幕間 デート①
まさか俺もどこかでまかり間違ったらあのゴブリンのようにモンスターになっていたのではないか?
頭からその事実が離れずに延々とグルグル回る。
場所は央都オースの宿屋のベッドの上。
天井のシミをボーっと眺めながら考えに耽る。
流石に命が危険にさらされるほどのクエストをこなしたばかりなのだ。
エニグマさんと話し合ってしばらくは冒険を休もうという話になった。
いざとなれば隣の部屋にいるので働くのも辞めて帰るのもノック一つで出来るだろうが…。
一夜明けてやっとアドレナリンが抜けきったことで改めて『俺達の初めて冒険』に恐怖した。
あれだけ多くの俺よりも強い冒険者がいたにも関わらず、何人もの冒険者が死に、両腕がなくなる程の負傷者もいた。
そんな中でよく生き残れたな、ただ運が良かっただけじゃないか?と恐れ慄く。
そして、こんなことをこれからも続けていくのかと。
何処かで冒険者というものを甘く見ていたのかもしれない。
ファンタジーの中のアドベンチャーに胸を躍らせていたのかもしれない。
自分を心から思ってくれている人の忠告があったのにもかかわらずだ。
でもそれと同時に分かったこともある。
あの蜘蛛ゴブリンと戦った時に出た湧き出るような力である。
この摩訶不思議な力を操ることで俺はもっと先に行けるのではないか?
そんな興奮が俺自身にもっと刺激を与えろと訴えかけてくるのだ。
これが本能というやつなのだろうか。
これから俺はどうするべきなのだろうか…。
ドンドンドンッ
無遠慮に強めのノックが鳴る。
誰だろうこんな時に。
今日はベッドにくるまってゆっくりぬやぬやさせて欲しかったんだが…。
ドアを開けてみると案の定エニグマさんであった。
夏らしい白いTシャツにデニムショートパンツのラフな出で立ちだが、そのロングの髪型に似合うかと言われれば少し引っかかりを感じるような…。
まぁ俺のセンスが壊滅的なだけか。
というか私服なんて持ってきてたんだな。
かわいい。美少女バンザーイ。
「何すか?こんな時間に?」
「おはよう。こんな時間ってもうお昼前だと思うが…」
「それで?しばらく休むって話じゃ…?」
「アノア君。私とデートしようか」
「……ふぇ?」
開口一番に彼女は俺の悩みの何もかもを吹き飛ばすように笑顔で必殺技を決め込んでくるのであった。
* * * *
「デートってギルドかよ…」
わざわざおめかししてやってきたのは町の中央にある冒険者ギルドであった。
俺の期待を返して欲しい。
まぁおめかしつっても制服なんだが。
「それは後だ。まずは資金調達と任務の報告を終わらせないと気になって遊びに集中出来ないだろう?」
げ、聞かれてたのかよ…。
まぁ確かに彼女の言う事も一理ある。
それに再度確約してくれたのだ。
これで面倒臭い庶務もはかどるというもの。
真っ白な建物の中に入ると知り合いがいた。
サッシュさんだ。
こんな遅くに珍しいな…。
「サッシュ殿もこの時間に報告か?」
「殿…?あぁお前達だったか…」
俺達は仮にも彼のパーティーに一時的に加入していた形だ。
ここは一緒に受付嬢の話を聞くべきなのだろうか?
それにしても表情を見る限り、今はあまり気分が良さそうには見えないな。
まぁ、チームメンバーが半死半生になったのだ。
当然といえば当然だろう。
あれからヒーラーのセレスさんに見てもらったらしいのだが、欠損の再生ともなると人手と魔力が足りなかったらしい。
それに時間が経ってしまったことにより、欠損が魔法で直ったとしても痛みや神経伝達の遅滞により、不自由なく動かせるようになるには時間がかかるようだ。
ガビノさんは今絶賛療養中なのだろう。
だからこの時間なのか。
今にして思えば、魔闘祭の時の爆発事故は後遺症者もおらず、余程幸運であったと言えよう。
もちろん、フローレスさん達保健の先生を始めとする大人の方々の頑張りもあったとは思うが。
「どうかしたんですか?」
彼の顔により影が差す。
視線をそらして、言うのをためらう素振りを見せるが元にもどしてこちらを見据える。
「俺達が地中で戦ったゴブリンの女王種なんだが、どうやら討伐が認められないらしい。何かの間違いではないかと」
「「は!?」」
「俺達は馬車くらいのサイズの蜘蛛ゴブリン倒したでしょ!?素材を見せればいいんじゃ…」
「それはもうやった。それでは証拠としては不十分らしい。情報では神淵の森深層、通称濃霧の森にもあのサイズの蜘蛛型モンスターは現れるらしい。そこまで強くはないらしいがそちらと誤認したのではと」
「いやいや…。俺達が行ったのは浅層ですし、地中ですよ?そんなこじつけが通用するとでも!?」
「それほど今回の女王種討伐がイレギュラーだということだ。証明しようにもあの穴は跡形もなくなってしまったからな…」
そうなのだ。
正面入口が崩落した後、人語を話すゴブリンが出てきた穴を含め、あちらこちらに隠されていた細穴を見て回ったのだが、どれもこれも平らに均され、綺麗さっぱりなくなっていたのだ。
その部分だけ、緑が剥がれていたので元々存在しなかったということは無さそうだが、恐らくその瓦礫をどけたとしても徒労に終わることは想像に難くないだろう。
