2. ルームメイト
リュート・ルースベルと名乗ったあの男。
最年少で最強騎士の称号を得た俺にとって、如何にも弱そうなリュートに負けたことは大きな衝撃を与えるには十分だった。
だからこそ気になって彼を追いかけたのだが、関わりたくないという気持ちを一切隠しもせず、全面に出してくるその態度は失礼にもほどがあるだろう。
大きなため息を溢しながら今しがた説明を受けた寮へと歩いていく。
広々とした作りの廊下を抜け、階段を上がると一番奥の扉へと向かえばネームプレートが見えた。
急遽駆り出された討伐任務のお陰で手続きが遅くなったため、保留にしていたと手渡されていたネームプレートを自ら付けながら上に書いてある名前にニヤリと笑みを浮かべる。
リュート・ルースベル。
まさか彼がルームメイトとは思わなかったが、好都合だと部屋に入った。
静まり返るリビングに自室に閉じこもっているのかとそっと窓側の扉を開けると、中央にあるベッドに身体を預けているのが見える。
ただの好奇心だった。
後で誂ってやろうと覗き込めば、男とは思えないほど綺麗な寝顔のまますうすうと小さく寝息をこぼしている。
静かな空間に自分の心臓の音だけがやけに煩く、暫く見惚れていたが無意識にリュートに顔を近づけていく。
顔にかかっていた前髪をそっと払ってから触れるだけのバードキス。
何故そんなことをしたのか。
自分でも分からないが、衝動的にした行為だった。
恋愛対象は女性限定だと思っていたが、そんなことはないらしい。
しばらく眺めていると彼の瞼ががふるふると震え綺麗な青い瞳が見える。
「おはよ。可愛い寝顔だったよ。」
「…っ。何故、貴方がここに!?」
「何故ってこの寮、相部屋だろ。ここ、俺の部屋でもある。」
「ぇ。」
「よろしくな。」
「…よろしくは良いですけど、僕の部屋から出てってもらっていいですか。あと、二度と勝手に入らないでください。」
「ヤダ。」
即座に拒否すると強い視線で睨みつけられているが関係ない。
起き上がろうとした身体を上から押さえつければ、余計に怒らせてしまったと笑みを浮かべる。
細い腕に細い腰。
試合とはいえ、こんな華奢な身体の奴に負けたのかと内心舌打ちするが騎士として実戦を得意とする俺にとっては小さな事だと納得することにした。
「…離してもらえませんか。」
「どうしようかな〜。力ずくで逃げてもいいけど、リュートの力じゃ無理か。女みたい。」
"女"というワードは禁句だったようで、押さえていたはずの右手の拳が鳩尾にしっかりめり込み、そのままベッドに身体を沈める。
油断したと思いながら痛みに耐えているといつの間にか起き上がったリュートが冷たい視線のままこちらを見据えていた。
「…ん…だよ。」
「邪魔なので早く出て行けって思っています。」
「…ざけんな。…鳩尾食らって…すぐに…動ける…わけねぇだろ。」
「自業自得です。」
ツンとした態度でそう言うとリビングに移動してしまう。
痛む身体を引き摺るようにして続けば、仁王立ちする彼の姿が見える。
相当怒らせてしまったらしい。
「ルールを決めましょう。」
「ルール?」
「お互いに興味もないでしょうから、ルームメイトとはいえプライベートを…。」
「俺はリュートに興味津々だよ。試合とはいえ、この俺に勝つんだからな。」
「自意識過剰は良いのでこちらの迷惑も考えてくれませんか。僕は貴方に一切興味はありませんから。」
彼のその言葉は胸の奥を鋭利な刃物で突かれたような気分になるが、気付かないふりを決め込む。
自らの行動が原因とはいえ悪い事をしたつもりはないため、謝るという選択肢は却下だ。
しばらくそう思っていたが、このまま嫌われたまま過ごすのはもっと嫌だと渋々謝れば意外にもすんなり許してもらえた。
「意外…。もっと言われるかと思った。」
「罪を憎んで人を憎まず、ですよ。」
「なら敬語やめない?」
「?」
「お互い新入生同士だろ。」
「貴方とはそこまで打ち解けたつもりはないので嫌です。」
「酷いな〜。」
そう茶化してみたが、彼も同じかと少しガッカリした。
この国では騎士の身分は五爵より高く、その頂点に立つ俺は常に大人に囲まれ、同い年と会っても距離を置かれる。
他国の彼ならばもしかしたら違うかもしれないと勝手に期待したのだ。
ツマラナイと不貞腐れているとクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「エドワード、顔に出過ぎ。敬語、そんなに嫌ならやめるよ。」
「っ!」
「どうした?」
「敬語…それに名前…。」
「エドワード、改めてよろしく。」
「…よろしく。」
あまりにも驚きすぎて上手く笑顔を作れたかどうかも分からない。
だが、久々に感じた高揚感。
衝動的に彼に抱きついてしまった。
また鳩尾に一発食らわされるかと思っていたが、ただぽんぽんと子供をあやすかのように背中を優しく叩かれる。
こんな風にされたのは幼い頃の母以来だ。
それからずっと騎士団長の息子として過ごしてきた彼にとって誰かに甘えるという行為は強くなるにつれて封印していた感情だった。
それを簡単に解いてしまったリュートを手放せなくなりそうだと。
そんな予感に小さくため息を零すのだった。