第三六話 レドと神のお告げ
聖騎士団副団長代理では肩書が弱い。
レドは計画のため、団長に直接頼み込み、正式に副団長へ昇格した。
ソートの後を継げる自信はまだないが、この機会を逃してはロットエル改革への道が遠ざかってしまうのも事実である。
仲間たちに出世を祝われたり妬まれたりしつつ、レドは再度団長に頭を下げ、とある人物との食事会をセッティングしてもらった。
リー・ライラム教の穏健派の代表格、その三名の司教や司祭たちである。
ただの団員なら無視されていただろうが、副団長ともなれば彼らも快く受け入れるだろう。
ましてソートのおかげで国民や信者間での聖騎士団の評判はすこぶる高くなっている。リー・ライラム教の名のある聖職者としては、喜んで神の剣と会談がしたいはずだ。
「レド、二日後の晩で話をつけておいたぞ」
「ありがとうございますエイヴン団長」
「それにしても意外だな。お前はあまり信仰心が高くないと思っていたのだが」
「そうですか? まあなんにせよ、司教様たちに就任のご挨拶をしなければと考えていましたので」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
二日後、レドは予定通り屋敷に招かれ、穏健派の三人と対面した。
「副団長となりました。レド・クラウスです」
「クラウス?」
一人の司教が首を傾げた。
「もしや君の父親は、アル・クラウスでは……」
その問に、レドは思い出した。
そうだ、彼は父と仲の良かった男。
父に賛同し、リー・ライラム教の腐敗を取り除こうと声を上げていた者だ。
処刑を逃れ、狂った俗世を捨てて信仰のみに没頭したのか。ならば心境としては反カラガルム派。僥倖である。
「いえ、私の父はそのような名前ではありません」
とはいえ、正体に繋がる真似はできない。
レドは彼らと握手をすると、記憶改変の魔法を発動した。
「さあレド・クラウスくん、食べようじゃないか」
上品な肉とワインを嗜みながら司教たちはレドへ質問攻めをしまくった。
どんな家か、兄弟はいるのか、趣味は、将来の目標は。
もちろん真実は語らない。
すると、司祭の一人が会話の流れで自身が見た夢について思い出した。
「夢といえば……そう、そうだ!! 何日前だったか。神の啓示を授かったんですよ。天から使いが降りて、私に告げたのです。あぁ、なぜ今まで忘れていたのだろう……」
ライラム教において、夢は神が見せるものというのが一般的な常識である。
特に、夢に天使が現れたり神がお言葉をくださったなら、それは神の啓示とされるのだ。
「司祭様、どんなお告げを?」
「セルデ皇帝が誘拐されたのは、神が彼に試練を与えているからだと」
と、話を聞いていた二人の司教が声を上げて驚いた。
「その啓示!」
「我々も授かったぞ! 私としたことが忘れていただなんて、主に対しなんと無礼なことを……」
忘れていたのではない。先ほど脳みそに植え付けられた記憶なだけである。
「たしか……。『皇帝陛下が神の試練を乗り越え、再びロットエルの地を踏んだとき、彼は神の意志を口にするだろう。彼を信じなさい、彼を預言者と扱い、ついていきなさい』と」
「そう、そういう内容だった」
「まさか三人が同じ夢を見るだなんて、これはまさしく、神のお告げ!」
面白いほど上手くいき、レドは頬を緩ませた。
きっとこの話は彼らから穏健派の信者たちに広まる。
あとは、ヅダたちの仕事だ。
民を、皇族派を動かすにはやはり、皇帝が直々に呼びかけるしかない。
体は小さくとも、彼は巨大な権威を背負っているのだから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
レドから報告を受けたヅダが、作戦をセルデに告げた。
神と皇帝の言葉でロットエルを変えるのだ。
セルデは作戦に賛同こそしたものの、浮かない顔で、あからさまにノリ気ではなかった。
「僕は、もうロットエルには……」
「私としても、皇帝陛下を政治利用するなど言語道断。ですが、古より続くロットエルを歴代の皇帝にも誇れる良き国にするには、これしかないのです。でなければ、さらなる血が流れる」
ザルザがセルデの手を握った。
「私も側にいるわ。もう、隠れてなんていられない」
「姉上……」
「セルデ、あなたは皇帝よ。自分の国が怖いなら、変えられる力があるの」
「……」
セルデには夢があった。
父のように優れた皇帝となり、ロットエルを永久に栄えさせたいと。
カラガルムによって押さえつけられていた目標。
子供なんだから仕方ないと自分に言い聞かせてきた。
だけどいま、正真正銘皇帝として、その役目を果たせるのなら。
「ヅダ、決行日はいつになる」
「セルデ様!」
「カラガルムを倒そう」




