第四三話 リシアの神・双子とメール
メールにとって長い一ヶ月半が経った。
なにもせず、目立たず、じっと待ち続ける苦痛は、感情で動くメールには耐え難いものだった。
ある日、メールはフラーレンと最後の打ち合わせをするためにホールースの首都へ赴いた。
鼻が曲がりそうな異臭が街のあらゆるとこから漂ってくる。
それもそのはず。道端に複数の遺体が転がっているのだ。
カラガルムに逆らったホールース人や、機嫌を損ねたホールース人、しまいには、ただ不満を口にしただけのホールース人も、殺され、死体を晒された。
処理は許されない。弔うのも禁止だ。これは見せしめなのだから。
「なんて酷い……これがカラガルム大司教の意思だなんて」
去年までメールは、いち信仰者としてカラガルムを尊敬していたが、いまでは嫌悪感しか抱いていない。
そして強く決意していた。
カラガルムだけは、絶対に殺さなくてはならない。
神が生み出した素晴らしい世界を守るために。
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夜、レドはホールースとロットエルの間にある湖で時間を潰していた。
冷たい水を手で掬うと、レドは顔を洗って眠気を覚ました。
冷水は好きだ。心も体もシャキッとする。
「レド……」
名を呼ばれ、振り返る。
「久しぶり、リシア。来てくれて嬉しいよ」
リシアはレドを睨むと、剣を抜き、襲いかかった。
「死ね! 裏切り者!」
振り下ろされた刃をすらりとかわし、腕を掴んでリシアを投げ飛ばす。
剣術や体術において、リシアはレドより秀でたことなど一度としてない。
リシアは立ち上がり、もう一度剣を握った。
「裏切り者! よくも、よくも私を、私たちを騙したわね!!」
「悪い」
「謝りたくて呼び出したの!? パパが死んで、お母さんもおかしくなって、なのに、あんたは、あんたは私からいなくなった。なんでよ、なんで!!」
また記憶操作の魔法使えば、話は早い。
リシアを落ち着かせて、自在に操れる。
だが、いまのリシアにそんな真似はできなかった。
むしろ、真実を話してやるべきだ。
「俺はロットエル人だ。それは間違いない」
「でもジューンなんでしょ!」
「親が殺されたんだ。腐ったライラム教にな。……復讐だよ。罪人に罰を、善人が報われる世界を作るため」
「親なら私だってーー」
「だから手を貸してほしい。わかるだろ? いまのライラム教は狂ってる。ソートは、ソートじゃない」
「……」
「頼む、リシア。すべてが終わったら俺を殺していい。必ずロットエルに戻ってくる。だから」
リシアの手から剣が落ちる。
もう耐えられなかった。父があんな辱めを受けて死んだ。
好きな男が裏切り者だった。
尊敬した上司が生き返ったのに、国は、世界は、どんどんおかしくなっていく。
いっそ、自分も消えてしまえたら。
「私が、本当に一人で来たと思ってるの」
「あぁ。俺はお前を信じてる」
「ずるいよ、レド……」
この湖にはレドとリシアしかいない。
「フラーレンも参加する」
「フランまで……まあ、あいつなら当然よね」
昔から、フラーレンが国のために勉強し、父親に意見を述べたり他の政治家と話をしているのは知っている。
彼女に負けたくなくて、というより、憧れて、リシアは聖騎士団に入った。
自分も国に尽くし、世界と人々を想像した神に恩返しをしたくて。
その心は、いまでも変わらない。
「なにをしてほしいの」
「リシア!」
「さっさと答えて」
「教える前に聞きたい。いまの聖騎士団はどうなってる」
「ほとんど瓦解してるわよ。引っ張ってくれそうな先輩たちはガルズとの戦いで死んで、ソート様が団長になったけど、政に付きっきりで私たちのことなんか……」
「ソートが団長に? エイヴン団長は?」
「解任されたわ。いまなにをしているのか、知らない」
カラガルムは憎き聖騎士団まで手に入れたわけだ。
ソートの人生だけでなく、いまや彼の部下までカラガルムのものとなった。
「そっか。……ノーキラは?」
「元気よ。いまでもあんたを好きみたい。なにか理由があるんだってね」
「あいつが友達でよかったよ。……リシア」
「なに?」
「神は、まだいると思うか?」
フフッと、リシアは笑った。
「いるに決まってるでしょ。人に希望を与え、救ってくださる方よ。いた方がいいに決まってる」
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さらに半月後。作戦決行の前日。
屋敷の一室でメールとソニーユ、レド、ヅダ、リミィとリミツーがテーブルを囲んでいた。
地図を広げたヅダが告げる。
「予定通り、この作戦でいく。根回しが上手く行って、カラガルムに恨みを持つ他所のやつらも参加してくれる」
ヅダは懐からロットエル皇族のペンダントを取り出し、強く握った。
「奴を倒し、囚われのサラザール様とセルデ様を救う。俺たちも無事では済まないだろう。何人か、いや下手をすればみんな死ぬかもしれない。それでも、カラガルムを殺すぞ」
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ヅダが最後の作戦説明を終えたあと、メールは地下室へ降りた。
ここの住人である双子は、決戦間近にも関わらず普段どおり悠長に時間を潰していた。
「リミィさん、リミツーさん」
「んー? どうしたの〜? メールちゃん」
「……ちょっと、不思議で」
「私たちが逃げ出さないから?」
「まあ、それも。お二人がここまでする理由がないですし」
姉のリミィが銃口を磨きながら答える。
「私は頭脳担当のリミツーについていくだけ」
返答を丸投げされて、リミツーはめんどくさそうにため息をついた。
「ま、私たちなら余裕だし」
「ですがリミツーさん! 今回ばかりは……」
「平気だよ、平気」
「報酬はありませんよ?」
メールの問にリミィが吹き出した。
リミツーが正直に言うわけがない。メールに影響されて、いまさら正義の心を取り戻しました、などと。
代わりにリミツーは己の過去を語った。
「あの本、九割嘘って言ったでしょ? ホントのことも書いてあるの。私とリミィが生き別れのお兄さんに会った話あるでしょ。それとか」
「ご家族がいるんですね」
「まあね。んで、私らにもしものことがあったら、その人に伝えといて。あとで住所教えるから。私たちの友達だって伝えたら、面倒見てくれるよ。作戦失敗してメールちゃんが追われる身になっても一安心」
「も、もしものことって! そんな!」
メールは心苦しそうに胸を抑えた。
「ならリミツーさん、これを」
常に隠し持っていた木彫りのリー・ライラム像を取り出し、リミツーに手渡した。
「神があなたたちを守ってくださいます」
「私ら信者じゃないんだけど、まあいいや。必ず返すよ」
メールが出ていったあと、リミツーは急激に不安になった。
妹を慰めるよう、リミィはリミツーにキスをして、一緒に寝てあげた。




