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○小噺2・月光龍は頭が痛い

トルクの領域から戻って来たあとの話です。

あの一悶着のあと、月光龍は……?

 魔王城、謁見の間。魔王の相棒、月光龍(ムーンライトドラゴン)は開け放してあった扉の中へ、のっそりと顔を突き出した。


 さきほどトルクの領域から聖女マリアンセイユを連れ帰ってきたところだが、二代目魔王は彼女のその表情から何かを察したのか、

“あとで報告を”

とこっそりムーンに伝えていたからだ。


 『あと』とは聖女の機嫌をとったあと、ということだろうか。

 まったく初代魔王といい二代目魔王といい、どうしてこうも『聖女』という存在に振り回されるのか……と、ムーンは頭を痛めていた。


 聖女を地下の領域に送り届けた魔王は、比較的すぐに謁見の間へと戻って来た。

 そして

「で、何があったんです?」

と無表情ながらもどこか楽し気な声色でムーンに問いかける。


“聖女は何も言ってないのか?”

「トルクとちょっとやりあっちゃった、とだけ。何やら言いにくそうにしていたので『ムーンに話を聞いてきます』と言って出てきました。……まぁ、予想通りでしたが」

“予想通りなら、なぜ事前に聖女に言っておかない?”


 ムーンが気色ばむ。

「ですから何があったんです?」

という魔王の問いに、“フン”といつもより大きな鼻息で応えた。


“ルークに挑発された聖女が『真の名』を呼びかけてルークを縛った”

「ほう。どうなりました?」

“術に縛られ、根負けしたルークが自分が悪かったと聖女に謝った”

「やりますね、聖女は。ふふ」

“笑い事か! ルークの頭が固かったゆえ暴走せずに済んだが、一歩間違えれば大惨事だったぞ!”


 ムーンが思わず喚くと、魔王はふふふ、とさらに機嫌良さそうに笑った。

 聖女の前以外では無表情であることの多い二代目魔王が、声を上げて笑うのはかなり珍しい。


「だからムーンに聖女の傍に常にいてください、と言ったのです。結界で隔離するなり何なりすれば、大惨事の前に必ず抑えられるでしょう?」

“大惨事が起こる前に言い聞かせておけば済む話ではないか? なぜ二人共わたしに甘えるのだ!”


 聖女と同じことを言われたムーンが『やってられない』とばかりに再び喚く。

 そんなムーンを見て、魔王がこらえきれないように肩を震わせた。

 やらかした聖女とそんな聖女を叱りつけるムーンを想像し、可笑しくなってしまったらしい。


“だから笑い事ではないのだが?”

「少しムーンに甘えさせてください。信頼しているんですよ」

“戯言はいい。何か考えがあるのだろう? 聞かせてもらおうか”


 魔王は予想通りだと言っていた。ただただ聖女を甘やかしている訳ではない、ということだろう。

 そう思い直したムーンがやや落ち着きを取り戻すと、魔王は


「ムーンを信頼して、というのは本心ですよ。そして理由は、三つあります」


と右手の人差し指と中指と薬指の三本の指を立てて見せた。


「一つ目は、ルークに聖女を認めさせるためです」

“ルークに?”

「ええ」


 人間を嫌悪する『ルーク』こと、魔獣トルク。地上に攻め入ることなく聖女を受け入れた件で、トルクは魔王にすら異議を申し立てた。

 魔王の忠実な配下だが諫言も辞さないトルクは、地上を制する上で必要不可欠な魔獣。自分が正しいと思うことはどんなことでも魔王に臆することなく発言し、その見識はどの魔獣よりも頼りになる。


 しかし、八大魔獣の中でもっとも扱い難い魔獣でもある。ただ魔王がマリアンセイユを庇護し「聖女として扱え」と言ったところで、本心から認めるはずもない。

 魔獣訪問を始めた以上、多少荒っぽい事態になろうが、聖女自身がトルクに自分の存在を認めさせる必要があると魔王は考えていた。


“……確かにな”


 ムーンがそのときの光景を思い返す。聖女の魔法に縛られた際、

『どうにかしてくれ』

とばかりにムーンに視線を寄越したトルク。

 あの瞬間に、トルクの負けは決まっていた。暴走しなかったということは、つまりはそういうことだ。


「二つ目は、ムーンに聖女を理解してもらうためです」

“理解?”

「ええ。聖女の真価は『突発的な事態』にて発揮されます」

“……は?”


 意味がわからず、ムーンからやや呆れた声が漏れる。

 それを全く意に介さず、魔王は腕を組み静かに頷いていた。


「聖女は考えるより早く、咄嗟の思いつきで行動することが多いのです。そしてそれが正解だったりする。土壇場に強いとでもいいますか」

“いきあたりばったりということか?”

「そうでもありません。今回であれば、ルークが聖女に良い感情を持っていないことは事前に彼女に伝えてありましたしね」


 魔王が肘掛けに腕をついて両手を組み、大きめの口の両端を上げてニヤリと意味深に微笑む。


「彼女にとって、ここは正念場だったはずです」

“自分でどうにかやってみるから口を出すなと言われた”

「ふふ、そうでしょうね。……で、聖女がルークとどう相対するのか興味がありましたし、そのさまをムーンにも見せたかった。これが二つ目の理由です」

“……”

「結果、ムーンがこうして慌てるほどの力を見せつけたのであれば、わたしとしては万々歳です」

“だからそんなギリギリの策を取らずとも、事前にもう少し知識を……”

「事前に知識があれば、それをさらに上回る行動をするのが聖女です」

“ん?”

「これが三つ目の理由でもあるのですが」


 それまで機嫌よく話していた魔王だったが、ふいに眉間に皺を寄せる。


「聖女は少ない情報から真実を探り出し、その隙をつく方法を考えるのがとても上手いのです」

“……そう言えば、マデラが『思考回路が悪事を働く人間の方に近い』と聖女を評していたが、それか?”

「マデラが? ……言葉は少々引っ掛かりますが、まぁそうですね……」


 魔王の右手が悩まし気に揺らぐ金色の瞳を覆う。右手の人差し指で、眉間の皺を撫でるように。


「知識を色々と入れますと、聖女はさらにその裏側について考えかねないのです。こちらの予想を超える行動をされると困りますので、聖女に与える知識は精査しています。そうすることで、ある程度は予想範囲内で収まるでしょうから」


 マユは何も知らない方が面白いと思っていることは、ムーンには黙っておくことにした魔王セルフィス。

 両手を肘掛に乗せ、軽く頭を下げる。


「ですので、ムーンにはこれからも面倒をかけると思いますが、よろしくお願いします」

“……面倒だとわかってるなら何か手を……”

「……」

“……打つ気は無いのだな。わかった”


 無言で微笑む魔王を見て、ムーンが諦めたように了承の意を示す。

 どうやらそれが、こたびの聖女とのやり方らしい、と。


 聖女の魔獣訪問に付き合う内に、何となくは理解していた。しかし本当にそれでいいのか。あの聖女はまた何かやらかすのではないか。

 そしてあの聖女と行動を共にするたび、わたしはこの憂慮をずっと抱える羽目になるのか……と、ムーンはますます頭を痛めるのだった。

 

書き下ろしです。

「セルフィスはマユを甘やかし過ぎでは?」と思われるかもなあ、ということで……まぁ、フォロー?

でも、甘いことは甘いですね。うん。( ̄▽ ̄;)

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