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第二十九話 ゴブリンは姑息です


 「いっでぇぇえええ!!」


 油断した。

 迫りくるゴブリンを御しきれず、足先に石製のナイフを突き立てられる。


(何でこのナイフこんなかてーんだよ!っざけんな!学園至急の靴ダメにしやがって)


 「離れろやっ!!」


 そのまましがみついているゴブリンを手で分け離し、にじり寄せて来る他のゴブリンに投擲。

 一点にまとめ上げる。

 

「『火の玉(ファイアーボール)』!!大丈夫かアノア君!?」


 「まったく大丈夫じゃないですよ!!家に帰りてぇ…」


 傷口は見たくない、いや見なくてもわかる。

 だってこれ絶対刺さってるやつじゃん。


 「泣き言言わない。この調子じゃ無事に戻れるかも怪しいぞ」



 「ったく…、交代だ。俺と代われ」


 見かねたのか、すぐ傍で地に腰を付け、その場しのぎの休憩を取る冒険者が声をかけてくる。

 

 俺とエニグマさんとこと入れ替わり立ち代わりで前線の一角を担うパーティーの一人だ。

 革の装備に身を包んでいるが、チリチリな髪型のせいでどことなく落ち武者を思わせる出で立ちである。


 彼はその顔に滝のような汗を垂らし、青ざめつつもチェンジを申し出てくる。


 「そんな…、さっき交代したばかりじゃないっすか?」


 「いいから俺に任せとけって。あそこのネーチャンにさっさと直してもらって戻ってこい!」


 「ありがとおっさん!すぐ戻る!」


 「だーれがおっさんだ!俺はまだ23だ!」


 (どっからどーみても老けすぎだよアンタ。さておっさんの言う通り、前線が崩壊しかねねーからな…。早くいくか)


 刺された足を引きずり、直ぐ後ろの広く取られたエリアに移動する。

 そこには隊長であるサッシュさんと金髪ピアス男、セレスさん、そして戦闘開始からグングンと膨れ上がった負傷者の群れが…。


 「うわ…。なにこれ」


 「アノア君も負傷したのか…。相手は中々の手練れと思って覚悟した方が良さそうだぞ」


 「サッシュさん、それってどういう…?」


 「ほら」


 サッシュさんはセレスさんが怪我人を治している所に指を差す。

 彼女も疲労しているのか深く被ったフードが事あるごとに上下に揺れているのが分かる。


 そしてその直している患部、なんとその足先が紫色に変色しているのである。


 「は…?」


 「見えたか?あの色を見るに恐らくこの地に生えているネズミトリ草から抽出した遅行性の麻痺毒だろう。そんなものを塗りたくっているんだ。奴らの卑劣さが伺える」


 「そして何より奴らは自分たちの戦い方を分かっていやがる。人間を死に至らしめるのが難しいからとやけに体の末端を狙うように訓練されているようだ。負傷兵をいたずらに出して敵の消耗を加速させる姿はまるでゲリラ兵を想起させる。」


 「とにかく、こちらはヒーラーが一人しかいないんだ…。この分だとジリ貧になるのは時間の問題だな」



 「こんなに怪我人増やしてどーすんだ?隊長さんよー?」


 俺達の会話に割り込んできたのは先の金髪ピアスさん。

 見た目的に20代後半あたりだろうか。


 「…」


 言い返す言葉も無いのかサッシュさんは俯いてしまう。


 「ここまで来ると、撤退してギルドに泣きつこーにも犠牲になる奴がたくさん出るんじゃねーのか?あん?」


 「何言ってんすかアンタ?この不条理の中でサッシュさんは最善を尽くしていたのは知っているでしょう」


 「誰だお前?俺だったらもっとうまくやれたっつーの」


 「どうやって?」


 「そりゃぁ、あの弓の奴を囮にして…」


 「結局誰かを犠牲にしなければ助からないんじゃないか!碌な作戦もないのにしゃしゃり出るなよ!」


 「んだと!?」



 「もういい、ルクスの言い分も一理ある。ここまで後手にまわったのは俺のミスだ」


 「でも…」


 「いいから」


 再び顔を上げた彼は覚悟を決めた男の顔をしていた。

 彼の並々ならぬ雰囲気に気圧されて、俺達は何も言えなくなる。


 「決めたよ、もう後には引けない。俺は隊長としてこの災害とも呼べる戦いの終止符を打ちに行こうと思う」


 「それって…」


 「普段のゴブリンはここまで連携が取れたり、頭が良い連中じゃないのは君たちも知っていることだろう。恐らく統率個体がいる。それもこの無限にも等しいゴブリンが生み出される元凶たる女王種(・・・)の存在が」


 「はっ、女王種だぁ?こんな雑魚共に現れるわけないだろ」


 「女王種って?」


 「まだ学んでなかったのか。過去節目節目で出現、突然変異して王国に甚大な災禍をもたらしていくモンスターだよ。現れた端から討ち取られて討伐した者が英雄として称えられたり、荒らしまわって満足したのかある日忽然と姿を消すこともあるからその実態は良く分かってないんだけどね」


