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p.27 なにも言うつもりはありません

 ――そこは、星蝋の夜と名付けられた。

 無数の蝋燭が銀色の火を灯している。

 空に散らばった星の光を吸い取るように、夜の底を埋め尽くす。

 端が見えないほどに続く広大な景色であるが、そこはたった二人のためだけの場所。どこかにあるが、どこにもない、星空の世界。夜の魔術師がいつも展開している空間よりさらに、隔絶された空間。

 世の理屈や秩序は存在せず、あるのは魔術師の紡いだ、そしてこれから紡ぐ予定の物語のみ。

(…………いよいよか)

 夜の魔術師は最後の最後まで手を回す性質だ。星空を紡ぎきるための魔術を残してから、彼はその場をあとにした。


「ご主人サマ、また朝帰リ」

「……どこでその言い回しを覚えてきた」

「ルファイ。……明日と明後日は森の魔女との祝祭、なのニ」

「おい」

 削ぎ落としたような無表情だが、魔術人形の気配に潜む貪欲の深さに気づき、魔術師はわずかに顔を強張らせる。

「森の魔女の髪は食べるなよ」

「わかってル。お客サマは、食べナイ」

 魔術人形はしかと頷いたが、どうにも信用できないと魔術師は明後日の予定を調整する。

(珈琲は魔術の繋ぎに使うつもりだったが、これに任せるのは、なしだな。……ひとまず食材と調理器具の確認をしておくか)

 食事というのは、与える者の要素が強く反映される。明日は魔女が手作り料理を出してくるだろうと予想され、また、明後日が担当の魔術師もその予定であった。

 特に魔術において、共食は儀式の一種としての由来を持つ。

 決められた形式で料理を辿る魔術は古来より様々な場面で使われてきた。夜会や格式あるレストランで出されるコース料理はそういったものの名残であり、魔術師らは今でも好んで利用する。

 そのような事情もあり、魔術師は普段から自分でも料理をするのだ。そのための厨房は料理人並みに充実していた。

(今日のうちにあちらへ移してもいい、が――)

 几帳面に整頓された厨房に立ち、魔術師は考える。

 後出しの可能な日取りは彼に有利にはたらくものであるが、いっぽうで、不確定要素はぎりぎりまで残る。明日の魔女のもてなしを受けてから決めたいのだ。

(……俺がどれだけ準備したところで、あいつはどうせ、予想もつかないことをしでかすだろうからな)

 星蝋の夜から戻ったそのままの格好であったため、ジャケットの内ポケットから香草のメッセージカードを取り出す。この慣れきってしまった行動も、もう終わりだ。

 しかし魔術師はなんの感慨もないとばかりに魔女へと事務的な内容のメッセージを送った。彼はそのまま待つように、すらりとしつつも骨ばった指で表紙に描かれた燭台の絵をなぞっている。

 早い時間ではあったが、予想通り、すぐにカードの表紙は火を灯した。

『いよいよ明日は勝負の日、わたくしの出番ですね! 最後ですから、なにも言うつもりはありません。蒼羽の時告げ鴉が鳴く頃に、静寂の森の入り口でお待ちしています』

 魔女が指定した場所への行きかたを、魔術師は頭の中で思い浮かべた。魔女の箒があればすぐに到着する距離だが、人間の足ではいささか遠い。魔術師は夜を展開して向かうことに決める。

 いよいよ、なのだ。

 今までに紡いできた、どんな愉快な物語とも違う。先日の魔女からのメッセージにもあったような高揚感が、確かに自分の中にもあるのだと、魔術師は自覚する。

「……祝祭、か」

 ならばそれらしく陥落させてやろうと、思うだけだ。

 磨かれた黒檀のような瞳が、夜よりも強く、色を閉じ込めた。

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