「もし君たちがまだあの不気味な首をぶら下げていてくれたら、こんなことにはならなかっただろうに…」
「……」
「貴様…!」
そこで俺にヘイトっすか…。
確かにあのヒトゴブリンと別れ、サッシュさん達と合流し身勝手な行動でこっぴどく叱られた後、俺達はあの禍々しい首の所在を聞かれた。
そりゃあんな物騒なものがいきなり無くなりでもしたら誰でも不思議がるだろう。
そこで俺は咄嗟に『燃やした』という嘘をついた。
まぁ理由は何でも良かったのだ。
もう戻らないことに変わりはないのだから。
するとこれまで怒りながらも比較的リラックスしていたサッシュさんは途端に険しい顔になってしまう。
もしかしたらその時から、こうなる可能性を予期していたのかもしれない。
「そもそもあれは私が勝手に剥ぎ取ったものだろう!?私に所有権がある!どうしようと貴方にとやかく言われるつもりはないのだが?それとも私がやらなかったら貴方達が首を狩ったとでも?」
「それは…」
まぁ、俺が馬鹿みたいに穴から出られない間、剥ぎ取りは終えたっていうしな。
その選択肢は十中八九ないだろう。
まぁ彼女の合意もあってとはいえ、渡したのは単なる俺のエゴである。
今更弁解する余地もない。
ソーリーマイバッドと言うやつである。
まぁ、本来得られた追加報酬を代わりに補填しろというのなら話は別だが…。
そもそも奴に勝てたのは7割以上俺達のおかげだろう。
死んでもおかしく無かったことを今一度思い出してほしい。
「まぁまぁ、そこまでで…」
口論にストップをかけたのはサッシュさんに対応していた受付嬢さんであった。
よく見ると、緊急クエストを受注してくれた方である。
本日は茶髪の髪を纏めていたので気づかなかったが、こんな修羅場でもしたたかさを含んだ営業スマイルを崩していないのは流石ギルド職員。歴戦の猛者である。
「別に追加報酬がないというわけではないですよ?その蜘蛛ゴブリンとやらのデバフを食らった冒険者さんの証言もあることですし、お持ち頂いた素材も強いモンスターであったことが充分伺える物となっております」
「それじゃあ!」
「ただ、それが女王種ということになると話が別になるんですよね…。本来は出現したら領の1つや2つ、壊滅的な被害が出てもおかしくない位の化け物です。央都内の冒険者や騎士団全員が徒党を組んで挑むようなそんな相手だという話です。それが高々7人で倒せるとは…」
「つまりはどうなるんですか?」
「もし女王種を討伐したとなるとガット領でパレードを開き、それに見合った対価を支払わせて頂く形になると思いますが、今回の場合は被害も少ないことですし、央都や騎士団の上層部の方々に事実を握り潰されることになるのが関の山になるかと…」
「騎士団の上層部…」
「もちろん我々冒険者さんと依頼者さんをフェアに繋ぐ公正者の役割も有しております!必ずや皆さんがご満足出来る追加報酬の額をお約束しますので…、ここは飲んで頂けないですかね?」
なるほどな。
とどのつまり依頼側が金欠でダダ捏ねる見込みが高いってことか。
クソがよ。冒険者舐めやがって…。
「あんたはどうするんだよ?」
「あんただと…?」
「ほら、早く言えよ」
「…、俺達は飲む。噛みついてゼロになるより、今は確かな報酬が必要だからな」
まぁガビノさんが療養する間のパーティーメンバーの生活費や防具やポーションなどの消耗品もあるしな、妥当だろう。
「なら決定だな。すいませんがそれでお願いします」
「アノア様でしたね。寛大なお心遣い感謝します」
そう言うと、その受付嬢さんは一礼して、事務所の中でも区切られたエリア、『ギルド長室』に入っていく。
まあ、上に報告しにいったんだろう。
これで俺達の仕事は終わりかな…。
ムギュッ
頬を人指し指で押される。
「何すか?もう出ます?」
「いや、素材を売らないと。勝手に話を進めるのは君の悪いクセだぞ?」
彼女は背に持ったリュックをこちら側に向けてくる。
そいえばそうだった。
流石にゴブリンの耳とかぶら下げながら、デートとかしたくないな。
どこぞの鬼のお祭りかな?
「ごめん、それじゃあ向こうの受付に行こうか。俺達部外者だし」
「おい!ちょっと待てよ」
暗にここから離れたいとエニグマさんを促すと、やっぱりサッシュさんに話しかけられたので渋々振り返る。
「…何?」
「お前お世話になったのにそんなに簡単に態度を変えるのか?」
「いや、そもそも何も教わってないし。ポーションくらい旅立つ前に教えろよマジで」
「あれは!」
「そもそもパーティーメンバーを糾弾するような奴と一緒に居たくないんで。それじゃ」
後ろからガヤガヤうるさいが今度こそ聞く耳を持たないという意思表示を取り、距離を話す。
ふう、これでやっと静かになったか。
「いいのか?」
「へ?」
「同郷だったのだろう?」
「いや、同郷つっても嫌なヤツとかいるでしょう?普通。それに本当に苦しかったらまた仲直りすればいいんじゃないですか?先に口撃してきたのはあっちですからね!少なくとも今は謝る気はサラサラないですけど」
「…、それもそうか」
結局俺達は俺達でクエストの報告を行うのであった。




