第三〇話 レドと神の剣(その1)
拠点にいるガルズ軍兵士の数は約一万人。
それも将軍直属の精鋭たちだ。
対して聖騎士団は四〇〇人。一万対四〇〇では、蟻が大海に挑むが如き無謀な差である。
だが、運は彼らの味方をしていた。
突然の奇襲の混乱と嵐が、ガルズ兵たちの統率を乱していたのだ。
加えて戦争で優位に立っていること、襲ってきた聖騎士団が少ないことが、ガルズ兵を慢心させ、緊張感を失わせていた。
「馬鹿なロットエル人め。お前らの時代は終わったんだよ」
反対に聖騎士団は、絶体絶命であるからこそ、士気が最高潮に高まっていた。
「怯むな! ソート副団長を信じて戦い抜け!!」
ガルズと聖騎士団の矛と剣が交わる。
レドはリシアとタッグを組み、ガルズの魔法使い部隊と交戦していた。
「レド、後ろ!」
「わかってる!」
精神面では勝っているのは確か。
だが、
「くそっ、数が多すぎる」
数の差は、気持ちだけで埋められるものではない。
複数の火球が飛んできた。
レドは間一髪回避できたが、かわしきれなかった仲間は頭部が吹き飛ばされ死んだ。
嵐のせいで銃や矢は十二分に効果を発揮できないが、魔法という飛び道具は環境を選ばない。
「しょうがない、あれを試すか」
腰を低くし、レドはガルズの魔法使いたち群れへと突っ込んでいった。
やがて適当な兵士に接近すると、手で触れ、記憶を書き換える。
「お前は今からロットエル人だ!」
触れた兵士はまるで踵を返すなり、味方へ攻撃していった。
同様の方法で魔法使い数名を操り、同士討ちをさせていく。
「よし!」
突然の裏切り行為がガルズにさらなる混乱をもたらす。
「レ、レド、あの人達どうしたの?」
「さあなリシア。隠れリー・ライラム教信者なんだろ」
とはいえ相手は統率の取れた軍隊。
寝返った者は躊躇いなく殺していった。
また同じ方法を使おうにも、敵兵士を触れられる機会は安々と訪れない。
前に圧せてもまた戻される。その繰り返しの中で、徐々に団員たちは数を減らしていく。
両軍が激突して、まだ五分も経過していない。
「向こうは、何人死んだんだ……」
雨で濡れた軍服が重たい。
強風が器官に入って呼吸が妨げられる。
瞬間、基地の方で爆発が起きた。
仕掛けたのはソートか、ガルズ兵か。
もし後者なら、ソートは無事なのか。
過る不安が、レドの注意力を散漫させた。
「っ!」
熱い痛みがレドの肩を貫く。
ガルズ兵士が槍を突き刺していた。
「こいつ!」
火球を発射し、兵士の胸に穴を空けると、レドは槍を抜いて跪いた。
「はぁ……はぁ……」
顔を上げれば、仲間の死体が見えた。
レドの先輩で、よく世話になった優しい人だった。
「くっ」
神を信仰する者たちが、次々と散っていく。
彼らは教えの通り、楽園へ行けるのだろうか。
わからない。少なくともレドには、この地獄に神はいないことだけは確信できた。
諦めの文字が脳裏に浮かぶ。
もともと、勝てる戦いではない。
仮に将軍を殺せたとて、どう逃げる?
どのみち全滅は免れない。
基地の中にも大勢の兵士がいて、ソート副団長ですら手こずっているに違いない。
悲鳴が聞こえた。
ノーキラの声だ。
剣で腹を切られ、地に伏せていた。
「ここまでか……」
終わる。聖騎士団が終わる。
盟友も、居場所もなくなる。
「ララ、いまいくよ」
情熱と野望が悔恨と共に無に帰して、レドは終焉を迎えるのだ。
「ミリアイル、せめてもう一度お前に……」
ガルズ兵が無防備なレドを見つけた。
槍を構え、雄叫びを上げながら突進していく。
その気配にレドは気づいていたが、対処しようとは思わなかった。
そして、
「レド!」
天より舞い降りし神の剣が、ガルズ兵を切り裂いた。
「なにをボサッとしている、レド」
その者は、脇腹と右足を切られ、唇が青く変色していた。
なのに、それなのに、彼が纏う圧倒的な威武は決して衰えず、戦場のあらゆる視線をかき集め畏怖の念を抱かせていた。
「ソート、副団長……」
「目標は殺した」
片手で掴んでいた生首をガルズ兵たちへ投げつける。
「さあ、生きて帰るぞ!」