 「ただのゴブリンの上位種という線は無いんですかね?」


 「俺の知る限りはね…。ここまで繁殖力が強くなるゴブリンは聞いたことが無いかな」


 「それでぇ、どうすれば終止符とやらを打てるんだ?」


 「それなんだが…、あの穴の中に入ってみようと思う。少数精鋭でな」


 「あの中に入るだぁ?死にてぇのか?」


 「いや。虎穴に入らずんば虎子を得ずというだろう?」


 「?」


 「すまない、良く分からなかったな。相手が頭悪いのを考えてなかった」


 「てめぇ!馬鹿にすんなや!」


 おいおい、こんな時に話の腰をおるなよ。


 「その女王種とやらが穴の中にいる可能性はあるんですか?」


 「これは勘なんだが、あの弓の子が射貫いたゴブリン。あれが地上で部隊を動かしていた長だったんじゃないかと思うんだ。あのゴブリンが死んだ時、一瞬周りのゴブリン達に遅延が生じたのを見たかい?多分ゴブリン達は親玉に指揮されているんだろう、いや操られていると言った方が正しいのか」

 

 「そこからのあのゴブリン達の変わりのなさ。大方指揮が引き継がれたんだろう。元々の上位者のもとに…」


 「でも入り口周辺は煙で燻しましたよね?地上に出て来てるんじゃないんですか?」


 「巣穴の奥地に非常用の抜け穴くらい用意できるだろう。そもそも地中の巣は全部潰しておきたいんだ、どちらにしろ突入しなければならないだろう。あとは、勘…かな」


 「また勘かよ…」


 「あぁ、普通女王っていうのは城の中にいてこその女王だろ?ほら見ろ、あの穴。何か禍々しい気配がしないか?」


 その穴はどこまでも暗く、俺達の侵入を拒んでいるかのようであった。


 が、

 

 「いや全く…」


 「そうか…、君には賛同を得られると思ったんだが。まぁこの状況を何とかしなきゃならない以上、事情を知った君たちにはついてきてもらうよ。これは隊長命令だ」


 「まぁここは行くっきゃないだろ!ここで撤退して無報酬になるくらいならやってやろーじゃねーか!その女王種のゴブリン討伐とやらを!」


 「えー…」


 (てっきりあなたがいの一番に反対してくれると思ったんですけど…。流石脳筋、少しは命を大事にしようよ)


 「因みに優秀な火属性の魔法師の存在は不可欠だからね。エニグマさんにも参加してもらうけど?」


 「…、俺も行かせてください」


 「よし、それじゃあ準備をしようか。まずは…」


 言葉を切った彼は近くにいた俺が判る程大きく息を吸い込む。


 「おいおめぇら!!この非常事態になけなしの回復薬ケチってんじゃねーぞ!!解毒はしてやるからさっさと直して前線復帰しやがれ!!サボってんの見過ごしてもらえると思ったら大間違いだぞ!!」


 (……へ?)


 中央で座り込んでいた奴らは『バレちまったか』という雰囲気を醸し出し、いそいそと戦闘に戻る準備を固める。

 既に幾人かは前線に戻っている者も見受けられる。


 そしてセレスさんの元に駆け寄ったサッシュさんは青い液体の入ったガラス瓶を渡すと、二言三言言葉を交わす。


 「『範囲治癒(エリアキュア)』!!」


 鈴の音が鳴るような声と共に、高度に紡がれた陣が効力を発する。

 それを呆然と眺める俺。


 「まだまだはじめたての冒険者は真面目に頑張っているようだが、経験を積んだ奴らはこんな風に適度に力を抜くものなんだよ。薬という緊急時の備えがあれば尚更にな」


 「そんな…。それが分かっててサッシュさんに噛みついてたんですか」


 「まぁ、本来他の冒険者の懐事情がわからねー以上、あぁいう強制的な手段はご法度とされてるんだけどな…」


 「ご法度なんて言葉良く知ってましたね」


 「てめぇ、からかってんのか…?まぁこんだけのゴブリンに囲まれているとなると、仮に全員回復して強引に撤退したとしても一定の犠牲はでるわな。」


 「何よりこのまま放っておくと狩場や近くの村に壊滅的な被害が出かねねーからな。今より多くの冒険者やAランクの奴らを連れてくるまでにこいつらが何処まで勢力を広げてるかお前に分かるか?」


 俺は首をブルンブルン横に回転させる。


 「分かったらさっさと準備して、このルクス様の指示に従いやがれ。ほらしっしっ」


 優しくはないが、面倒見はいい奴なんだろうな。こいつ。

 親分肌と言うべきか、こいつが周りから認められる理由が分かったような気がした。


 「あっかんべーだ」


 「なっこいつ!」


 まぁ俺は認めるとは言ってないが。


 ルクスさんから逃げるようにしてその場を後にする。

 エニグマさんを早く呼ばないと。


 何か忘れてる気がするが…、まぁいいか。

 


 

 

























 「あ、ちょっと待って。足がヒリヒリして来たかも」


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