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p.26 大事な夜となるでしょう

(贈り物はできたし、祝祭聖樹や飾りつけも完成したわ。料理の下ごしらえが必要なものも終わったし……)

「……あとは明日、静寂の森へ運ぶだけね」

「祝祭聖樹の星飾りはつけなくていいのかい?」

「そう、それは今夜よ。星によい日なのだから、輝きもいっそう綺麗になるはずだもの」

 一年で最も日照時間の短くなる冬至は、すなわち、夜の力が最も増す日でもある。普段はそこまで気にしない魔女だが、今年は特別だ。

『今日は魔術師さんにとって大事な夜となるでしょうから、お邪魔してしまわないよう、今のうちにメッセージを送っておきますね』

 星降りの前日、空が不安定だからメッセージを送ってくるなと言われたのはお昼前のことだった。今日それがないということはメッセージを送ること自体は問題ないのだろうと、先ほど、魔女は簡単な言葉を送ったのであった。

 きっと夜の魔術師は、祝祭のことだけでなく、様々な方面で忙しくしているのだろうと魔女は思う。

『そこまで考えが及んでいながら、送らないという選択はしなかったんだな。まあ、いい。お前がどんな祝祭を見せてくれるのか楽しみにしているぞ』

 夕方近くになって返ってきたメッセージを見てふふっと笑う魔女に、家は深いため息をつく。それを聞いて、魔女はさらに笑った。

「ふ、ふふ。……あのね。わたくしが魔術師さんの物語に興味を持ったのは……それは、多分、彼の空白に気づいてしまったからなのだと思う」

 笑いながらもいつになく慎重な魔女の言葉は、誰もいない家に寒々と響く。

 どれだけ暖炉が薪を燃やそうとも、家が言葉を重ねようとも、魔女は、本当の意味で温まることなどできない。

「彼もまた、物語を求める人なのだわ。読み進めてゆく先にはいつだってなにも書かれていない白紙があって、埋めよう、埋めようとしているの」

 わたくしも同じ、と魔女はやっぱり笑う。

「それに――」

 想像でしかないその先を、魔女は言葉にしなかった。

 それは、彼女自身ですら、まだ確信を持てていないからだ。

(通り過ぎてしまった過去の物語を、わたくしは、慈しもうと思うのかしら。ずっと先に、たとえば、これから魔術師さんと過ごす祝祭のことを……)

 そこまで考えて、難しい話はもう終わりだと、首を振る。

「それに?」

「なんでもないのよ。……さあ、日が暮れるわ。陽光の仮面を外さないと」

 そう言って外へ出た魔女は、木々の隙間を縫うように差し込んできた日差しの斑な赤さに目を眇めた。

 森も、雪も、家も。塗り絵のように赤く染まり、作り物めいている。

(この景色だって、誰かが昔に紡いだ物語の名残かもしれないのだわ)

 それは魔女の知るところではなく、だからこそ、理由などどうでもよいことであった。

 今日限定で外に出していた祝祭聖樹の、恥じらうような美しさに一瞬見惚れ、魔女は手を伸ばす。

 その手は宙に浮かぶ、太陽の印を刻んだ光を掴んだ。

 辺りは途端に穏やかな赤さをまとう。陽光の仮面を外されたこの空間に、普段の夕景が戻ってくる。

(香草も、野菜も、祝祭聖樹も、元気そうね)

 昼の力が弱まる冬至の日は、育てている植物――室内で観賞用に置いているようなものも含め――に悪影響がある。それを太陽を模した陽光の仮面で守るのだ。

「日が完全に沈んだよ。もう、大丈夫かな」

 ぱりん、と音を立てて、魔女が手にしていた仮面は割れた。その端から金色の砂となり消えていく。

「……仮面さん、今年もお疲れさまでした」

 仮面の加護から外れた植物は、枯れてしまったり、他の植物と連携し持ち主に対して反乱を起こしたりするため、街では厳戒態勢が敷かれる。その点、森の中というのは自分の家だけに注意していればいいため、安心なのだ。

 そうして無事に冬至の仕事を終えた魔女は、ようやく、祝祭聖樹のてっぺんに星飾りをつけたのであった。

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