第二十八話 ゴブリンは良く燃えます
「は?」
自分が想定したものとは違った静寂には似つかわぬ音に思わず思考が停止する。
音がした方を見ると、上から下まで黒服で統一した黒髪の男が弓を引き抜き、残心したような姿勢で立ち尽くしていた。
あれは着物の類だろうか?
取り敢えず、防具は胸当てと手袋くらいしか身に着けていない。
とてもここには不釣り合いな恰好であると言えるだろう。
そして、彼が何をしたのか。
半ばそれを察した時、肌が泡立つ感覚を覚える。
「お、おい。アノア君あれ…」
エニグマさんが指を差し、『あちらを見ろ』と駆り立ててくる。
現状を受け入れたくない感情に抗って、首をブリキの人形のように回し、先ほど見ていた視界に戻すと…、
そこには首元を綺麗に射抜かれた長老ゴブリンの姿が…。
あれでは致命傷だろう。
立ったまま逝ってしまっていることにもその惚れ惚れする弓の技術にも美しいと思ってしまったのはきっと一時の気の迷いのせいなのだろう。
(あの野郎やりやがった!今後の展開も想像できないのか!?)
「おい!!誰が俺の指示をっ!?」
『『『『グギャァァァァアアアアアアアア』』』』
周囲のゴブリンが一斉にけたたましい鳴き声を上げる。
いや泣き声と言うべきか。
それは深い怒りや悲しみなど負の感情を込めたものだったように聞こえた。
「全員戦闘態勢っ!!!」
今までが一触即発の状況だったのだ。
その上でこちら側が攻撃を仕掛けたのならば後は言うまでもない。
長老ゴブリンが仰向けで倒れ伏したのを合図に、統制を失った狂戦士を思わせる勢いでゴブリンが攻め寄せてくる。
それも全方位から。
「迎撃っ!!!!」
サッシュさんはその大きな剣で一振り。
一気にゴブリンを2、3匹屠っていくが、相手はそれ以上の数で襲い掛かって来る。
それはさながら獲物を食らうアリの軍勢のようで。
諸刃を振るう僅かな隙をついて、ゴブリンが飛び掛かってくるがそこはC級パーティーのリーダー。
決して後ろにモンスターを通さず、ガントレットで殴り倒し、噛みつきをガードする。
それでも手に余る時は身を挺して血を流し、後衛を守るよう努めていた。
「『風の』」
「まだ使うな!!」
「でもっ!」
「いいから。魔力は温存しておけ」
魔法を使おうとしたナスティーさんを抑止するサッシュさん。
前は彼一人でなんとか押しとどめてられているようだ。
問題は…。
「ほら、よそ見をするな。お前にも働いてもらうぞ」
「うっす」
丘の上から駆け下りて、一部は飛び降りるように手勢がこちらへと向かってくる。
俺はガビノさんと肩を並べ、そいつらと相対する。
彼は俺の身にも迫る大楯を持ち、右手にサッシュさん以上に殺傷力の高そうなガントレットを装備していた。
「ふぅ…」
「よし、危なくなったら後ろから勝手に援護させてもらう。びっくりせずに実力を見せてみろ!」
「了解!」
奥から迫る途方もない数を見て、気が遠くなってはダメだ。
まずは迫りくる先頭のゴブリン2匹。
手にはお手製のナイフ。
絶対に近づかれたりしたらまずい奴だろう。
左側を体重と勢いを乗せたバッシュで吹き飛ばし、右側をブロードソードのレンジを活かして、真正面から心の臓を突き刺す。
「うわっ」
こいつまだ生きてやがる。
どんだけ生命力強いんだよ。
右手に伝わる嫌な感触や最期の足掻きで暴れ狂うゴブリンに悪戦苦闘する。
「おい!左が戻って来るぞ!」
「くそがっ!ふんっ!」
ガビノさんに急かされて、右手に力を込め振り上げる。
頭部が両断されたゴブリンが力なくくずおれると今度は回復した左が飛び掛かってくる。
「ひぃっ」
逆手に両手でナイフを持ち、全体重を込めて襲い掛かって来るゴブリンを再度盾でガードすると、まるで重たい岩をぶつけられたような衝撃と共に、革製の盾が軋みを上げ、刃が食い込む感触を捉える。
「離せや!!」
張り付いているゴブリンを盾ごと地面に押し当てることで引き剥がす。
そのゴブリンを蹴り飛ばし、後続ごとのドミノ倒しで時間を稼ぐ。
「『火の玉』」
固められたゴブリンに火球が飛んでいき纏めて引火、火だるまになる。
これでさらに後ろにいるゴブリンも少しの間、近づけようもないだろう。
やったのは勿論俺の後ろで砲台役として機能したエニグマさんである。
「魔力は大丈夫なんですか?」
「無論、これでも侯爵家の人間だ。魔力には自信がある」
「さいですか…」
彼女の援護を借りつつ、目の前に焼き物の山を築いていく。
炎が怖いだとか臭いだとか四の五の言ってられない。
