第三二話 メールと告白
ソートがガルズの将軍を殺した頃。
メールたちはロットエルの心臓部、アトライク城にて警備兵たちと激戦を繰り広げていた。
戦況は優勢。
ヅダの見立て通り、軍の出動がなく、数はこちらが勝っていた。
「メール、しゃがんでなさい!」
城の中庭で、ソニーユとメールが警備兵たちに囲まれる。
ソニーユは怨槍ラズテスカを握ると、ニヤリと口角を上げた。
「先手は譲るわ」
警備兵たちが一斉に斬りかかる。
単調で独創性もない攻撃。そんなもの、ソニーユにとっては児戯にも等しい。
「私を倒したいなら最低限、魔法使いを連れてきなさい」
槍を奮って一掃すると、城の三階部分で爆発が起こった。
城にはヅダと半裸族がいるはず。彼らの仕業だろうか。
「お姉様、中へ!」
「えぇ」
城内に侵入し、二人はヅダと合流するために走り続けた。
おそらく彼は三階にいる。いまごろ皇帝と接触しているだろうか。
通路のあちこちで警備兵と半裸族、ジューンのメンバーが戦っている。
床には死体が転がっていて、メールは目を背けることなく人の死に触れながら走り続けた。
「お姉様、順調なんでしょうか」
「いまのところはね」
城の地図は予めヅダから教えられている。
メールたちが三階へ上がると、リミィとリミツーが赤い服を着た槍兵たちと対峙していた。
皇帝の親衛隊である。一〇名はいるだろう。
魔法使いでありながら聖騎士団に入らず、神ではなく皇族に仕える道を選んだ生粋のロットエル皇帝信仰者である。
命に変えても皇族をお護りする。その意志によって統率された彼らは、時に聖騎士団にも劣らぬ働きを見せる。
そんな事実を知ってか知らぬか、リミツーは余裕綽々な様子でメールに手を降った。
「あ、メールちゃ〜ん。元気してた?」
「ヅダさんは?」
「先に行ったよ。さっきの爆発はあいつがやったんじゃない? さてリミィ、愛しのメールちゃん来たよ」
「よし、かっこいいところ見せようか。リミツー」
二人の体が淡く光り出す。
猫科動物特有の耳が生え、手や眼も猫のように変形していく。
身体能力を向上させる変身魔法である。
「リミツー、忘れないでよ」
「わかってる。ちゃんと金目の物スリながらやっちゃうから」
親衛隊が手をかざす。狭い空間を利用した戦術を披露するのだろう。
魔法で強風を発生させ、敵が怯んでいる間に、その風を追い風にして突撃。槍で確実に急所を突くのだ。
そして親衛隊たちが魔法を発動させたその瞬間、
「遅い!」
リミツーは高速で彼らの背後に周り、鋭利な爪で次々と親衛隊を切り裂いていった。
狼狽えリミツーと距離を取る彼らを、前方にいるリミィが狙撃していく。
「なんだ、私まで変身する必要なかったな」
「どうメールちゃん。リミィよりかっこいいでしょ」
遊びのように敵を倒していく双子を目にし、メールは若干引いた。
強いのは大変結構だが、もっとこう、緊張感を持ってほしい。
「す、すごいです……」
あっという間に親衛隊が全滅し、リミツーはさり気なく盗んだ戦利品をリミィに見せた。
親衛隊の証である銀のバッジで、全部で一〇個。二人はハイタッチをしてきっちり半分ずつポケットに入れた。
メールの視線が床に伏せる彼らへ落ちる。
数人死亡しているが、息がある者もいる。だがすぐに処置しなければ失血で死んでしまうだろう。
と、通路の向こうからヅダが走って戻ってきた。彼の隣には、ヅダに手を引かれた少年皇帝セルデがいる。
「皇帝陛下は取り戻した。お前ら逃げるぞ!」
セルデは怯えた様子で体を震わせ、ヅダの手をぎゅっと握っていた。
かつて親衛隊だった彼を信頼しているのか、それとも傀儡の生活から抜け出せれば誰が味方でもいいのか、まだわからない。
ヅダとセルデ、双子は逃げ出すように走り出す。
ソニーユも後に続こうとしたが、
「どうしたの、メール?」
「あ、いえ……」
メールは瀕死の親衛隊を見下ろしたまま、動かない。
ヅダも異変に気づき、立ち止まる。
「なにをしている!」
メールの脳裏に、黒焦げになったララが過ぎった。
拳を握り、ソニーユに告げる。
「ごめんなさいお姉様。でもあの人はきっと、ただ大切な皇帝陛下を守りたかっただけなんです」
メールの手が親衛隊に触れる。
もとから、可能なら死人など出てほしくないと願っていた。
だがいつ殺されるかもわからない戦場で、不殺だとか、手加減だとかを、仲間たちに頼むわけにもいかない。
しょうがないと目を瞑るのは容易い。けれどーー。
メールの背に美しい緑色の蝶の羽が出現する。
三秒が経過し、瀕死だった親衛隊の傷は、完治した。
直後、ソニーユが手刀を食らわせ、気絶させた。
ヅダは、メールの羽と、敵を癒やしたその事実に、顔を歪ませた。
「お前、魔法が使えるのか。メールは、魔法使いじゃなかったはずなのに」
「はい」
「それにロットエル人を治すなど……。こいつらは敵なんだぞ! どうして……」
「私たちの願望に巻き込まれた人を見殺しにするなんて、あんまりじゃないですか。悪いことしたわけじゃない。懸命に生きて、大事な人を守るために戦っていただけなんです。助けられるなら、助けてあげたい」
「お前、やっぱり……」
もはや、隠すことに意味はない。
自分のすべてを曝け出さなければ、一生ヅダとの確執は埋まらないだろう。
メールの瞳がヅダを見つめる。
恐怖も不安も、罪悪感も宿ってはいない。ただ彼女の眼は力強く輝いていた。
「私は、ロットエル人です。けれど、ジューンでもあります。人種や国なんか関係ない。人が穏やかに人生を歩める世界のために、私は戦い、そして救います」
メールの決意に、ソニーユが微笑む。
「一つ訂正。戦うのは私。救うのがメール」
ソニーユがメールの手を握る。
姉の想いが嬉しくて、メールはぎゅっと握り返した。
「ありがとうございます。お姉様」
一方ヅダは返す言葉を見つけられずにいた。
ロットエル人でありながらジューンに属し、己の信念を貫いているのは自分とて同じなのだ。
騙したことへの怒りはある。しかし、いまは言い争いや粛清をしている場合ではない。
「勝手にしろ」
ヅダは踵を返し、セルデと共に再度駆け出した。
ほどなくしてジューンは撤退し、メールの案は成功に終わった。




