第六話 レドとソート副団長(その1)
メールが試験を受ける少し前。
重々しいため息がレドの耳に届いた。
森の中、後ろを歩く仲間の口から漏れたものらしい。
白い軍服を着た聖騎士団は、数個の小隊を編成し、各々戦地へ向かって行軍していた。
レドが属している部隊の人数は一〇人。年齢、家柄、軍歴に関わらず、聖騎士団の中でも特に優秀な一〇人だけを集めた、まさにエリート中のエリート部隊である。
「レド」
隣を歩くリシアが名を呼んだ。
「どうした?」
「緊張してないの?」
「死なないように頑張る。ってだけだろ? 戦争なんて。後ろの先輩は気が重そうだけど」
「大したもんね、あんた」
敵国は、長らくロットエルと睨み合っていたデハンスという国家。
痺れを切らしたデハンスの侵略から、祖国の領土を守る。それが今回の戦役の目的である。
しばらく歩いて、レドたちは平野を見渡せる丘にたどり着いた。
「はじまってるわね」
幾つもの怒号と銃声、爆音、断末魔が平野に轟いていた。
兵士の数は互いに数千ほど。
弓と剣、投石機を用いるデハンスより、銃や大砲を投入しているロットエルの方が優勢のようである。
だが、指揮系統に差があるのか、デハンス兵はロットエル兵を囲む形になっていて、長期戦となれば戦況は逆転するかもしれない。
はじめて見る戦場に、レドも緊張感を覚えた。
「さて」
人差し指でこっそり宙に文字を書き、状況をヅダに伝える。
レドの交信魔法である。宙に書いた文字を、遠く離れた紙に写すことができるのだ。
軍の動きは予めヅダに報告してある。
おそらくもうじきヅダは仲間を引き連れ、別の場所にいるどこかの一般兵部隊と交戦するだろう。
ロットエルから物資を奪い、次の戦闘に備え武器や資金の補充ができたのなら、レドの思惑通りである。
と、レドたちの部隊を指揮する隊長が、口を開いた。
二〇代後半の、若く美しい男であった。
「デハンスは戦力のほとんどをこちらに寄越している。その証拠に、国境に設営されているデハンスの野営地は、ほぼ我らの手に落ちている。つまり、あと一歩というわけだ。……レド」
突然呼ばれ、レドは思わずビクついた。
「はい?」
「お前やリシアは新入団員だが、俺の部隊の一員だ。無様な真似だけはするなよ」
「気をつけます」
「ふっ、もう少し気合の入った返事が聞きたいものだな」
隊長が改めて平野を見渡すと、リシアがレドに耳打ちをした。
「ソート副団長、あんたのこと気に入ってるみたいね」
第一部隊を率いる彼こそが、聖騎士団の副団長、ソートである。
仲間でも感じる圧を纏い、すべてを見透かしたような瞳から、只者ではないとレドが警戒している要注意人物だ。
「そうかあ? むしろ目をつけてるって感じだけど」
「ていうか私たちラッキーよね。副団長の戦闘を間近で見られるんですもの」
「余所見してると死ぬぞ」
程なくして、ソートが出撃の号令をかけた。
聖騎士団の戦場における役割は、暴れることである。
一般兵にはない特殊な力、魔法を使い、自軍に害が及ばぬ範囲で暴れまくる。
それが聖騎士団の努めであった。
聖騎士団の者たちが使用する魔法は主に二つ。
強風を発生させる魔法と、火球を撃つ魔法である。
この二つが最も習得率が高いのだ。聖水を飲んで魔法の才能に目覚めた者の大半は、この魔法が使えるようになる。
というか、この二つしか使えない。
それ以外の魔法を発動できる者は重宝されるが、レドは交信魔法や記憶操作の魔法については隠していた。
スパイだとバレる可能性を避けるためである。
「リシア、俺から離れるなよ」
「うん。調子に乗って個人行動をするな。って、ソート副団長が言ってたもんね」
レドたちが丘から降りると同時、別の場所で待機していた部隊も平野に突撃した。
ちょうど、ロットエル軍を囲むデハンス軍を、聖騎士団がさらに囲む形となる。
レドが吹かせた強風がデハンス兵の武器を吹き飛ばし、リシアの火球が兵にトドメを指していく。
聖騎士団の者たちは皆、同じような戦法で、着実にデハンス兵を殺していった。
「さすが聖騎士団、仲間となると心強いな」
デハンスには魔法を使える兵隊はいない。
魔法の才能を目覚めさせるのに必要な『聖水』を、ロットエルが独占しているからだ。
仮に手に入れても魔法使いになれる確率は低いし、生まれつき魔法が使える者も滅多にいないため、魔法使いの部隊など組めるわけもなかった。
「リシア、まだ戦えるか?」
「うん!」
レドがリシアを見やると、はじめての実戦、はじめての殺人を、強く逞しい顔つきで遂行していた。
どうやらリシアという少女は、覚悟を行動に示せる強かな非情さを持っているらしい。
「レド、リシア〜」
戦場の中でのんきな声が聞こえてきた。
二人の軍学校からの同期、ノーキラであった。
「おい、お前の持ち場はあっちだろ、ノーキラ」
「先輩たちとはぐれちまったんだよ〜。三人で一緒にいようぜ!」
リシアが呆れたようにため息をつく。
「よくそんなんでまだ生きてたわね。ていうか、私としてはあんたが聖騎士団に入れたことすらまだ信じられないんだけど」
「あはは、俺もそう思う〜。信仰心が篤いおかげかな〜」
悠長に会話をしていた三人に、投石が飛んでくる。
唯一気づいたレドは石を火球で撃ち落とし、二人の手を引いた。
「ここはもういい、副団長に加勢しよう」
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魔法が使えても所詮は人間。矢に刺されたら死ぬ。
決して油断せず、常に仲間に背を預け戦え。
それが聖騎士団副団長、ソートの教えである。
なのに、当のソートといえば、たった一人で敵の軍勢に突撃し、猛威を奮っていた。
二本の剣で雑兵を蹴散らしている様は、まさに一騎当千。レドたちが唖然としてしまうほど、鬼人の如き戦いぶりを見せていた。
「さすがだな、ソート副団長は」
ジューンのスパイであるレドからしてみれば、いずれは敵になる存在。
心強い仲間であると同時に、最大の脅威でもある。
「なあ知ってるか、レド、リシア。副団長だけが使える魔法」
ノーキラの問にリシアが答える。
「死の魔法でしょ」
「そう。副団長はその魔法を剣にかけてる」
その効果は、あらゆるものに死を与える力である。
ソートの剣がデハンス兵の肩を切り裂いた。致命傷ではないにも関わらず、兵士は悶絶し、息絶える。
「あの剣に切られたら、絶対死ぬんだって。かすり傷だろうが、なんだろうが。しかも」
デハンス兵の一人が、ソートの攻撃を盾で防ごうとする。
が、盾は剣に触れると木っ端微塵に砕け、そのまま兵士を真っ二つにされた。
「防具すら殺すんだ」
有機物、無機物関係なく、必ず壊す。
最凶の魔法と卓越した身体能力によって、ソートはこれまでロットエルに仇なす多くの人間を手に掛けてきた。
「ソート副団長、ロットエルじゃ英雄って呼ばれてる。あの先の大戦でロットエルを救った英雄ってね」
「知ってるよ。でも他所の国での二つ名は、『死神』だろ」
ほどなくして、デハンス軍は壊滅した。




