3. 嫌われ令嬢
エドワードがいきなり抱き着いてきたことには流石に驚いたが、拗ねる姿が実家に残してきた可愛い弟に重なりつい笑ってしまった。
素直じゃないところなんてそっくりだが、そんなことを言ったら怒られてしまいそうだ。
同じ15歳とは思えないほど、筋肉質な身体。
それでも転生前の私から見れば十分子供だとそんなことを考えていると、その扱いを感じ取ったのか。
不服そうな表情が見える。
「俺のことガキ扱いしてない?」
「ごめん。弟に似てたからついさ。」
「弟、居るんだ。」
「とても可愛い弟だよ。いつも僕の後ろをついて回るんだ。」
「俺はお前の弟になるつもりはないけど?」
「ふふ。僕もそのつもりはないよ。」
ニッコリと笑みを浮かべてから少し離れると何故か一緒になってついてきた。
「ん?何でついてきたの?」
「お前、気に入ったから。」
「いや、気に入られても困るんだけど。」
「良いじゃん。ルームメイトは仲良いほうが楽しいよ。どうせ同じクラスだろうし。」
「…そうなるよね。」
「楽しみだなぁ。」
その言葉に少し不安を覚えながらも、同じクラスであっても他に生徒もいるのだから自ら関わらなければそう問題にはならないかと思い直した。
あれから数日。
彼の言った通り同じクラスではあったが、常に女性に囲まれていることもあり、絡まれることはなさそうだ。
良かったと安心しながら視線を教壇に向けると声が聞こえてくる。
「あの…。」
「?」
「リュート様ですよね…?先日はお礼もできず申し訳ございませんでした。わたくし、グレイス・ノルデンフェルトと申します。お借りしていたハンカチをお返えしに…。」
「気にしなくて良かったのに。少しは落ち着かれましたか?」
「はい。」
「それは良かった。貴女なら他の殿方も放っておかないでしょう。傷つけてくるような相手ではなく、守ってくれる相手を慕う方が幸せですよ。」
ニッコリと笑みを浮かべると彼女の顔からぽろりと涙から零れ落ちた。
え!?
私酷いこと言ったかな…。
内心焦りながらどうしようかと思案しているとグレイスから満面の笑みが見えた。
「…リュート様をお慕いしてはだめですか…。」
「え?」
「わたくしには何もありませんから…。」
どういう意味だろうと考えていると周りから陰口が聞こえてくる。
エドワードに振られたのは我が儘で性格が悪いから自業自得だと、そういう言葉ばかりだ。
辛そうにドレスの裾を握るグレイスをあからさまに拒否することなど出来なかったが、ここで簡単に頷いてしまえばコロコロと相手を変える軽い女だと思われてしまうだろう。
そんな事を考えていると不安げな瞳を揺らしながらこちらへと視線を向けていた。
「…お嫌ですか…?」
「あ、いえ。とても嬉しい申し出ですが、まだ互いのことを理解していませんから。それからもう一度判断するというのはどうでしょう?もしかしたら僕も貴女を傷付けてしまうような人間かもしれませんし。」
「…わかりました。ではお隣に座っても…?」
「もちろんです。」
自由席ということもあり、断る理由もない。
隣りに腰掛けた彼女からふんわりと香るいい匂いに、同性ということを忘れて少し緊張してしまうが、担任が入ってきたことで意識をそちらに向けることになった。
今日は座学ばかりのようで、欠伸を噛み殺しながら眠気に耐えていると隣りからクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「リュート様、眠そうですわね。」
「心地の良い気温ですから。身体を動かしていないと眠気が…。」
また漏れそうになる欠伸に背筋を伸ばすことで対抗しながら周りに目を向けると真面目に聞いている生徒の中、最前列から向けられる視線。
気付かないふりしようとわざと反らして見るが、それは逆効果だったようで痛いほど強い視線に変わっていく。
絡まれるとめんどくさいと授業が終わったらすぐにここから脱出しようと心に決めるのだった。