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○小噺1・召喚聖女は蛇を殖やしたい

フェルワンドの下に訪れる前――マデラギガンダにパンを届けた時の話です。

「マデラ、匣迷宮のパンを持ってきましたわ」


 月光龍の背から降りたマユが、周りの岩山と同じぐらい巨大な背中に向かって声をかける。


『おう、そうか』


 振り返り、立ち上がったマデラギガンダの身体がみるみる縮む。3mほどになると、ググっと腰を下げてマユを見下ろした。バスケットを受け取り、パカンと蓋を開ける。


『なるほど、確かに小麦本来の良い香りがするな』

「でしょう? ……ところで、何をなさっていたのですか?」


 マユが降り立ったとき、マデラは太陽に背を向けてしゃがみ込み、何やら右手をこまごまと動かしているようだった。

 まさかイジけてた訳じゃないわよね、とマユが聞いてみると。


『木の間引きだ。ここらは極端に水分量が少ないのでな。あと、病気になった樹は根から土壌を通して他の樹にも伝染(うつ)してしまうしのう』

「そうなのですか」


 おじいちゃんが趣味で庭いじりするようなものかしら、と思ったマユは、ふと思い出したことがあって聞いてみることにした。

 マデラギガンダは土の王獣、大地の生物についてとても詳しい。


「あの、ちょっとした発案があるのですが」

『何だ?』

「絶滅してしまったアメトリアンパイソンを匣迷宮で殖やして地上に戻す、という……」

『無理だな』


 全部を聞き終わらないうちにマデラギガンダがバッサリと切り捨てる。


「無理?」

『アメトリアンパイソンは繁殖性が低く、繊細な生物だ。当時の環境より汚染が進んでいるから難しいだろうな』


 確かに、匣迷宮は千年前の状態のまま。アメトリアンパイソンが生息できているのはそのおかげだろう。

 それに他の蛇とも区画を分けてカバロアントがまめに世話をしているようだったし……と、マユはしばし考える。


「汚染……では、ユーケルン辺りにちょろっと浄化をお願いして……」

『やめておけ。それに地上は大騒ぎになるぞ』

「大騒ぎ?」


 やや不思議そうに首をかしげるマユに、マデラギガンダが呆れたような溜息をつく。


『絶滅したはずの種が見つかったとなればそうだろう』

「あ……」

『そもそも環境に適応できなくて絶滅したのだ』

「……」

『自然淘汰というやつだな。いたずらに他が介入すれば現在の生態系に悪影響を与えるかもしれんぞ』

「……」


 口元に右手をあて、しばらく黙りこくったマユは、

「……そうですね」

と残念そうに頷いた。


「悪影響……歪みを招く、ということですね。それは生態系だけではなく」

『ん?』

「当然、それを知った人間たちにも。アメトリアンパイソンを保護しようとする人間もいるでしょうが、欲をかく人間は際限ありませんものね。独り占めしようとしたり、密猟して高値で取引しようとしたり……。確かに、地上に余計な悪事を生み出す結果となりそうです」


 残念ですが諦めますわ、と溜息をつくマユに、マデラギガンダが


『……聖女はおよそ聖女らしくないことを言うのだな……』


と意外そうな顔をする。


「え? どういう意味ですか?」

『思考回路が悪事を働く人間の方に近い』

「なっ……」


 マユがくわっと口を開きみるみる顔を真っ赤にした。


「失礼過ぎますわよ、マデラ!」

『褒めたつもりなのだがな』

「褒めてませんわ、それは!」


 喚くマユなど気にもせず、マデラギガンダが『わははは』と大声で笑う。


 かつての聖女シュルヴィアフェスは、辺境の温かい村人に囲まれて育った。

 だから「きっと良いようにしてくれるだろう」と周りに期待するようなところがあった。

 どこか、人間の良心を信じているようなところがあった。

 だからこそ村長の息子の暴挙を止められず、魔物を招き、村は滅び――ルヴィは聖女になったのだが。


 こたびの聖女は、そういう甘さが一切無い。人間の良心などあてにせず、人間の悪意をより警戒している、といった感じか。ずっと僻地に閉じ込められていた不遇ゆえだろうか。

 しかしそれは、未来を決して他者に委ねないということ。考え実行するときは必ず自らが動く、ということを示している。

 つまるところ、聖女マリアンセイユは、突然何を言い出し何をやり出すか全くわからない……。


 二代目魔王もこの聖女にはさぞかし苦労させられることよ、とマデラギガンダはしばらくの間笑い続けていた。


カクヨムの近況ノート(2021年5月13日)に掲載したものを改稿いたしました。

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