これはこれは
この世界は理不尽に溢れている。
邪神によって壊された平穏。
村へと侵略する魔物たち。
それを食い止めるために冒険者達は立ち向かった。
そして、数年後は女神の神託により勇者も現れる。
世は混沌としていた。そして、そんな世界で一人の若者がいた。その名はウィッシュ。勇者ではない一人の冒険者であった。
◆ 冒険者ギルドには沢山の依頼が張り出されている。
依頼の中には魔獣退治や護衛任務もある。
そして、その日はとある村の警護の任務であった。
村の名前はロズウェル。小さな農村である。
ウィッシュはその村へ訪れていた。
そこで村長から話を伺う。
内容は村の近くに現れたゴブリンの調査であった。
ゴブリン。
身長は低く醜い顔付きをした小人型の亜人である。知能は低いが繁殖力が高い。そのため数が増えすぎると近隣の村々を襲うことがあるのだ。
数は数百体ほどいるらしい。
だが、この世界のゴブリンは雑魚ではなく強い部類に入る。上位種になるとオーガ並みの強さになる。
普通の村人では太刀打ちできないだろう。
だから、冒険者に調査を依頼したのだった。
ウィッシュはこの依頼を受けることにした。
村を出発する前に村長から情報を教えてもらう。まずは、目撃証言だ。
数日前に現れたとのこと。それからは毎日のように現れては畑を荒らしたり家畜を襲ったりしているそうだ。
次に被害状況。
作物は全て荒らされ、家畜にも怪我を負ったものがいるらしい。
さらに、ここ最近で行方不明者が何人かいた。それは若い娘ばかりで行方知れずになっている。
最後に目撃した場所を聞く。
村を出てすぐの森だと言う。
森の奥へ進むと洞窟がありそこに入って行ったようだ。
そこまで聞くと、ウィッシュはお礼を言いその場を離れた。
ウィッシュは考える。
なぜ、ゴブリンがこの村に? 他の村や町ならまだ分かる。だが、ここは小さな農村だ。
食料だって豊富にあるわけではない。なのに襲った理由とは……。
(まさか!)
ある可能性を思いつく。
急いで村へ戻ることにした。
◆ ウィッシュは村に戻り村長の家に向かう。
そこには村長の他に数人の男達が集まっていた。
ウィッシュは事情を説明して協力を求めた。
最初は渋っていた男たちだったが、報酬を出すことで話を聞いてくれることになった。
集まった人数は五人。皆ベテランの冒険者である。
彼らはリーダーの指示に従い動くことに決まった。まずは、偵察を行うことにする。
森に入り奥へと進む。
途中、何度かゴブリンに遭遇したが難なく倒していく。
ウィッシュ達は慎重に進んでいった。
すると、大きな穴を見つける。
近付いて確認してみるとどうやら洞窟のようだった。
ここに奴らの住処か。
ウィッシュたちは確信する。
ここで間違いない。
あとは作戦を立てるだけだ。
偵察を終えたウィッシュたちは一旦村に戻った。
そして、村人たちを集めて説明する。
まずは、罠を仕掛けることにした。落とし穴を掘ってそこに誘導して上から石を落とすという単純なものだ。
それを繰り返していく。
ウィッシュたちは何度も繰り返した。
そして、夜を迎える。
月明かりだけが頼りの夜道。
だが、それも長く続かなかった。
突如として現れたゴブリンの大群に待ち伏せされていたのだ。
暗闇の中から次々と現れるゴブリンたち。
その数は数十体はいるだろうか。
このままでは全滅してしまう。そう思った時、一人の男が叫ぶ。
ウィッシュだ。
彼は仲間を連れてゴブリンの群れに飛び込んだ。
迫り来るゴブリンたちを斬り伏せながら進んでいく。
戦いの最中、リーダー格のゴブリンが指示を出した。
洞窟の中へと逃げろと。
そして、残ったものは囮となり時間を稼ぐ。その間に逃げる算段なのだ。
ウィッシュは理解する。
これは捨て駒だと。
だが、迷っている暇はなかった。
ゴブリンたちが襲いかかってくるからだ。ウィッシュたちは洞窟へと入って行く。
背後からはゴブリンたちの雄叫びが聞こえてきた。
◆ ゴブリンに追われ洞窟を駆ける。
