第三十三話 ゴブリンは黄金の伝説となります
――ユニークモンスター 分類:『女王』個体 スパイダーゴブリンの討伐を確認しました。該当者に経験値ボーナスと能力値ボーナスを付与します。――
――突然変異種 『絶望』 個体名 あかりの討伐を確認しました。討伐におけるMVP、アノア様に『絶望へのイト』 を進呈致します。――
「…は?」
地中にあるゴブリンの大きな巣穴。
その中の大きな空間に無数に存在する地上へと繋がる小さい穴にまた1つ付け加えるようにして、足首まで壁深くめり込んだ俺が耳にしたのは冒険を共にした仲間達の声などではなく、脳内に響き渡るアナウンスであった。
それはまるで、俺が地球で死んだあの時の天使の声のようで…。
でもそれとは明らかに違う、女性の柔らかい声であった。
「…え?あかり?…え?」
だが、そんなことは一切関係なしに、何故聞こえるのかという疑問すら抱かずに、俺はその言葉のある一点に吸い寄せられていく。
それ以外はまるで耳に入らない。
(絶望ってあの蜘蛛ゴブリンのことだよな…?あの人間じみた長老ゴブリンといい、この蜘蛛ゴブリンの名前といい、これじゃあまるで…)
俺がそこまで思考を進めた時、顔に違和感を感じてふと我に返る。
頬を何かがつついているのだ。
今は手はおろか、首も動かすことが出来ない。
真っ暗闇の中で目の前にまで迫る土の臭いが僅かにするくらいだ。
このクネクネとした動きの正体は…
「うぎゃぁぁぁあああ!!ミミズ!?おほっおほっ…」
今ある状態に絶叫し、身をよじらせるが無念。
逆に土が口に入るわ酸欠になるわで危うく死にかけることになる。
「誰かぁぁあ!!助けてぇぇえ…!!うるさっ!」
大声で叫ぼうにも鼓膜にダイレクトに響く有様だ。
体が蓋をしている以上向こうにはほとんど聞こえていないのだろう。
今更ながら置かれている事態に頭がいき恐怖する。
気分はコンクリ詰めされて処刑を待つ堅気の人間だ。
あれ?俺がボス倒した一番の功労者だろ?
助けに来ない感じ?嘘だよね?
皆俺が構ってもらいたいからわざと埋まってるとか思ってない?ねぇ!?
「誰かたすけてよぉ…」
本気で悲しみにくれていたその時、変化が訪れる。
下半身を風が撫でたのだ。
その風は何度も何度も掘り進むように吹き、上半身に向かうに連れて次第に勢いを強めていく。
そしてそれは頬を撫で、さらに俺とのレンジを詰め、もはや顔に張り付いていたヌチャっとした感覚が取りさらわれる。
そうしたかと思うと足首を捕まれ、一気に引き抜かれる感触。
脱出だ。
目の前にいたのは…、サッシュさんとナスティーさんだ。
「あぁ、神よ…」
「…?ギャグじゃなかったのー?」
わざとらしく首をかしげる彼女。
「ちゃうわ!!誰が好きこのんでこんなとこに埋まり続けるんだ!もっと早く助けてもいいでしょう!」
「ハハハ、冗談だろ?間に受けるなよ。こっちも負傷者の介抱や素材の剥ぎ取りなど色々あったんだ」
「負傷者ならまだしも、剥ぎ取りの前には来てほしかったですけどね!」
「それはすまなかったな。ところでお前が倒したアラクネゴブリンの魔石は知らないか?あんな強かったんだ。さぞかし大きくて高く売れると思ったんだが…」
「知らないっすよ?」
「そうか。まぁ命があっただけでも良しとするか…」
「ちょっと!俺が一番討伐に貢献したんですからね!」
「分かってる分かってる。ほらあそこを見ろ」
サッシュさんが指を指した方を見ると、先の蜘蛛ゴブリン、そのゴブリン部分の首を刈り取り『取ったどぉ!!』しているエニグマさんの姿が…。
「えー…、何あの蛮族?」
「放っておくと彼女に素材をすべて取られてしまうと思ってな。流石にそれではうちが商売上がったりだ。これ幸いと便乗させてもらったんだよ」
「なるほどねぇ…」
話をしながらエニグマさんに近づく。
「んぉ?アノア君やっと出てきたのか。ところでこの怪物の魔石はど」
ムカッ
「もう知らないっ!!」
俺はあからさまに『私怒っています!』という態度を取って、壁際に横たわっている負傷者達の元へ行こうとする。
後ろでサッシュさんから事情を聞くエニグマさんの声が僅かながら聞こえるがもう遅いわっ!
