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第十一話 水泳で一番重要なのはスタートダッシュです


 「いってぇ…」


 体の節々からの悲鳴によって、俺は目を覚ます。


 今まで意識を手放していたようだ。

 俺のお腹の上には一緒に落ちて来たデルパー君がいた。


 (あいつら、マジで戻ったらいっぺんぶん殴ってやる!ったく、最近はこんなんばっかりだなぁ…。どうやらあそこの木々がクッションになってくれたみたいだ。にしても怪我が無くてよかった。あとはコイツだが…)


 その時、ガサゴソと茂みの中から、ギータ君が出てくる。


 「ここら辺から大きな音がしたと思ったんでござるが…、あ!アノア氏と…、うわぁ…、お楽しみのようで…」


 「違うわ!ふざけてないで助けろ!」


 2人でデルパー君の肩を持ち上げ、崖際に寄りかからせる。


 「おい!デルパー!起きろ!」


 「んにゃ…、アノア君?ここは…」


 「しっかりしろ!俺達あいつらに落とされたんだろ?怪我はないか?」


 「え?アノア氏達も落とされたのでござるか?」


 それから起き上がったデルパー君も混ざって、しばし話し合いをすることになった。


 デルパー君は幸いなことに、所々打撲をしていたが、歩くのに少し支障がある程度らしい。

 ギータ君はマルクスの奴から、崖際にキューブを探しに行かないかという提案に乗ってしまい、こうしてここに辿り着いてしまったようだった。


 彼は防御系の水魔法が使えるらしく、何とか無傷で凌ぐことが出来たと自慢をされた。


 最後に話し合いの結果、この崖に沿って、先ほど俺たちが登ってきた方角に向かって歩いていくことに決まった。


 さすがに、このまま何もせずこの場で待機という選択肢が出ることは無かった。

 誰しもがこの緊急事態で何かしなければという焦燥感に駆られていたからであろう。


 「とりあえず、デルパーに肩を貸しながら、行くとしますかっ!?」



 嫌な気配、誰かに見られているような感覚。…そして、殺気。


 他の2人も感じたようだ。

 僅かに漂ってくる悪臭、いや血の匂いのする方に視線を向けると、


 ノシッノシッ


 木々の隙間から体調2Ⅿを超えるであろうヒグマが現れた。

 口には獣を咥え、血が滴っているのが見える。


 隣からヒィッと僅かに悲鳴が漏れるのが聞こえた。


 「落ち着け。いいか、背を向けるな。ゆっくりと左に後ずさりしていこう。」


 恐らく、あいつも俺たちが落ちてきた音を聞きつけて来たのであろう。


 俺も緊張からかあのクマさんから視線を離すことが出来ない。

 また、向こうもこちらから視線を外してくれないようだ。

 雰囲気で2人がオーダーを受諾したの確認すると、なるべく刺激を与えず、忍び足で移動してゆく。


 15Ⅿほど距離を開けたところで、ヒグマは口の獲物を放り投げ、こちらに向かってくる。

 あぁ、これはヤバそうだ。

 こいつ…、人の味を知っているヤツだ。


 「これは、もうやり合うしかなさそうだな」


 「戦うしかないんですか?」


 「熊の全速力はたしか時速50㎞にも上るらしい。そんなん怪我人連れて撒けるわけねぇだろ。」


 俺はリュックサックの横っ側に固定されている護身用のナイフを取り出す。

 動物の出る森だ。いざという時のために購入しておいたが…、まさかこんな大物になるとはな。


 「ギータ、魔法の用意は?」


 「準備万端でござるよ!」

 

 さすがは腐ってもウォルト王国の貴族、こういう時の冷静さはご先祖様譲りだ。

 俺たちの腹が決まるのを見計らうかのように、ヒグマの巨体がこちらに駆け出してくる。

 

 ドシンッ!ドシンッ!


 という音が、俺達の恐怖を掻き立て、ペースを乱してくるかのようだ。


 「ギィィイータァァア!!」


 「『水球ウォーターボール』!!」


 素早く描かれた陣に魔力を通し、魔法が発現する。

 俺たちの周囲2メートル程を水球が包み込む。

 ギータ君を中心として魔法が生まれたからなのかは分からないが、俺達がはじき出される心配は無用のようだ。


 因みに水中なので空気はない。


 「ゴボッ!?ゴボゴボ!!」


 (おいぃぃい!!なんだこのクソ欠陥魔法!!話がちげぇじゃねぇか!!出て来い!準備万端でござるキリッとか言った奴!!) 


 しかし、防御力は大したものだ。

 水圧に阻まれて、ヒグマは水面をシャバシャバしているだけである。

 

 …いや、逆にチャンスのようにも見える。


 俺はナイフの鞘を抜き、足に力を貯める。

 横目でデルパー君が首を振っているのが見えるが、構うもんか。

 ここでやらなきゃ確実に死ねる。


(うぉりゃ!!)


 ヒグマの首に狙いを定め、地面を思い切りキック。


 まるで、プールでスタートを切ったときのように。


 足元から指先までが一本の剣になったかような錯覚を覚える程のそれは寸分違わず首筋に刺さり、ヒグマごと水球を抜け出す。


 「ぶっさしてぇえ!!ひねるっ!!!」


 うまい具合に馬乗りになることが出来た俺は、ナイフをより深く差し込み、捻り、さらに首の左半分を落としにかかる。


 絶対に、相手に、一切の隙を与えない。


 「うぉぉぉおおおおおりゃぁぁあああ!!!」


 首にナイフを通してからも思いっきり暴れられたが、組み付いたまま何度も滅多刺しにすると、ヒグマは体を大きく2度ビクンビクンとさせ、やがて動かなくなる。


 「はぁ、はぁ」


 最後に首をしっかりと切り落とした俺はフラフラとその場を離れると、土埃の舞う地面に倒れ込み大の字になる。


 魔法を解き、2人がこっちに来るのが見える。


 「やった!!やったでござるよアノア氏!!」


 「じゃあかぁしい。少しはゆっくりさせろ」


 辺りに充満する血の匂いに他の獣が寄ってきかねない。

 口では軽口を叩きつつ、気だるい体を引きづって、早くこの場を離れる算段を立てる。


 「うっし、いくか!耳だけでも持って帰りっ!!?」


 

 さっきとは違う、殺気の中に魔力を織り交ぜたかのような…。

 実際に重力を纏うプレッシャーに3人の体が完全に硬直する。


 シルエットが見えないが、明らかにこっちに何か近づいているのが、肌で分かる。


 そして、動けない。ヒューヒューと風を切る音がやけに耳に響く。


 やがて、重い足音とともに、ソイツが姿を現す。





 どうやらまだ、戦いは終わっていなかったようだ…。

 


 

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