後ろを振り向くと、追いかけてくるゴブリンの姿が見えた。
「急げ!」
先頭を走るリーダーが叫んだ。
「分かってますよ」
それに答えたのは斥候役の男である。
ウィッシュたちは必死に逃げていた。
洞窟内はかなり入り組んでおり複雑である。
しかし、ゴブリンの方が足が速く徐々に追いつかれてしまう。
ついには挟み撃ちされてしまった。
前方からもゴブリンが迫っている。ウィッシュたちは追い詰められてしまった。
絶体絶命の状況だ。
だが、その時。
ウィッシュが声を上げる。
そして――
◆ ウィッシュは走った。
ただひたすらゴブリンに向かって走り出す。
手に持っているのはナイフ一本。防具もつけていない。まさに無防備である。
だが、彼には勝てる自信があった。いや、確信していた。
なぜなら、ゴブリンの動きが遅く感じるのだ。まるでスローモーションのように動いている。
これなら、簡単に倒せるだろう。
ウィッシュは目の前にいるゴブリンに向けて手を伸ばす。
そのまま掴みかかろうとした。
だが、直前で止まる。
なぜならば、ゴブリンの頭に矢が突き刺さったからだった。
ウィッシュは驚く。
いったい誰が助けてくれたのか? 周囲を見回す。
すると、遠くの方から弓を持った人が走ってきた。さらに、その後から複数の男たちが追ってきている。
彼らは盗賊団であった。
村から依頼されて調査に来た冒険者の中に紛れ込んでいたのだ。
この盗賊団の狙いはゴブリン退治の依頼書であった。
彼らは依頼を受けてやってきた冒険者を騙して襲うつもりだったのである。盗賊たちは最初から冒険者たちを狙っていた。
ゴブリンが畑を襲うのはいつものことである。ならば、畑の近くに住む人間を襲うはずだと考えたのだった。
そして、予想通り現れたゴブリンたち。
そこで、彼らが考えた作戦が罠を仕掛けることだ。
落とし穴を作りゴブリンを誘導する。
そこへ矢を放ち攻撃するのだ。
さらに、森で待機している仲間に連絡をして襲撃するタイミングを伝える。
それが合図となって一斉に襲い掛かったのだ。
こうして、見事に盗賊たちは目的を果たしたのである。
◆ 盗賊たちは歓喜の声を上げた。
そして、ゴブリンを次々と倒していく。
中には、ゴブリンを盾にして逃げ出すものもいた。
だが、そんなことは関係ない。
全て倒すまで終わらないからだ。
ウィッシュは唖然としていた。
なぜ、こんなにも強いのか? それは、彼が特別な存在だからだ。
ゴブリンに襲われた村娘が助けを求めた相手こそウィッシュだった。
村娘を助けた時、偶然近くにいた魔法使いが魔法の力で姿を偽っていたからである。
なので、彼は知らない。
自分以外の人間が弱く見えることを。
つまり、彼は強くて当たり前だった。
しかし、今回は相手が悪かった。
盗賊たちはプロであり、様々な修羅場を潜り抜けてきている。
対するウィッシュは初心者同然。
その差が如実に表れた結果となった。
◆ ウィッシュは膝をつく。
そして、地面に倒れ伏した。
薄れゆく意識の中で思う。
どうしてこうなったんだ……
彼の心には後悔しかなかった。
だが、これで良かったかもしれない。
なぜなら、ゴブリンに犯されずに済んだからだ。
◆ 気が付くとベッドの上に寝かされていた。
いったいここはどこなのか? 起き上がり周囲を見渡す。
そこは見知らぬ部屋。
どうやら、誰かの家らしい。部屋の中は質素な造りになっていた。
木で作られた机や椅子があり棚もある。
そして、窓際には花瓶が置かれていた。
ウィッシュは立ち上がり外に出ようとする。
だが、扉を開けるとそこには女性が立っていた。
その女性は見覚えのある顔だ。そう、村娘のニーナである。
彼女はウィッシュの顔を見て驚いている様子だ。
それもそのはずだろう。
村を出てから三日しか経っていない。
それなのに、目の前に現れたのだから。
しかし、ウィッシュは違う意味で驚いた。
なぜならば、彼女の容姿に違和感を覚えたからだ。
(あれっ?)
