第七話 レドとソート副団長(その2)
戦役を勝利で収め、レドたち聖騎士団は兵站へ戻った。
明日にでもデハンスは降伏し、戦争も終わるであろう。
多額の賠償金が支払われ、領土も明け渡すことになる。外交でも差が付き、実質的な属国となるに違いない。
「どういうことですか」
聖騎士団の団員が集まる中で、レドがソートを睨みつけた。
彼らの中心にはロットエル軍の軍服を着た男がいて、手足を拘束されていた。
淡々と、ソートが告げる。
「こいつは我軍で潜入工作をしていたデハンス人だ。身内の不祥事は、神の剣である聖騎士団が処刑することで決着とする。以前からの決まりだよ」
「でも戦争は終わります。殺すことないじゃないですか。逮捕するだけでいい。きちんとした法的措置に任せるのが文明国のやり方でしょう」
ピリつく空気の中、リシアとノーキラはヒヤヒヤして胃を痛めた。
軍学校時代から、レドは教官だろうが誰だろうが構わず噛み付く性格だった。
普段はクールなのに、気に食わないことが怒ると抑制が効かなくなる。二人はレドのそんな性格に何度も苦労してきたのだ。
「神は殺人を許さない、でも戦争は別。むしろたくさん殺せ。だなんて、随分都合が良いじゃないですか、ソート副団長」
「……」
「だいたい、国民にはこの戦争、デハンスから攻めてきたと説明してますが、そうせざるを得ない状況までデハンスを追い込んだのはロットエルのはずだ。こちらが仕掛けた戦争なんですよ。他の国にだって、いつもそうやって!」
それは、レドがロットエルに潜入する以前より抱いていた不満であった。
神のため、平和のため、正義のためと綺麗事の言い訳を並べ、その裏で私利私欲の悪事を行うロットエル人が、レドは大嫌いなのだ。
「……お前の理屈を通すと、ロットエルの刑務所は罪人で溢れてしまうよ。そいつらを生かすための金はどこからでる? 国民の税金だ」
「国民のためだとでも?」
「あぁ」
即答し、ソートは平坦な口調で続けた。
「逮捕では国に迷惑が掛かる。国民も不満に思うだろう。仮に逃したとて、もしこいつが我々の最重要機密を漏らしたらどうする?」
「……」
「それに、こいつらは諦めない。必ず復讐を試みる。テロリスト、ジューンのように。そうなっては、国民に被害が及ぶ」
加えて、牢で結託した敵国の兵士たちが反乱を起こしでもしたら、ロットエルは戦場と化す。
そうなってからでは遅いのだ。
ソートが初めて笑みを見せた。
「なにも、大虐殺や皆殺しを推奨しているのではない。ただ、スパイを牢にぶち込んだり逃がすくらいなら殺す。それだけだ」
レドがいくら吠えたとしても、聖騎士団のルールは変わらない。
いっそ隠していた記憶を操作する魔法で……こんな大勢が見ている場所で使うのは愚行である。
潜入工作員は神の慈悲の下、苦しまずに処刑された。
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ロットエルの首都に戻ってすぐ、レドは聖騎士団本部に呼び出された。
首都にそびえる円形の建造物で、一五階建ての最上階にある団長室に、レドは入室した。
呼び出したのは聖騎士団団長、エイヴン。聖騎士団のトップに立つ男だ。
「君が、レド・クラウスくんか」
エイヴンは、皺と白髪まみれの老人であった。
目の下にある濃い隈は、彼の忙しさを表していた。
「はい」
団長を前に、レドは酷く失望していた。自分に対してである。
きっと要件はソートに無礼な口を効いたことへの処罰だろう。
十中八九、退団させられる。
ロットエルの情報をジューンに伝えるために聖騎士団に潜入しているのに、自分の悪癖のせいでこんなあっさり任務失敗になるとは、実に情けない。
ロットエルを潰すことも、行方不明の妹も見つけられず、ただ怒りを撒き散らしただけでジューンに戻るなんて、恥でしかなかった。
「今回は誠に申し訳ございませんでした。いかような処分も、甘んじて受け入れます」
「処分などせんよ。あ〜、始末書は書いてもらうがな」
「え?」
「あの程度の跳ねっ返りぐらい、聖騎士団では珍しくない。優秀だからこそ、我が強いのだ」
「では、なぜ……」
「ソートから報告を受けて、面白かったから呼んでしまったのだ」
エイヴン団長はクスクスと笑い出し、やがて大笑いを部屋に響かせた。
レドからしてみればまったく意味がわからず、ただただポカンと立ち尽くすしかできなかった。
「いやいや、すまない。ククク、ソートのやつもようやく私の気持ちが理解できたかな」
「と、言いますと?」
「やつも新米の頃、君とまったく同じ怒りを私にぶつけたのだよ」
「え!?」
てっきり、冷酷で心のない人間だと思っていたのに。
「まあ、情けないことに、そのとき私は彼に論破されてしまってね、敵兵を逃した。一〇年前、ホールースとの戦いの際にな」
団長の表情が曇った。
「やがてホールースがロットエルの属国となり、そして一年後、ホールース人によるロットエル人無差別殺人事件が起きた。犯人は、逃した兵士であった。五人が亡くなった」
「……」
「奴が罪悪感で自害しようとしたときは参ったよ。……そういうことだ、ソートの正義を否定したいのなら、出世して君の正義に塗り替えるしかない」
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団長室から出ると、リシアとノーキラが待っていた。
リシアは目に涙を浮かべ、ノーキラに至っては号泣している。
「レド、いなくなっちゃうの? せっかく聖騎士団に入れたのに」
「レド〜、俺はお前がいないと不安で不安でしょうがねえよ〜」
「心配しなくていいよ二人とも。ちょっと叱られただけだ」
「「よかった〜」」
安堵のまま、ノーキラがレドに抱きついた。
リシアも流れで抱きつきそうになったが、寸でで正気に返り、
「だ、だいたいあんたが副団長に逆らうからいけないのよ! まったく」
ぷいっと顔を背けた。
「あぁ、悪かった。気をつけるよ。副団長は、俺よりずっと大人だった」
ソートは、聖騎士団としての務めを果たしただけである。
神の剣として、大勢の国民を守るという務めを。
彼だって快楽殺人者ではないのだ。それでも我を押し殺して使命を全うしたのは、一つでも不安の種を取り除く必要があったから。
そんな組織の主張とレド個人の駄々とでは、比べるまでもない。
そもそも、自分は彼らより残酷な裏切り行為をしているではないか。
きっと自分がジューンに情報を渡したせいで、ロットエル人が亡くなっているはずである。
殺人の手引をしながら、己は手を汚そうとしない半端者。そんな軟弱な精神で、ロットエルへの復讐など成せるわけがない。
それでも、使命を怠ったりなどしない。ロットエル人に殺された父のためにも。止められないのだ。
「正義を塗り替える、か」
レドは初めての戦争にて、世界の複雑さと己の未熟さを思い知った。




