第八話 吐き出した唾は回りまわって自分に帰ってきます
とーろく、とーろく、とーろく♪
「ありゃ?うひょー、ここ特等席じゃねーか!」
この金網はおそらく、合法的にあそこの水着美少女の肢体を観察できるようにするため建てられた柵なのであろう。
ならその用途に乗っ取って、この紳士めが利用してあげようじゃないか!
俺は数段高くなっているブロック塀に足をかけ、金網に張り付くと、水着美少女を食い入るように眺める。
幸運というべきか、集中している彼女はこの不審者に気づくそぶりは全くない。
わずかに彼女の足の周りが、蜃気楼のように歪んだような気がした。
次の瞬間
バコォォオオオオン!!!!!!!!
凄まじい音とともに、彼女が入水する。
そして、
「え!?ちょちょちょちょ!!」
強力な鉄砲水がプールサイドに押し寄せる。
目の前を隔てているのはただのスカスカな金網であるため必然、
ザッパァァアン!!
「あばばば」
思いっきりその場から吹っ飛ばされた俺は石畳に後頭部から倒れ込む。
(おぅ…、あまりに突然の出来事にまともに受身がとれんかった…。頭がクラクラしてまともに動けん)
グロッキー状態の中、
「大丈夫か!?君!」
という声がどこからか聞こえたのを最後に俺の意識は途絶えた。
* * * *
「ぉぃ、君、大丈夫か?おい!?」
大きな声と頬をペシペシされる感覚に俺は起こされる。
枕元がほのかに温かい。
ずっとこのまま眠っていたい気持ちを抑えて、俺は起き上がり、今起こっていた現状を理解すると…、
再び彼女の膝枕に収まる。
「スヤァァ、って痛った!ちょっと、頭落とさないでくださいよ」
「いや済まない、君にゴキブリと等しい生理的嫌悪感を抱いてしまったようだ」
僅かに顔を顰めながら、声を発するのは黒髪美少女であった。
先程までとは違い、帽子はとったのかその髪はポニーテールにまとまっていた。
茶色い瞳はとても大きく、理知的な印象を受ける。
…って、軽くスルーしたけど、言い様明らかにひどすぎませんか?
「声がしたと思って来て見れば、以外と大丈夫そうだったな」
「そう言えば、何で水泳してたんですか?今日って部活動含め、関係者以外立ち入り禁止だったような…」
途端に、彼女の目が泳ぎだす。
「それに、明らかに飛び込んだ時の水の飛び散り方が異常だったのですが?」
下手くそな口笛がさらに追加される。
おい、こっちを見ろ不審者。先生にチクるぞ。
「そういう君こそ、こんなところ何をやっていたんだ?」
「俺は近道をしようとって…、あ!!!今何時ですか?」
「今は…、10時を10分過ぎたくらいかなぁ…」
「やべっ」
俺は鞄と地図を掴んで、慌てて駆け出す。
「おい君!ちょっとは…!!!」
後ろで何か言っていたが、俺にはそれに構っている時間などないのだ。
* * * *
急いで講堂の中に滑り込んだはいいが、入学式はすでに始まってしまっていた。
前の方に新入生が座っていて、中・後列に保護者が着席している形だ。
途中から俺が介在していける余地などはない。
俺がそうして、どうしようかとウロウロしていると、
「おい!お前何やってる!」
一番後ろでふんぞり返ってた、濃ゆいゲジまゆのおっさんが話しかけてくれた。
「その制服…、まさか初っ端から遅刻か?…というか何でそんなビショビショなんだ?」
暗い紫色の髪を坊主一歩手前まで刈り込み、スーツの上からでもわかる程隆起したバルクを持っていたその男は、言い草からして、どうやら先生のようだった。
「いや、これはその…、近道をしようとしたら洪水に襲われまして…」
「…?外は至って快晴だが?」
「あー」
ヤバい、咄嗟にアイツをスケープゴートにしようとしたが、名前を聞きそびれてた。
「…、もういい、ちょっと来い。お前何クラスだ?」
「Fクラスです」
俺を近くまで呼び寄せると、俺の制服やら何やらを魔法で乾かしてくれた後、肩を組んでくる。
「Fクラスは一番右っ側だな、あそこの一番後ろ空いてるから、そこに座れ」
おっさんにお礼を言うと、端っこを通って席に座る。
以外とバレてないっぽい。
まぁただ今絶賛壇上でスピーチをしていたマークスにはバレバレだったが。
座る前に軽くウインクしてやると、盛大に顔を引きつらせていた。
茶色パーマめ!してやったりでござる!
入学式自体は俺の遅刻などなかったかのように何事もなく終わった。
途中で「あぅ」とか「ばぶ」しか言わねーふざけた奴や、全校生徒に宣戦布告をかます眼帯姿の総代などがいたが、つつがなく終わったほうであると言えよう。
あ、そう言えば最後の最後に部活紹介があり、なんとあの水着美少女も水泳部として参加していた。
部外者ではなかったんだね。
入学式後は、手短なホームルームがあるらしい。
担任を発表するとかで教室に移動させられた。
まだクラスが決まったばかりのせいか、教室では一部を除いてみな黙り込んでいた。
俺は、暇つぶしに話している奴らの内容を盗み聞きしていると、ガラガラと引き戸が開かれる。
そいつは早歩きで教卓まで移動すると、バンッと手に持っている物を叩きつけ、クラスを黙らせる。
「はい、注目。私がこのクラスの担任になりました、エヴァン・ランデルです。」
「まず初めに言っておきますが、このクラスは糞です!入学テストは最下位、勉強意欲のない口先だけの貴族も多く、問題児ばかり。入学式初っ端から遅刻した人もいます。そして毎年このFクラスから一番退学者がでます」
「そんなこのクラスを何故私が受け持つことになったか?私が今学年の担任の中で一番優秀だからです!」
彼はメガネの真ん中をクイッとあげる。
「『皆が等しく教育を受けられる場を作るのを我らが教師の目的とする』と校長は仰られました。つまり!!この優秀な私が!ノータリンなあなたたちの為に!他の教師陣より時間を割いて!あなたたちに教育していくわけです!!」
彼がもう一度教卓を叩き、激しい音を出す。
「…、ホームルームは以上です。各自ここに置いておくプリントを取って帰ってください。明日は8時45分ここに全・員・着・席して迎えられるように。特にアノア君!!」
「はっはい!!」
その言葉を最後にインテリ丸眼鏡こと、エヴァン・ランデル先生がこの場を去った。
クラスは嵐が過ぎ去った後のようにボロボロである。
最後に名差しされてびっくりしたが、どうやら俺は問題児認定されてしまったらしい。
これからの学園生活にいきなり暗雲が立ち込め、とても頭が痛い。
とりあえず、プリントをもらってから直ぐに寮に引っ越すか…。
というか、あのクソ教師ちゃんとホームルームに時間割けよ。