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p.28 温もりの祝祭、です

 アオウ、アオウと蒼羽の時告げ鴉の鳴き声がずっと遠くに聞こえている。

 淡く曇った硝子窓の外、雪は静寂の森にしんしん降り積もり、ぼんやりと青白い光を放って特別な夜の始まりを演出していた。

 そういえば祝祭の風習が始まったばかりの頃にこのようなことはなかったなと、魔女は、祝祭前夜に意味を見出した人間という集団の力が持つ影響力を思う。

「……彷徨えるログハウスはさすがに初めてだな」

 静寂の森らしい、素朴な青黒い木で作られた壁には、森の景色を映し込んだキャンドルの影が揺れる。

「ふふ、そうでしょう! なんといっても、特別な日なのですから」

 そこかしこに魔女お手製のリースやオーナメント、木でできた玩具などが飾られていた。

 香木や香草からは、豊かな陽光と冬の気配をまとった、よい匂いがする。

 どれも命を吹き込まれたかのように生き生きとして見えるが、ひとつだけ、ダイヤモンドの煌めきを持つオルゴールが、窓際で背後の森に溶け込むように息を潜めている。

 暖炉の側には立派な祝祭聖樹。飾りつけは今年の色である紺青でまとめられていて、てっぺんには、実はログハウス内でいちばんの光源となっている、星の飾りが輝く。魔術師は星降りの夜の苦い記憶を思い出しそうになり、見なかったことにした。

 そうして部屋を見回して、彼は席についた目の前の、飲みかけの月光林檎酒が入ったグラスの向こう、もっともよい香りを漂わせている琺瑯の鍋を見る。

「主題は、温もりの祝祭、です。……ということですから、さあ、温かいうちに食べましょうね」

 テーブルの真ん中でぐつぐつと音を立てているのはシチューだ。雪埋もれの牛からとれた牛乳とバター、なぜか近所の森に住んでいる、小麦の竜の鱗を挽いた小麦粉を使ったホワイトソースは格別に濃厚で、魔女は冬になるとよく作る。

 勿論今夜は特別なので、具材や隠し味はいつもと少し変えているのだが。

「ほう、雪埋もれの牛を使っているのか。これはなかなかだな」

「……よくわかりましたね。魔術師さんの舌の繊細さに驚きです」

「別に普通だろ。……ん、だが、それにしても冬の要素が強いな。なぜだ?」

「満月の夜の、狼の遠吠えを削り入れたのですよ」

「それで具材そのものの豊かさを引き立てているのか。……魔女は、そういうふうに自然を使うんだな」

 ホワイトソースに使ったのと同じ小麦粉を雪混じりの風でこねたパン。魔女の家の裏庭で丁寧に育てられた香草をまぶし、やる気に満ち溢れた火の精に手伝ってもらいながら焼き上げたチキン。どれも素朴な家庭料理だが、魔女が宣言したとおり、温もりに満ちている。

「あら、もう月光林檎酒がなくなりますね。……ではお次はこちら、星降りのカクテルです」

 魔女はそう言って、奥から闇色をしたビンを持ってきた。

 グラスに夜空が注がれる。そう見間違うほどに、とぷりと揺れる液体の中で星が瞬いている。

 それは初雪砂糖に降る星の光を溶かして発酵させた酒に夜明けの吐息雲を混ぜた酒で、口に含めば、ぱちぱち(はじ)ける星の舌触りが楽しい。

「……星降りの夜に初雪砂糖を持ってきていたのはそういうことか」

「ええ。星降りに落ちてくる感情的な星というのは、みんな、甘やかな雪の妖精に恋をしているものですからね」


 二人はしばらく、他愛のない会話を楽しんだ。もとより魔女と魔術師であるので、興味のある話題はそれなりに重なった。どちらも騒ぐような性格ではなく、ぽつりぽつりと会話が続く。

 そのあいだ、魔術師はよほどシチューを気に入ったのか、二回もおかわりをした。そのたびに魔女はにこにこ微笑み、鍋からよそってやる。

 互いの言動を拾い、また返すのは、まるで交換日記のよう。

 それは家族らしさのある温もりを感じるもので、魔女は自分のもてなしでありながら、ほわりと心が軽くなるのを感じた。

「そろそろデザートにしましょうか」

 魔女が切り分けるのは、森の恵みをふんだんに使ったシフォンケーキだ。生地には軽く炒った木の実が練り込まれ、星割りのクッキーと木苺のジャムが添えられている。

「……最初は」

 ほんわりとケーキを食みながら、魔女は、キャンドルの火すら揺らさないくらいにそっと囁いた。

「最初は、こうして森の温もりを知ってもらって、魔術師さんが森を損なわないようにしようと思ってくれたらいいと、考えていたのです。……けれど、今は、それだけではないのだと、気がつきました」

 彼女の声はどこまでも純朴で、しかし、食べかけのシフォンケーキのように、甘い。

 そのことに、魔女自身は気づいていなかった。

「最後に、これはわたくしからの贈り物です」

 降る雪を確かめるように出された手のひら。いつのまにか、そこには、ぽうっと灯る火を閉じ込めた、とろりとした質感の石が乗せられている。

 硝子に似た透明の中で角度を変えて揺らめく光は、確かに魔女と魔術師がそれぞれ持つ色であった。

「……よりにもよって暖炉宝石かよ」

「え? ……えっと、これはわたくしの意思ですけれど」

「よしわかった」

 先にケーキを食べ終えていた魔術師はひとつ頷くと、魔女の手のひらから石をつまんでポケットにしまい、律儀にもてなしへの礼だけ述べてから退室してしまう。

「……え、と。お気に召さなかったのでしょうか……?」

 あとには呆然とする魔女と、困惑の呟きが残された。

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