第七話 本音でぶつかり合えば生まれるものもある
とーろく、とーろく、とーろく♪
『アノアさまは将来どうなされたいのですか?』
俺は地球に生まれてこのかた今に至るまで、流れに身を任せて生きてきた自覚はあるが、自分と似た境遇とも言えるあの茶色パーマ君、マークスの人生が決まる瞬間に立ち会ってからというもの、後回し、後回しにしてきた問題に今一度直面している。
俺、この場合は12年間生きてきたアノアの記憶も含めてだが、彼のように前世での専門的知識があるわけでも、腕っぷしがすごく強いわけでもない。
魔力もなくなってしまったみたいだし…。
だがしかし、天使に無理やり送り込まれたとは言え、昔の自分からしたらお伽噺の中の国とも言えるこの世界では、それなりにやりたいことは見つかったのだ。
確かに、現時点で実家に戻って家業を手伝ったり、所長の伝手を辿るという選択肢を取れる俺は、なるほどこの世界の平均からしたらかなり恵まれている方なのであろう。
そんな俺をもってしても、なおこの職業に夢を抱いてしまうのは前世からの理想を追いかけているからなのか?
はたまた父親からの遺伝なのか?
まぁ、なんでこんな俺が拗らせてしまっているのかというと…。
季節はまだ肌寒かった風がほんの2週間で暖かくなり、運動場の脇に等間隔で植えられている桜の木が満開を迎え、その花びらをひらひらと舞い上がらせている。
そんな美しい光景を眺めながら、正門アーチのど真ん中でボーっと突っ立っている俺の顔は……、ボコボコに腫れていた。
あの後、マークスに校内を案内されてのち宿に帰宅した俺は、その日学校で起こったことをありのままセバスさんに伝える……、なんてことはしなかった。
しかし、己の魔力がなくなるという異常事態を報告しないわけにもいかず…。
その返答が『コレ』であった。
「俺の将来…、俺は…、俺はとにかくこの世界を自由に見て回りたい!!」
翌日からセバスさんによる修行という名のリンチが始まった。
まぁ、彼からしたら、俺に世間の厳しさを教えるための愛の鞭だったのかもしれない。
一朝一夕で、お受験用のチャンバラ剣が上達するはずもなく、途中からただひたすらにボコスカ殴られていただけだったような…。
おかげさまで受身の取り方がすごく上手くなった。
俺はあなたそんなストレスを貯めさせるような悪いことしたか!?
(うぅ、もう忘れよう、セバスさんはヴィデルチェ領に戻ったんだから)
「はぁ…。」
「どうかされたんですか?」
「うわっ!」
驚いて振り返ると、白衣をまとった茶髪の女の子がこちらを上目遣いで見ていた。
「うわー、その怪我ひどいですね…。何かあったんですか?」
「いやー、これには色々と訳がありまして…。思ったより早く来たんで、ボーっとしてたんですけど。」
「そのネクタイ、新入生の方なんですね?クラスとか確認したほうがよろしいのでは?」
今日は入学式なので、正装必須である。
ちなみに学校指定のネクタイや上履きなどで学年が分かるようになっている。
俺と同じネクタイやリボンの色をしている奴らのほとんどは、校門から入ってすぐを左に曲がったところに張り出されている、成績順に振り分けられたクラス決めの紙を確認するんだ、とのこと。
ここで、初めて自分が上から何番で合格したのかや、同じクラスの人との顔合わせができるということになっている、とマークスから小耳に挟んだ。
向こうでは、確かにガヤガヤした声や、女子の悲鳴や歓声が聞こえてくる。
またほとんどの人もそちらに曲がり、まるで、有名な神社のお正月のように、大きく人の流れが出来ている。
「あぁ、良いんです。自分は、もう確認したんで」
「…?それなら丁度いいです!ちょっと寄っていきませんか?」
白衣の女性に連れられること数分、正門から一番敷地の反対側、奥まったところにそれはあった。
保健室
何でこんなところ辺鄙な所にあるのかは知らないが、きっとこの人も大変なのであろう。