ウィッシュは戸惑った。
目の前にいるのは間違いなく彼女なのだが、どこかが違う。
なんというか……老けている。
見た目だけではない。
声も違っている。
話し方も変わっていた。
まるで、大人になったような印象を受ける。
ウィッシュは混乱した。
いったい何が起きているのか? 理解できない。
だが、これだけは分かる。
これは夢だと。
なぜなら、現実ではありえないことばかり起きたから。
ゴブリンに襲われて死にかけたことも。
そして、今ここにいることも。
すべて、ありえなかった。
だからこそ、彼は思った。
自分は死んでしまったのではないかと。
だが、死んだ記憶はない。
ウィッシュは考える。
なら、ここは天国だろうか? だが、すぐに否定する。
なぜなら、自分の服装が村人と同じだったからだ。
この世界は中世のような世界観。
だが、村人は皆、平民でも麻の服を着ている。
しかし、ウィッシュが着ているのは絹の服だ。
明らかに身分が高い者が身に着ける物である。
それに、目の前にいる女性もそうだ。まるで、貴族の娘のように思える。
いったいどういうことだ? なぜ、こんなことになったのか? 疑問は尽きないが、いつまでも悩んでいても仕方がない。
とりあえず、ウィッシュは話を聞くことにした。
◆ ウィッシュは事情を聞いた。
すると、信じられないことが語られる。
この村は魔王軍によって滅ぼされたというのだ。
さらに、この村だけではなく他の村も同じだという。
ウィッシュは絶句した。
まさか、そんなことになっていたとは。
しかも、それだけではなかった。
この国は滅亡の危機を迎えているというのだ。
現在、各地でモンスターによる侵略が行われている。
モンスターたちは村々を襲い食料を奪っていく。
また、女子供は攫われていった。
だが、一番の理由は勇者の存在だった。
勇者が邪神を倒すために旅立った後、残されたのは力のない民たちである。彼らは抵抗することができず蹂躙されていった。
このままでは国が滅ぶのは時間の問題だった。
そこで、立ち上がったのが国王である。
そこで、国中の優秀な若者を集めることにしたのだ。
しかし、ただ集めるだけではダメだ。
そこで、彼らを鍛えることになった。
訓練所を作りそこで兵士としての訓練を積ませることにしたのである。だが、問題もあった。
それは、金がかかることである。
まず、食費。そして、武器や防具代。さらに、給料を払わなければならない。
そのため、予算は限られてしまった。
そうなると、できることは少ない。
結局、できることは限られている。
そこで、考えられたのが冒険者制度だ。
それは、国の兵士たちがダンジョンへ潜り魔物を倒し素材を集めてくるというものである。
それにより、なんとか食いつないできた。
しかし、それも限界が近づいていた。
なぜなら、いくら倒してもきりがなかったからだ。
そこで、考え出されたのがゴブリンを使った実験だった。
ゴブリンは繁殖力が強い。
そして、人を襲う習性があった。
なので、捕まえて奴隷にしてみた。
だが、失敗だった。
ゴブリンは人間を苗床にする。
つまり、孕ませてしまう。
それを知った時、誰もが絶望した。だが、ある男が閃く。
そう、勇者召喚をすればいいじゃないかと。
その男は天才だった。
その発想により生まれたのが勇者育成プロジェクト。
これにより、多くの若者の命が失われた。
その数は1000を超える。
そして、ついに今日完成した。
その男の名はニーナの父親でもある。
ニーナの父の名前はオーガスト。
この村の村長でもあった。
◆ ウィッシュはニーナに案内され家に向かう。
道中、ニーナは嬉しそうに話しかけてきた。
その顔はどこか幸せそうに見える。
まるで、恋人にでも会えたかのように。
どうやら、彼女はウィッシュのことを好きになってしまったようだ。
だが、ウィッシュは違う。
彼の心には別の女性が住んでいる。
彼の心の中には一人の少女がいた。
