第四一話 ロットエルから去る
いずれ聖騎士団にいられなくのなら、それまでにやるべきことをやる。
レドは副団長の座と記憶改変の魔法を駆使し、可能な限り城内の情報を集めた。
ソート(カラガルム)が蘇ってから三日が経った。
なのに城は、ロットエル政府は何一つ声明を出さない。
ただ、リー・ライラム教が彼を称賛し崇めるだけである。
国民の崇拝の的となったカラガルムは、あっという間に大司教の地位に舞い戻った。
「それで、セルデ皇帝は?」
記憶改変で従わせたセルデの親衛隊に、レドがそう質問した。
「幽閉されました。サラザール皇女殿下共々」
「幽閉? なぜ?」
「預言者の皇帝と復活の奇跡を起こしたロットエルの英雄、どちらが人望があるか、考えるまでもないでしょう。ソート様は神と同じ奇跡を起こしたんですよ?」
唯一神リー・ライラムは人々を守るために地上から消えた後、再び信者たちの前に姿を見せた逸話がある。
「もはやソート様は、神なんです。彼が部屋から出すなと指示すれば、それが神のご命令。従うしかない」
「バカな……。あの男が神だと? じゃあ、あいつは」
完全にロットエルを支配したわけである。
「あいつはいま何をしている。城から出てこないが」
「準備をしていると」
「なんのだ」
「演説の」
「いつやる」
「今日」
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その日の正午、カラガルムは城のバルコニーに現れた。
神がなにを告げるのか、全国民が彼に注目し、多くのリー・ライラム教徒が城に集まる。
レドもリシア、ノーキラと共にカラガルムを見上げていた。
「神に仕えるすべての者よ。私はソート、世界を再び救うため、楽園から戻ってきた」
大歓声が城を包む。
「だが残念だ。皇帝陛下は悪魔の呪いにより体調を崩されてしまわれた」
カラガルムのことだと大衆が批難する。
目の前のソートこそカラガルムだとも知らずに。
「あぁ、カラガルムは悪魔だった。だが、彼ではない。権力の隙間に入り込み、気に入らない者は平然と殺すもう一人の悪魔」
城の扉が開いた。
近衛兵たちが車輪のついた台座を押して出てくる。
それを目にした途端、リシアが小さな悲鳴を発した。
「パパっ!」
しかしレドには、ひと目でキサラヴィンだとわからなかった。
全身の皮が剥がされ、両手足の指も潰され、歯もすべて折られていたのだ。
カラガルムの仕業であることは明確。
リシアが行方不明だと言っていたが、まさか、拷問されていただなんて。
「リシア、見るな!」
「パパ! パパよ! どうして……」
キサラヴィンは目をギョロギョロと動かし、リシアを見つけると、低く枯れた声で泣き出した。
まともに言葉すら離せなくなっている。喉を潰されているのか。
「この人物は利己的な欲望のために皇帝の座を奪おうとした。よって、神の名の下に処刑する」
レドの拳が強く握られる。
復讐なのだ。前の肉体を処刑へ追い込んだキサラヴィンへの復讐。
よりにもよって、こんな屈辱的で痛々しい方法で。
カラガルムの指示により、近衛兵が台座に火をつけた。
キサラヴィンが燃えていく。愛娘は泣き叫びながら、必死に父親を呼び続けた。
「悪魔の死により陛下の体調も回復するだろう。それまで、どうか私を支えてほしい」
眼前で行われる処刑のせいで先程より民衆の声は少なかったが、それでも、カラガルムの支配欲を満たすには充分であった。
レドの血が熱くたぎる。
最も許せないのは、カラガルムがソートの体と、ソートの口で、悪行を成していること。
ソートは本当の英雄であった。誰よりも尊く、清らかな男であった。
彼の偉業を乗っ取り、醜く汚すなど、非情な侮辱である。
「あいつ……」
リシアがレドの胸にすがりつく。
キサラヴィンはとっくに焼死している。
肉の焼けた臭いが風に乗った。
「パパは悪魔なんかじゃないのに……」
カラガルムが叫ぶ。
「ありがとう。……だが安心などしてられない。我々は立ち向かうのだ、世界にはびこる悪魔と。悪魔は世界中に散らばり、人々を苦しめている。リー・ライラム教が、世界を救うのだ」
それは、すべての国を支配したいという欲望を意味していた。
大国ロットエル帝国の力を持ってすれば、不可能ではない。
「あぁ、それと、忘れていた。ロットエルに残った最後の悪魔を」
カラガルムがレドを見下ろした。
「レド・クラウス副団長。やつはジューンのスパイだ!」
「……」
レドは驚きもせず、リシアと視線を合わせた。
「レ、レド?」
「悪いな、リシア。こんなときなのに一緒にいてやれなくて」
「うそでしょ……」
レドは颯爽とその場から逃げ出した。
警備兵や軍人は追いかけてこない。予め、レドを認識できないように記憶を改変してある。
さらに城壁の穴から外へ出ると、前々から用意していた馬に跨った。
レドの任務が終了した。




