には何度でも同じことする。」
「それ脅しって言うんじゃないかな。」
「まぁね。お前ならどうする?」
「…わかったよ。でも、僕が男だと気付かれても一切責任は持てないからね。」
「例え気付かれたところで問題ない。それより、その他にも色々買ったんだ。見てよ。」
さっきまでの不機嫌さなど嘘のように口元に満面な笑みを浮かべ、楽しげに次々と箱を開けていく。
男性だとわかっていると言う割に全て女性用のドレスや装飾品という所が気になるが、今はもう何も言う気力がないと彼の言葉を聞き流するのだった。