その少女は幼馴染の少女だった。名前はリリアーヌ。
だが、もう会うことはできない。
なぜなら、彼女は死んだから。
あの日、ゴブリンによって陵辱された。
その結果、彼女が死んだのである。
だから、ウィッシュは誓った。
ゴブリンを許さない。
一匹残らず駆逐してやる。
そして、魔王も必ず倒す。
ウィッシュは復讐を決意した。
だが、まだその時ではない。
なぜなら、彼はレベル1の冒険者である。
そんな状態で魔王と戦うなど無謀でしかない。
今は強くなろう。
そのために、彼は行動を起こすことにした。
◆ 家に着くとそこにはニーナの両親が待っていた。二人とも疲れた顔をしている。
無理もない。
娘が帰ってこないのである。
心配しないわけがない。
だが、二人は喜んでいた。
帰ってきたからである。
しかも、連れて戻ってきたのが見知らぬ少年であった。
最初は戸惑ったが、事情を聞いて納得する。
この子はゴブリンに襲われていた。
それをウィッシュが助けてくれたという。
だが、疑問もある。
なぜ、この子がここにいるのか? そもそも、なぜゴブリンがここにいたのか? 疑問はあるが深くは聞かない。
それよりもそもそも俺はいつからこんなわけのわからない話に付き合っているんだ?そもそもゴブリンにやられはずなのに、ぶっ飛んだ話に突き合わせられているんだ?夢か?幻覚か?それとも、妄想? まあ、なんでもいいや。
とにかく、この子を助けよう。
それに、この子の両親も困っているみたいだし。
こうして、ウィッシュは勇者となった。
ウィッシュは勇者になった。
といっても、別に魔王を倒すわけではない。
まずは夢から醒めよう。
とりあえず、頬をつねってみる。痛くない。
どうやら、夢のようだ。じゃあいいか。とりあえず、この女の子を助けることにしよう。
◆ とりあえず、現状を把握したい。
だが、周りは敵だらけだ。
囲まれている。
ゴブリンたちだ。
数は10匹くらいだろうか。
みんな棍棒を持っている。
こちらに向かってくる。逃げ場はない。
なら、戦うまでだ。
幸いなことに武器はある。
武器屋で買ったショートソードだ。
これを構えて迎え撃つ。
先手必勝だ。
相手が動く前に斬りかかる。
だが、相手の方が早かった。
棍棒が振り下ろされる。
慌てて避ける。
危なかった。
もう少し遅かったら当たっていただろう。
だが、安心はできない。
次が来る。
また、攻撃を避けようとするが体が重い。
思うように動かない。
これはどういうことだ。
まさか、これがステータスの影響なのか。だとしたらまずい。
このままでは勝てないだろう。
なんとかしないと。
そう思った瞬間、頭の中に声が響いた。
――スキル:剣術を取得しました。
どうやら、戦闘経験により新しいスキルを覚えたらしい。
その効果は絶大だった。
今までとは比べものにならないほど動きが軽くなったのだ。
おかげでゴブリンの攻撃を簡単に避けることができた。
さらに、ゴブリンの動きが遅く見える。
まるでスローモーションのように感じられた。
そのまま一気に間合いを詰める。
そして、袈裟懸けに切り裂く。
ゴブリンは真っ二つになり絶命した。
残り9体。
一体ずつ確実に仕留めていく。
そして、最後の一匹を倒した。
終わったようだ。
だが、まだ終わっていない。
後ろを振り向くとニーナが震えながら立っていた。
◆ 目の前で信じられないことが起きた。
それは突然のことだった。
なんと、ゴブリンたちが倒されたのである。
それも一瞬のうちに。
あまりの出来事に理解が追いつかない。
だが、すぐに現実に引き戻された。
なぜなら、ゴブリンたちの死体をウィッシュが漁り始めたからだ。
何をしているのか? ニーナは恐怖を感じた。
もしかしたら、ゴブリンの仲間かもしれない。
そう思うと怖くて仕方がなかった。
だから、思わず叫んでしまった。
すると、ウィッシュがこちらを見る。
目が合った。
だが、何も言わない。
ただ、じっと見つめてくるだけだ。