「ぁあ!ちょっと待て!まだやることがあるんだから」
「やること?」
「あぁ、俺達が襲われる前にやろうとしてたことを忘れたのか?」
確か…、ここで煙を燻すんだったか?
「ここの親玉倒したのにやる必要あるんすかね?」
「お前はこのさらに奥にもここみたいに馬鹿らしくなる程の卵が産み付けられているとは考えないのか?」
「あ…」
「万が一にもこの穴からゴブリンが大量に生まれて、第二第三の討伐隊が組まれるのはごめんなんだ。母親がいないと生まれない可能性もあるっちゃあるが念には念を入れさせてもらう」
「うっす」
そうして俺達動けるグループは再び襲撃前同様下に向かって伸びていく穴を半円に囲む。
随分と弧がとに肝心の燃料は軽く風圧で散らばっただけで、直ぐにまた集め直すことが出来た。
「じゃあ行くぞ」
「おーけー」
二人が示し合わせ、煙を注ぎ込んでいく。
ここが満杯になり、逆流するようになったら終わりだろう。
果たしてこの煙が一杯になるのか?
この蟻の巣はまるで迷路の如く続いているのではないか?
ふとそう考え始めた時、
地が揺れる。
『警告、ダンジョンが放棄されました。直ちにこれを崩落、消滅致します』
グラグラッ
「はぁ!?」
「…!?」
「えっ!」
「おいおい嘘だろ…」
先程とはまるで違う。
下方からではない、空間全体がまるで怒りを抑えるかのように小刻みに揺れるそれは…。
「お前らぁ!ずらかるぞ!…な!いねぇ…」
この場の隊長として部下に命令を下そうと周りを見るがそこにはもう誰もいない。
俺達は謎の脳内アナウンスの後、脇目も振らずに待機組3人のピックアップに向かう。
「あうぅぅぅ…。揺れが…、奴がくるぅぅう!」
(おいおい、こいつらまだ怯えてんのかよ…。もう終わったっつーの)
口をルクスさんの耳元まで持ってくる。
この際荒療治だ。
「すぅ…、ルクスさぁあん!!ゴブリンはもう倒しましたよ!!」
耳が遠い老人を諭すように大音量を流し込んでやる。
「うぎゃぁああああああ!!」
本当に俺の存在を認知していなかったのか、彼は心の底から驚いた挙動を取る。
後頭部からゴチャッという鈍い音が聞こえた。
「うわー…」
「アノア君、いくら私でもそれは引くぞ」
「おいお前等!喋ってる暇があるなら手を貸せよ!」
「痛ってぇ…、んぁ?俺はいったい…」
「「!?」」
「目が覚めましたかルクスさん!早く脱出しますよ!ここはもうすぐ崩れます!」
「おぅ…」
ルクスさんに手を貸そうとしたが、一人で歩けるとすげなく断られたので、未だに自分を失っている斥侯のチルトさんに肩を貸して入口を目指す。
もはや立ち止まって正気に戻すのに時間を費やすリスクを侵す必要はないだろう。
早く外に出なくては…。
「私も肩を貸すぞ」
「あぁ、お願いします」
「…。よし」
傷病人を挟む形で僅かに上り坂にある道を足早に進む。
「まさかあれで正気に戻るとはな…」
「俺もびっくりです」
「フフ、治る算段があるわけではなかったんだな」
「どちらかというと、俺には頭への衝撃で直ったように見えましたけどね…」
まるで古の調子の悪いテレビを叩いて直すみたいにな。
「兎も角、私達の初めての冒険は無事終わりそうだな」
「全然無事じゃないですよぉ」
「五体満足で帰れるんだ。何事もなかったと言えるだろう」
「はぁ…、まぁ帰るまでが遠足ですからね」
「それもそうだな」
暖色系の明かりとは違う、入口の眩しい光が見えてくる。
それはまるで俺達にゴールを指し示しているようで…。
そう言えば久しぶりにここまで動いたな…。
痺れるふくらはぎや靴擦れを起こす足に鞭を打つようにその光を目指していく。
早く帰って寝よう。
その前に…、
「帰ったらまずその吊り下げてる生首なんとかしないとっすね…」
「それもそうだな」




