4.入学式の日の夜に。
今回は比奈の視点。
――一人の女の子が、ぬいぐるみを抱えて座り込んでいた。
多くの子供が遊んでいる公園で、一人木陰に隠れている。
どんな時でも母親にべったりだった彼女は、同じ年頃の子供たちに馴染めなかった。引っ込み思案で、自分の殻に引きこもりがちな少女。
そんな彼女に、手を差し伸べたのは一人の少年だった。
「……ん、キミひとりなの?」
「え……」
まったくの抵抗もなく。
容易く少女の領域に入ってきた彼は、彼女より幾分か年上だろうか。
どことなく頼りになる雰囲気をまとう少年は、腰をかがめながら女の子の顔を覗き込んだ。そして首を傾げながら、こう笑って言う。
「だったら、ふたりで話をしよう!」――と。
無理に陰の外へと連れ出す、というわけではなく。
ただ彼女の目線に立って、取り留めなく楽しい話をしよう、と。
「……う、うん…………!」
そこでようやく、少女は笑顔を浮かべた。
嬉しかった。
両親以外にも、誰かが自分に理解を示してくれたことが。
その少年は当たり前のように隣に座り、少女の話を聞いてくれたのだ。
これは、比奈の中にある大切な記憶。
自分を木陰から連れ出してくれた彼との、出会いの思い出だった。
◆
「ん……マサ兄……?」
比奈は自室のベッドで目を覚ました。
まだ散らかってはいるが、幼馴染みが手入れしてくれたお陰で幾分か整っている。そんな部屋の中で、彼女はあの日の思い出を胸に抱いて柔らかく微笑んだ。
彼のことを考えるだけで、心が温かくなる。
そして、そのたびに自分にとって、彼の存在は大きいのだと実感する。
「マサ兄……」
そんな相手の名前を何度も口にして。
比奈はまた、ゆっくりとベッドに身を横たえた。
「いつか、振り向いてくれるかな……?」
恋する少女はひたすらに待ち続ける。
あの日、あの時からずっと変わらずに、一人の男の子のことを。
夕日はすっかり沈んだ世界の中で。
比奈はまた、ゆっくりと目蓋を閉じるのだった。
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