案外窓際族だったりして…。
冗談はさておき、この白衣の女性、名をフローレスさんというのだが、どうやら生徒ではなく、先生であったらしい。
あのあとプンスカ怒られる羽目になった、かわいい。
彼女も養護教諭として、今年からここに赴任することになったようだ。
『私たち、同じ1年生ですね!』と言われた…、めっちゃかわいい。
まぁ、そんなこんなで俺の傷を治してくれるらしい。
ちなみに、白衣で出勤してきたことについては、初日ということ舞い上がってしまっていたためらしい。
ツッコまれて恥ずかしそうにしていた。
「はい、ということで着きました!私の勤務場所!アノア君も何かあったら是非ここを利用してね!」
「はい、惰眠を貪りに度々来たいと思います」
「ダメだよ~」
そんな軽口を叩きつつ、勝手知ったる顔で道具を取りに向かう。
おそらく一度、自分が働く場所は前もって訪れたことはあったのであろう。
奥から消毒液を持ってくると、2脚の椅子を用意する。
「はーい、座ってー、傷があるところは全部見せてねー」
所々、血は止まっているが、まだ瘡蓋には慣れていない傷口にエタノールを噴射されていく…、クソいてぇ。
「はーい、それじゃあ治していっちゃいますねー」
「『治療』」
俺の前で両手をかざすと、手から光が溢れ出していく。
次第に切り傷や打撲が塞がっていったり、薄らいでいくのがわかる。
「これで大丈夫っと、お大事にねー」
(これが、光属性の魔法か…、初めて見た)
「ありがとうございました、また来ます」
「授業サボって来ちゃダメだよ~」
俺は席を立つと、フローレス先生に別れを告げ、保健室を後にする。
今後癒しを求めに、度々ここに来ることになるだろう。
さて、まだちょっと時間があるし…、後々混むことになることになるであろう、入寮手続きをやってしまうか。
幸いなことに、寮は保健室のすぐ隣にあった。
控えめな階段を上がると、直ぐに2棟のドでかい建物が向かい合って建てられているのが見える。
看板に従って、手前の方の建物、男子寮に入るやいなや、入口すぐの事務所でくつろいでいたおばちゃんを呼び出し、書類を提出する。
「あら、早いわねーあんた。入学式は終わったの?」
「いえ、これからです」
「あらそう。今から手続きなんて、あなたなかなかしたたかじゃない、好みのタイプよ。あなたのお部屋は…、170号室だわね」
「あはは…、ありがとうございましたぁ」
鍵をもらい、足早にその場を立ち去る。
ここの寮母さんは、なかなか曲者で苦労しそうだ。
部屋を見るのはまた後でにしよう。
俺の荷物はほとんど宿に置いてあるからね。
さて、そろそろ時間が良さげなので、講堂に向かうことにしますか。
「…あれ?ウソだろ…?講堂ってどっちだっけ?」
まさかの迷子である。
失敗した。
フローレスさんに全てを委ねて、会話に没頭してしまったが故のミスである。
マークスに学園を案内はされたのだが…、彼とは色々訳あって、半分程は大雑把な説明しか受けていない。
「そうだ!地図!…あった!」
入試の時にもらったパンフレットが鞄の中に埋もれていたことをふと思い出す。
「えーっと…、こっから階段を昇って…。左から行けば近道できそうだな…。」
いくら精神年齢の合計が35歳の俺でも、いや、いくつになっても未知らぬ場所への探検というものは、胸がくすぐられるものなのだ。
「へー、運動場の奥ってプールになってたのか…。メチャクチャ広いな…」
学園の敷地を壁に沿って歩いていると、金網越しにこれまた大きいプールがあった。
世界選手権が行われるような長さ50mはあるプールである。幅もかなりあるだろう。
「ありゃ?」
その水溜りから1段高くなっている飛び込み台に、今にも泳ぎ出そうとしている女の子を発見した。
RIZINすごかったでよねぇ~。
皆さんは見ましたか?
僕はスペシャルエキシビションマッチしか見てないにわかですけど、それでもあの熱い戦いにとても胸を打たれました!