エニグマさんの労力を考え、一か所に纏めるようにゴブリンを弾き、袈裟切りにしてノックバックさせていく。
多用している盾には幾度となく傷が刻み込まれるが、俺はまだまだ無傷。
テンションが上がって来て、会話をする余裕も生まれる。
「よし、ここは大丈夫そうだな。お前等サッシュ達の後ろは任せたぞ!」
「任せたって何処か行くんですか?」
「お前この声が聞こえないのか?」
「?」
耳を澄ますと、剣戟やモンスターの叫び声、人間の怒号やコールが入り混じる中、
「誰かいないのか!?」
「サッシュ!回復術師をよこせ!怪我人がいる!」
「助けて!メンバーが死んじゃう!!」
近くに聞こえるだけでこれなのだ。
どこも手一杯なのだろう。
全体を見ることは叶わないがこれ程の攻勢だ。
パーティーが破綻してしまい、ゴブリンに群がられて滅多刺しにされている分隊もあるかもしれない。
考えただけで身震いがする。
「今は人員を余らせている余裕はないんだ。俺はサッシュに話を付けて直ぐに周囲の加勢に向かう。嬢ちゃん、魔力は使いすぎるなよ。自衛のためだ」
「言われなくても分かってる」
そう言い残すと、横にいたガビノさんの気配が消える。
少しして、
「お前達!!サッシュだ!!真ん中で円陣を組む!少しずつ中央に寄って合流しろ!詳しくはそっちに派遣するうちのタンクに聞け!いいかよく聞け!!孤立したら置いてくぞ!!」
このようなうるさい中でも良く通ったサッシュさんの要請が響き渡たる。
どこぞの馬鹿のせいで奇襲を受けることになったが本来なら様子を見て、こうする手筈だったのだろう。
ホントにどこかの馬鹿のせいでな。
まぁ声が聞こえなかった端の方でも、順繰りに陣形をコンパクトにしていけば、即時に意図がわかるか、少なくともその流れについていかないと不味いことぐらいは脳筋の頭でも理解できるだろう。
どんどん中枢であるサッシュさんのパーティーに人が集まっていく。
それと同時に陣形を横長の楕円型に切り変えていく。
中を2段にし、交代交代で迫りくるゴブリンと当たらせることでサッシュさんを含めた他、前衛職にも一定の余裕が生まれた運びとなる。
「次、被害は?」
「俺達のパーティーは足に怪我を負ったものが2人、後ろから刺されたのが1人、それ以外は軽傷だ。だが…」
「よし、うちのヒーラーに治療させよう」
「だが!!俺達のすぐ隣のパーティーは壊滅したぞ!お前は見たのか?あの見るも無残な姿を!!」
「いや」
淡白なその言葉に魔物の毛皮を防具にしたのか、山賊スタイルのその男がいきり立つ。
「てめぇ、リーダーのくせして何でそんな飄々としてやがる!どうすんだこの事態!危うくこっちまで孤立するとこだったんだぞ!?」
「俺は最善を尽くしたまでだ。どこぞの阿保が勝手に開戦の狼煙を上げたんだろうが。人のせいにするな」
「そうだ!あいつは…」
黒ずくめの当の本人は何食わぬ顔で陣に混じり、前線の一翼を担っていた。
弓に矢を幾つも番え、まるでガン=カタのように近距離で的確に敵の急所を捉えるその技術は、その顔の良さも相まって戦闘時であっても人の目を引き付ける流麗さがあった。
「あいつ…、ぶっ殺してやる」
「今はそれどころじゃないだろ。取り敢えず怪我人を見せろ」
「あぁ」
その男は一旦パーティーに戻るとのこと。
努めて冷静なサッシュさんに全身を黄土色のフード付きマントで覆い隠した人がスルリと近づく。
というかあれが『緑の風』最後の一人、セレスさんだ。
因みに未だ話したことも、顔も見たこともないのだが…。
「ボソボソ…」
「ヒールしたくないのは分かるが今は緊急事態だ。頼めるか?」
余程人見知りらしい。
それか何かしらの働きたくない要因があるとか。
ニート志願者かな?
その人は数秒黙りこくると、渋々了承したのかすごすごと引き下がる。
「おい、アノア君。交代するぞ!」
あ、俺の番っすか。そうっすか。
陣は時間を積み重ねることで、真ん中にさらに1層増え、負傷者を集めて救護する場所が生まれる。
それとは反比例するように冒険者たちの疲労の蓄積がパフォーマンスの低下や怪我人の増加、殲滅速度の低下に拍車をかけている状況になっている。
一体いつになればこの群れは討伐が完了するのか?
この膠着状態はいつまで続くのか?
今回のクエストは余りにも自分達の手には負えるものではなかったのか?
誰しもがそう思い始めたその時、
ここぞという場面でサッシュさんが動くのであった。
「進むか下がるか…」




