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第三一話 レドと神の剣(その2)

 地獄のような戦場でさえ、レドの目にはソートが光り輝いて見えた。

 周囲の聖騎士団員たちも、彼の登場に顔を歪め、涙を流しそうになっている。


「立て、レド」


「は、はい!」


 敵兵もソートに萎縮し、動きが止まっていた。


「攻撃部隊は反対方向から撤退をはじめている。あとはここに残っている者たちだけだ」


「副団長は、逃げなかったんですか?」


「逃げる? 嫌な物言いをする。……俺は聖騎士団の副団長だ。部下を残して立ち去るわけがないだろう」


 ソートは二本の剣を構え、ガルズ兵に告げた。


「基地にいた数千の兵、もはや戦闘続行できる者はいない」


「や、やつがソートだ! すでに死にかけている! トドメを刺せ!」


 兵が取り囲むよりも先に、ソート自ら敵陣へ突っ込んでいった。

 負傷しているにも関わらず、風が吹き抜けるかの如く素早く、鮮やかに、歯向かう敵を殺していく。

 彼の前にはいかな防具も魔法も、頑丈な肉体だろうが意味がない。すべて破壊され、朽ちるのだ。


 ソートが秘める死の魔法は、レドたちに生きる希望を与えた。


 彼に触発され、団員たちの闘志がさらに燃え上がる。

 しかし奇しくも、それを収めたのはソート自身であった。


「お前たちは退却することだけを念頭に動け!」


「ふ、副団長は!?」


「俺は最後でいい」


「ですが!」


「ですが? これは優しさではない。最も生存率が高いのは誰か、よく考えてみるがいい」


 団員たちはソートの指示を無下にできず、散らばって走り出した。

 ガルズ兵はすんなりと逃がすわけもなく、団員たちを阻んでいく。

 その兵の壁をソートは切り破り、道を切り開いていった。

 

 やはり副団長は最強だ。誰もが彼の強さを改めて認め、憧憬の念を抱いた。

 そのときだった。


「つっ!」


 一本の剣が、ソートの背中を切り裂いた。


「副団長!」


 レドは居ても立っても居られず加勢して、背中を切った敵を火球で殺した。


「レド、お前も行け!」


「行きません。俺はいま、聖騎士団をやめました。これであなたの部下じゃない。あなたの命令に従わなくていい」


「ふっ、相変わらず口が達者だな」


「副団長こそ逃げてください。ここは俺がどうにかします。……俺は、俺より価値のある命をもう失いたくないんです」


 レドの胸のなかで重荷が溶けていく。

 ララを死なせてしまった。殺してしまった。その罪は決して償いきれない。

 だから後ろめたくなった。だから諦めた。


 違うのだ。

 ソートの勇姿を目にしてレドは気づく。


 償えないなら、せめて同じ過ちを繰り返してはならない。

 誰かが、自分を守って死ぬのは見過ごせない。

 ララが繋いでくれたこの命、今度は自分が誰かに繋ぐべきなのだと。


「まったく、俺に反抗するのが好きなやつだ」


 レドはソートと共に、次々と敵兵を屠り、仲間の退路を築いていった。

 ガルズ兵たちにも焦りが見え始め、怯えて潰走する者も現れだす。

 わずか少数の聖騎士団に圧され、大将まで殺されたのだ。無理もない。


 数秒、数分、数十分と、ソートは一切止まることなく殺し続けた。

 聖騎士団の最大の幸運は、ソートが副団長であったこと。

 そして最大の不運は、ソートもまた一人の人間に過ぎないことであった。


 雨でぬかるんだ地面が、ソートの足を微かに滑らせた。


「なっ」


 一瞬、ほんの一瞬のささやかな隙が、彼の運命を決定づける。

 二人の敵兵が、ソートの腹と胸を槍で突き刺した。


「副団長!」


 ソートはすぐさま反撃してみせたが、度重なる流血と、雨により低下した体温が、確実に彼の体を蝕み、疲弊させていた。

 さらに足が切られ、腕が切られ、それでもソートは決して倒れず、戦い続ける。

 やがて、彼が愛用している二本の剣も折れた。


「もういい。ソート副団長も逃げましょう!」


「俺はいい。ここで少しでも……ガルズの戦力を削ぎ落とす。……まだ、戦争は終わっちゃいないんだ」


 ソートは折れた剣を捨てると、死んでいる敵兵士のもとへ、とぼとぼと歩きだした。

 完全な満身創痍。虚ろな瞳は生気を発していない。

 殺すには絶好の機会。なのに、ガルズ兵は誰一人、目の前の化け物に手を出せなかった。

 やがてソートは死体の側でしゃがみ込むと、剣を盗み、また戦い出した。


 さすがにガルズ兵は抵抗までは忘れていないようで、恐怖を抱えたままソートに牙を剥ける。


 すると、レドの後方から猛々しい咆哮が聞こえてきた。

 振り返れば、そこには白い軍服を身にまとった聖騎士団の仲間たちが、戻ってきていた。

 みな、退却中に立ち止まり、引き返したのである。


 副団長には悪いが、自分たちは全員で一つの神の剣。誰一人欠けることは許されない。

 ソート副団長だけは、絶対に守らなくてはならないのだと。


 彼らをみて、ソートは呆れ気味に笑った。


「どいつもこいつも、よほど普段のシゴキが足らなかったと見える」


 普通ならそのまま逃げる。マトモな判断力があるなら戻らない。

 ガルズ兵たちは集まった狂信者に恐れ慄き、完全に戦意を失った。

 ソートは雨の中、深く息を吐くと、レドを見つめた。


「お前、自分より価値がある命などと口にしていたな」


「?」


「ふっ、つくづくお前はかつての俺と似ているよ。自らの理想と決意に足をすくわれ、失望と自己嫌悪に陥り、己を蔑む」


「……副団長?」


「いいかレド、もしかしたら神はいないのかもしれない」


「え?」


「だが希望はある。雨雲の隙間から陽の光が差し込むように、どん底にいても希望は必ずお前を照らす。だから、自分を粗末に扱うな。すべての命は平等なのだ」


「副団長……」


「生きろ、そして紡げ。お前が守るべきはもっと大きな光。人が心安らかに人生を歩むための、希望の光だ」


 レドの全身を焦燥感が走った。

 ずっと見てみぬフリをしていた後ろめたさが湧き上がる。

 言わなくてはならない。

 例え己の身がどうなろうと、この人にだけは、真実を告げなくてはいけない。


 ソートへの忠誠心が、レドの心のすべてを引き出す。


「あの! 実は、俺……」


「言うな」


「っ!?」


「帰ったら俺がちゃんと処罰する。だから、ここで死ぬなよ」


 ソートは前方を見やると、剣を天高く掲げた。


「行くぞ我らが神の剣よ! ロットエルに勝利をもたらさん!!」


 最後の突撃は、まさに大いなる神の剣のようにガルズ兵を蹴散らし、絶対的な畏怖を抱かせた。

 人は、神の力の前では無力なのだと、この世の理を植え付けさせる。


 やがて数千も残るガルズ兵は撤退し、拠点は完全に制圧された。

 聖騎士団の勝利である。


 雨が止み、地平線から輝く朝日が大地を照らす。

 泣き叫ぶ団員たちの真ん中で、ソートは陽の光を浴びながら息を引き取った。

応援よろしくですーーっううう!!

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