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第四話 メールと姉と人殺し(その2)

 二日後、メールは一匹の馬にソニーユと乗り、ジューンの拠点を目指した。

 手綱を握っているのはソニーユである。


 メールは初めての乗馬に緊張し、後ろからソニーユをぎゅっと抱きしめ、ひたすら落馬しないことを神に祈った。


「ば、場所わかるんですか? ジューンの拠点」


「ヅダに聞いたわ」


 テロ組織『ジューン』、彼らは自分たちのことをレジスタンスと称している。

 ホールースがロットエルの属国となった一〇年前からホールース人により結成され、ロットエルからの開放を掲げていた。

 はじめはホールースにいるロットエルを追い払うだけであったが、七年前にザルザが率いるようになってからは他の民族も引入れ、彼らの活動はロットエルの主要都市での略奪、戦争の介入、教会の破壊など、過激な方向へ活発化していった。


「こ、殺されないかな……」


「ん? なんか言った?」


「いえ、なにも」


 それから程なくして、二人はホールース領土内にあるとある遊牧民のキャンプ地にたどり着いた。

 ジューンの特定の基地を持たない。

 時には活動に協力的な遊牧民と手を組み、時々に応じて彼らのキャンプ地を借りることもあれば、自分たちだけでキャンプを設営することもある。

 今回は前者である。

 そういう意味では、ホールースの広大な自然全体が、彼らの拠点と表していい。


 決まった拠点は持たないこと、そしてロットエル軍に発見されそうになれば颯爽と逃げ出すこと。この二点のおかげで、ジューンはこれまで生きながらえてきた。


「ここが、ジューンの……」


 老若男女、様々な人間の視線がメールに向けられる。

 外にいる人間だけを数えたら、その人数はざっと見ただけで四〇人。割合としては成人男性が多い。半数以上がホールース人であろう。

 その中に、ヅダがいた。


「来たな。俺たちはこれからロットエル軍に奇襲をかける。とある筋からの情報で、敵国と戦争するという情報が手に入った。混乱に乗じ、ロットエルに一泡吹かせてやる」


「そ、それで私は……」


「帰ってくるまで雑用でもしていろ。……ララ!」


 ヅダが名を呼ぶと、一人の少女が「はーい」と大きな返事をしながら走ってきた。

 メールより少し背の高い、活発そうな女の子だった。


「ララ、メールの面倒を見てやってくれ」


「はい! 久しぶりだね、メールちゃん!」


「え? あ、はい!」


 途端、ララが涙目でメールに抱きついてきた。


「心配したよ〜」


「ふぇ〜!? ち、近いです!」


 メールには同世代の友達がいない。

 故に女の子特有の大胆なスキンシップも、同じ女子にも関わらず思春期少年みたいな反応をしてしまうのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ララは元々商人の娘であったが、戦争で家を失い、家族ともども遊牧民に加わった。

 家を奪ったロットエルを快く思っていないため、他の遊牧民共々ジューンに協力しているのである。


 ヅダと複数の男たちが出兵している間、メールはララやソニーユと、洗濯や羊の世話をし、夕刻になると帰ってくる男たちのために夜食を用意した。

 簡単な雑用、それでも手を貸しているのは事実で、懸命に働けばヅダも疑いを改め、認めてくれるはずである。

 そしていずれはザルザに会う許可も得て……。などと上手くいく未来だけを妄想していると、ヅダたちが帰ってきた。


 傷だらけの男たちは出陣のときより数が減っている。

 だがその代わりに、見知らぬ男が一人紛れていた。

 手足を縛られた若い軍服の男。これまで戦争とは無縁だったメールでさえ、彼がロットエルの軍人で、捕虜にされたのだ察することができた。


「メール、どこだ」


「あ、ここです!」


 メールが前にでると、ヅダが捕虜を投げ飛ばした。


「殺せ」


「へ?」


「お前を試す。そいつを殺せ」


 メールの脳と肉体が硬直する。

 浮かんだのは当然の疑問。なぜ殺す必要があるのか。

 おそらく、これこそが試験なのだ。

 試すとは、雑用をこなすことではなく、人を殺すこと。

 相手は満身創痍で、自由も奪われている。か弱い少女でも武器があれば不可能ではない。

 だが不可能なのだ。できるわけがない。

 メールは数日前までただのシスターで、心が貧弱で、なにより一般的な平和ボケした少女にすぎないのだから。


「そいつは敵兵士を過剰に拷問した男だぞ? 悪人だ」


「で、でも……」


「どうした。できないのか? まさか、同じロットエル人だから、か?」


「え、あ……」


 殺しなどできない。人殺しは罪だ。神はお許しにならない。

 捕虜の人にも家族がいて、友達がいて、未来がある。いくら相手が軍人で、既に人を殺めた人物だったとしても、彼はれっきとした人間だ。


 ヅダの試験に、周りにいた者や、ララも顔を強張らせている。

 唯一、ソニーユだけがヅダに殺意を向けていた。


「殺すために連れてきたっていうの、そいつを」


「重要なことだ。メールが本物か、はたまたスパイか。見誤れば、組織が崩壊しかねない。ザルザ様のためにも、如何な手段を用いようが試させてもらう」


「だから嫌いなのよ。疑ってるならここに連れてこなければよかった。わざわざ試す真似をして、殺しをさせようとして。そんな方法しかできないやつが、ロットエルから平和を取り戻すなんて、笑わせるわ」


「嫌ならやらなくていい。だろ? メール?」


 できない、と口にすれば殺さなくて済む。

 が、そうなればジューンに加入できず、ザルザを見つけるのも困難となる。

 任務は失敗し、教会は取り壊されるだろう。

 でも、だからといって、人を殺していい理由にならない。人の命の方が大切に決まっている。


 ……はたしてそうか?

 教会がなくなれば、本来保護される孤児や浮浪者は居場所がなくなり、飢えて死んでしまうのでは?

 もしかしたら、教会に住み込んでいるシスターも家を失い……。


 どうしよう。どうすればいい。

 なにが正しい。なにが正解なのか。


 そもそも、自分に命を奪うほどの度胸などあるのか。

 あるわけがない!


 刻々と時だけが過ぎていく。

 じっとしていても事態は進展しない。


「メール、やらなくていいわ。帰りましょう」


「やめるのかメール? なら今後は二度とジューンに関わるな」


 やりたくない、殺したくない!

 でも、そうすれば、だけど……。


「さあ、覚悟を見せてみろ」


「わ、私は……」


 ヅダがメールの足元にナイフを投げた。

 メールは、震える手でナイフを拾うと、捕虜に向けた。

 捕虜が叫ぶ。


「我らが主がキサマを地獄に叩き落とす! 神の怒りに震えるがいい!!」


 メールの呼吸が荒れる。息苦しくってたまらない。


「うぅ、うぅぅ……」


 やがて小さな手からナイフが落ちると、メールは膝をついた。

 涙の雫がナイフを濡らし、嗚咽は周囲の人間に悲愴感を与えた。


「無理です」


 ソニーユがヅダを睨む。


「覚悟だけじゃ人は殺せない。わかってるでしょ? こんな試験、はなっから無駄なのよ」


「ふんっ」


 その晩、メールは試験の結果もわからぬまま、キャンプ地のテントで就寝することになった。

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