第五話 メールと姉と人殺し(その3)
深夜、ソニーユやララと眠っていたメールは、テントを抜け出し、捕虜が収容されているテントに入った。
監視はいない。荷物置き場にポツンと、放り込まれていた。
捕虜は、試験のときよりさらに傷が増え、顔は痣と血にまみれていた。
少しでも有益な情報を引き出すために拷問されたのだろう。
試験に使えないのなら、せめて何か聞き出してやろう。といったところか。
若い新兵のようなので、大した情報など持っていないだろう。
きっと、明日にでも殺される。
「なんて傷……」
酷い姿につい顔を背けてしまう。
メールはグッと唇を噛むと、胸の前で指を組んだ。
メールの背中から、緑色に淡く光る蝶のような羽が出現する。
朧月のような薄い光が、暗い闇を仄かに照らした。
「待っていてください」
捕虜の顔に触れると、メールは数を数えだす。
「一、二……」
メールが触れた箇所から、尋常ではない速度で傷が癒えていく。
「三!」
手を離すころには、捕虜の全身の怪我が治っていた。
「すっごーい!」
何者かの声がして、メールはハッと振り返った。
ララとソニーユが、目を丸くしてテント内を覗き込んでいた。
メールが抜け出したのに気づいて、ついてきたのだ。
「あ……」
「すごいねメールちゃん! 魔法が使えるんだ!!」
ソニーユがか細い声で問う。
「どうして?」
その問いの意味はつまり、メールは本来魔法が使えないはずだということ。
ドッと、嫌な汗が背中を冷やす。
「じ、事故のショックで魔法の才能が開花したんじゃないかって、お医者さんが……」
ありえない話ではない。実例もある。
「そうなの……」
それよりも問題なのは、治療された捕虜についてだが、
「お姉様、ララさん、私がすること、どうか内緒にしてください」
そう言って、メールは捕虜を縛る縄を解いた。
「逃げてください」
「……ありがとう」
「もう、無駄に人を傷つけないでください」
捕虜が立ち去ると、メールは恐る恐る二人を見やった。
怒っているのか、不満を抱いているのか。しかしそんな不安も杞憂で、ララもソニーユも、にっこりと笑みを浮かべていた。
「誰にも言わないよ、メールちゃん」
「ありがとう、ララちゃん」
「ところでメール、さっきの魔法は?」
「あ、はい。触っている人の傷を癒せるんです」
正確には対象の生命力を高める魔法で、メールが生まれつき手にしていた魔法である。
三秒以上使用すると生命力が暴走し、逆に肉体が朽ちてしまうので、使う際にはしっかりと秒数を数えなくてはならない。
メールはこの魔法でこれまで、数多くの人や動物を癒やしてきた。
先天性の魔法使いなので、メールも一応宗教上は真に神に選ばれた者扱いになる。
熱心なリー・ライラム教徒であるメールにとっては、人生における唯一の誇りであった。
これほど便利な魔法を扱えるのに、メールは聖騎士団を志したことは一度たりともない。
戦いに参加する自分が想像できないからである。
「だけどこれ、絶対バレますよね。あ〜あ、結局ジューンには、いられないんだ……」
「それでも助けたかったんでしょ?」
メールがコクリと頷くと、ソニーユは悲しげに目を細めた。
「どうして、そんなにジューンに入りたいの?」
「え、それは……」
本当のことは言えない。
「ロットエルとの戦いの、手助けをしたくて……」
ソニーユは視線を落とし、唇を噛み締めた。
「そっか、それほど……」
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翌日、メールはソニーユに連れられ、ヅダの下へ訪れた。
「なんだ。俺は逃げた捕虜の行方を追うのに忙しい。俺の推理では、そこのメールの仕業だろうが」
「いいえ、逃したのは私よ」
「ソニーユが?」
ヅダだけでなく、メールも驚愕した。
なぜ自分を庇うだけでなく、罪まで背負ったのか、わからない。
「どういうつもりだソニーユ」
「見苦しかったから逃した。それだけよ。だから代わりに、正式に仲間になってあげる。メール共々ね」
「それは嬉しいが……」
ソニーユはメールを見下ろすと、可愛らしくウィンクをした。
「お姉様、なんで……」
「あなたのため、そして私のためよ。どうしてもじっとしていられないんでしょ? なら、私が側で守ってあげないと」
妹のために嫌いな組織に入る。その優しさに、メールは罪悪感を抱いた。
「その代わり約束してメール。絶対に無茶はしないこと。いいわね?」
こんなにも妹想いな女性を騙しているのだから。
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