第四六話 最強の魔法と槍
カラガルムを守る兵士は五〇を切った。
リシアは安全のためと称し、カラガルムが乗る馬車の御者と入れ替わると、突然護衛から離れだした。
「ノーキラたちはここにいて」
「リシア! どこにいく!」
「いいからそこにいて、追手が来たら対処して。ソート様は私が安全な場所に」
残された聖騎士団員はポケーっと硬直し、微動だにしなかった。
リシアの思い通りである。いまの聖騎士団はとても神の剣とは程遠い、形骸化した組織だ。
判断力も、指揮系統も杜撰になってしまっている。
これもすべて、生前のソート率いる聖騎士団を崩壊させたカラガルムの業である。
リシアはいつカラガルムが馬車から飛び降りたり、こちらに攻撃してくるかビクビクしながら、目的の場所へ目指した。
使われなくなった採石場である。
到着し、リシアは必死に走り出した。
やがて、ゆらりとカラガルムが降りる。
「それで、最後はなんだ?」
子供の遊戯を見ているかのような微笑みの前に、レドとソニーユが現れた。
「なにがおかしい、カラガルム」
「君らだけか?」
この状況、カラガルムが理解できないはずがない。
なのにこの余裕。恐れ一つ見せず、気味悪く笑っている。
ソニーユは初めて目にしたカラガルムに、おぞましさを覚えた。
「まんまと連れてこられたマヌケのくせに、強がってるのかしら?」
「キミらの思い通りにした理由は三つ、一つは油断。取るに足らないゴミ虫だと高をくくってしまった。二つ目は利用できると踏んだ。これほどの反対勢力で持っても殺せないとなれば、誰も私に逆らわなくなる。そして三つ目は……」
カラガルムが帯刀していた二本の剣を抜いた。
「この体を試す良い機会だ。ずっとうずうずしていたのだよ。神の剣、ソートの肉体を存分に使う日を」
ソニーユも槍を構えると、レドが小声で呟いた。
「お前の槍だけが頼みだ」
「わかってる」
「俺が隙を作る。確実に仕留めてくれ」
レドは剣を抜きつつ、火球を撃った。
だが、
「ふんっ」
カラガルムが剣を振るうと、火球は真っ二つに切れて消滅した。
魔法を切られたのは初めてで、レドは眉を潜める。
さらに強風を吹かせ剣を吹き飛ばそうとするが、彼が剣を振ると、また魔法が消えてしまう。
「なんだ? ソニーユ、あいつの剣もお前の槍と同じなのか?」
「ありえないわ。それにあの剣、どう見てもただの剣よ」
レドは何発も火球を放ちながら走って距離を詰めた。
続けてソニーユも後ろから回り込むように走り出す。
「ふん、たった二人じゃ物足りないな」
カラガルムは迫る火球をすべて切り捨てながら、切りかかってきたレドの剣を防いだ。
その瞬間、レドの剣が粉々に砕けた。
「なっ!」
瞬時に、レドは魔法が切られた理由を理解し、急いで後退した。
「それは、ソート副団長の魔法のはず!」
「違うな、いまは私のだ」
体だけじゃない、記憶も、魔法も、ソートから奪ったのだ。
ドッと冷や汗がレドの背中を伝った。
剣先が触れただけで相手を殺せる魔法が使えるなんて、冗談じゃない。
しかも死の魔法は、魔法すら殺せるなどとは……。
「すっかり戦士喪失か? どうする、そこの女」
カラガルムがソニーユの方を振り返る。
ソニーユはレドの後退を目にしても狼狽えず目標に近づきつつあった。
「お前の自慢の槍もぶっ壊してやるよ!」
「勘弁してよ、高いんだから」
ソニーユには一つ懸念があった。
最強の自負がある彼女が、噂話だけで意識していた人物、それがソートであった。
聖騎士団副団長が所持する死の魔法と、自分の怨槍ラズテスカがぶつかったら、どうなるのだろう。
ソートが死んでしまい、検証する機会は二度とないと思っていたが、まさか大一番で決着がつけられるとは、幸か不幸か。
カラガルムが剣を振り下ろす。
ソニーユは槍を横に持って防御の姿勢を取った。
すべてを殺す魔法と、あらゆる魔法を打ち消す槍。
二つの武器が触れ合う。
ラズテスカは、カラガルムの剣から主人を守りきった。
 




