第三十六話 屹立する物体N(意味深)
「師匠!機嫌直してくださいよぉ」
「ふんっ、置いていこうとしたくせに何をいっとるんだか」
「あの時は気が動転してたんですって。それに実家に帰るだけですし…」
「おらぁ決めたんだ。おまんらのパーティーの指南役になって、おらぁ評価を上げる。おまんらは冒険者ランクを上げる。なぁ?ウインウインだろ?」
「…」
(この人意味分かって言ってんのかな…。それにこれから2学期が始まる訳だし、正直ついてきて欲しくなかったんだが)
狭い馬車の中で身を縮こまらせるようにして、頭髪から口周りの髭に至るまでまりものように茶色でふさふさなその男、ドンダスさんはそこにいた。
一度ギルドで会った時から着の身着のままで来たのだろう。彼の一張羅であるおどろおどろしいデザインのモンスター製革防具と傍らに寝かせてある刃渡りが身の丈の半分以上を占める両手斧が印象的だ。
馬車を捕まえる途中で偶然遭遇。
話をすると俺も行くとその場で突然言い出したのだ。
うちの領は神淵の森との間に大きい湖があるので、冒険者としての狩りの仕事は無きに等しい。
そういうのもあり何も言わずに勝手に出てきてしまったのだが、今考えると確かに散々冒険者についてを教え説いてくれた彼には不義理な話であった。
「冒険者っつーのは目ぇ離すと直ぐどっか行くからなぁ。心配して後をつけて正解だったわ」
どうやら俺達は師匠のギルドへ成り上がる道具としてロックオンされたみたいだ。
うちのパーティーにはあのレナータがいるのだ。
これからメンバーも増えるかもしれないし、どこまでランクをあげられるかは分からないが、今後成長していくことは確実だろう。
その前に唾をつけておく彼の目論見は非常に的を得ていると言っていい。
当事者からは『勝手に決めんな!ふざけんな!』と言ってやりたいが…。
ん?
(まぁ別にメンターとして一緒にいても何か減る訳じゃ無いし。むしろ損するのはドンダスさんなわけで…、別にいっか)
ってなわけで今に至る。
もうすぐ緩やかな丘に囲まれた盆地に所在する央都ヴィデルチェの壁とその街並みが見えてくるだろう。
戻ったらまずアトスに会おう。
そういえば俺が転生してからまだまともに話せなかったしな。
レオノラさんにもちゃんと謝ろう。
出ていくときにきつい言葉を吐いてしまったことに。
未だに俺のことを愛してくれたいるのは俺自身が一番よくわかっているはずだ。
「皆元気にしてるかなぁ…」
「んぁ?大丈夫だろう。オースに来る前にヴィデルチェにいたんじゃないのか?」
「それはそーっすけど…」
「あまりギルドの情報を真に受けるなよ。必ず人づてに情報を得る機関だ。何処かで捻れててもおかしくねーからな…」
馬車が止まる。
「ん?何か臭くねーか?アノアおならしたか?」
「え?なんですか?セクハラですか?」
「セクッ…?まぁ気の所為ならいいんだが…」
「そんなことより見てくださいよ!これがうちの街です!」
「アノア…」
「なんですか?」
「お前の街にはいつもあんなもんが立ってるのか?」
「へ?」
俺は振り返った。
そこにある光景はいつもとは違う異様なものであった。
湖のほとりにここからでも視認できるほどのどでかい紫色のクリスタルが水面に浮かんでいるのである。
そして普段は比較的賑わっている湖近郊や大通りにも全くといっていいほど人が見られない。
皆一体どこに行ったというのか。
「は?何これ…?」
「こりゃあまさしく異常事態ってーやつか。とりあえず御者と話してくる。」
そういうとドンダスさんはこんな時でも努めて冷静に荷物を掻き分けて商業馬車の前方へと向かう。
こんな馬車に相乗り出来たのもB級である彼の実力ありきのものであった。
まぁ俺もいざとなればヴィデルチェ領主の息子という肩書きで乗せてもらうつもりだったが。
「とにかく帰りたいって話だ。降りるぞ」
「え、嘘?あ、はい」
(おいおい幾ら荷物が大事だからってここまで来て帰るってことはねぇだろ)
そんなんで利益は大丈夫かと思わなくもないが、その辺のリスクマネジメントは人それぞれだ。
この距離なら別に歩いていっても変わらないし、御者もこの並々ならぬ雰囲気を感じ取ったのかもしれない。
一行は馬車に別れを告げると門に歩き出す。
いざ門の前に辿り着くとよりその異様さが際立ってくる。
普段はいる門の警備隊がどこにもいないのだ。
そして固く閉ざされていた門や横の事務所も空かなそうだ。
どうなってんだこれ?
「だめだな…、こりゃ。おいアノアここは正門なのか?」
「いやここは東門です。北門が正門なので…」
「ここから壁際に湖とは逆方向で進みゃー良い訳か」
話が早くて助かる。でも、
「それなら先に寄りたいところがあるんですが付き合って貰えますか?」
「あん?寄りたいとこだぁ?」
「はい」
正門から中に入るよりもっと確実により詳細な情報を把握するのにうってつけのところが有る。
今からそこに向かうとするか。
何だか嫌な予感しかしないが。
胸がドクドクとはっきり鼓動し、不安に心を乱されつつも実際に取り乱したりしないのはその不安が未だ的中していないのもそうだが、ひとえに隣にいる心強い味方がいるからであることは否めなかった。




