第二九話 メールとレドと決死の戦い
少年皇帝セルデ奪還作戦は近衛兵たちの判断力が鈍くなる夜に行われる。
参加者は五五名。大半は半裸族であるが、まだ闘争心が残っているジューンのメンバーも含まれている。
その中には、メールもいた。
夕刻、ロットエルの首都を囲む城壁の外で、メールはソニーユや仲間たちと待機していた。
戦争に人員を割いているせいか、見張りは少ない。
段取りとしては、作戦決行前に各々首都に侵入し、別働隊の合図を皮切りに城へと突撃する。
首都への侵入に関しては、何ヶ月も前にレドから城壁の穴(乗り越えやすいポイントや、脆い箇所)について報告されていたので、容易い。
「メール」
ソニーユが俯いていたメールに声をかけた。
「なんでしょう、お姉様」
「平気? なにも、あなたまで来なくてよかったのに」
「いえ、立案者のくせに安全圏にいるわけにはいきません。それに、また一番大事なときに私の力を役立てられないのは、嫌なんです。……戦闘はまったくできませんけど、この戦いで死ぬなら本望です」
メールの決意がソニーユの眉を潜ませた。
「まったく、視野が狭いところだけはあの子と同じなんだから。……私はあなたに死んでほしくないけど」
「それは……」
「まあいいわ。あなた一人を守って戦うくらい、私には造作もないし。だから連れてきたわけだし」
「お、お姉様って自信家ですよね」
「だって事実だもの。一〇歳の頃、熊に囲まれたことがあるんだけど、無傷で全滅させたことがあるわ。ちゃんと考えて戦えば、どこに誰がいようと対処できるもんよ」
「えぇ……」
メールが人間離れしたエピソードにドン引きしているのと対象的に、ソニーユはしたり顔で自慢気に武勇伝を続けた。
「六歳のときにお父様が連れてきた槍の名人から槍術を教わったんだけど、稽古の初日に先生を倒しちゃったしね。たぶん、生まれ持っての才能なのね」
「……お姉様が味方で心強いです」
「でしょ? でもだからって勝手に離れたりしないでね」
と、同行していたリミィとリミツーがひょいっと顔を出してきた。
「大丈夫だよ〜。私とリミィもいるからさ」
「終わったら報酬、忘れないでね」
メールは「はいはい」と適当に返事をして、迫る戦いを前に集中力を高めた。
数時間後、首都の外れで爆発が起こる。
別働隊の合図だ。
街の注意が爆音に向けられたいま、メールたちはロットエルの心臓部へ突撃した。
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ガルズ軍はホールース南西部の国境付近に二つの拠点を置いていた。
それぞれの拠点には、複数の天幕を簡易的な木の柵で囲んだ即席の基地が築かれている。
さらに基地を守護するように、上下左右に四つの野営地が設けられていた。
二つの拠点は数キロほど離れている。
聖騎士団が狙うはそのうちの一つ、敵将軍がいる特に大きい基地だ。
見張りはいない。荒れ狂う雨風によってガルズ兵士は引っ込んでいた。
そしてメールがロットエルで爆発が起こったと同時刻、嵐と闇に紛れ、聖騎士団はガルズ軍の拠点へ攻撃を開始した。
聖騎士団の現勢力は総勢四〇〇名。
そのすべてが強襲に注がれたわけではない。
将軍がいる中央の基地を攻め込む部隊と、周りの野営地からの増援を食い止める部隊に別れているのだ。
野営地の兵が事態に気づいて飛び出してくる前に、基地を囲む柵の周りに素早く展開し、将軍への合流を妨げるのである。
レドはその足止め部隊に配備されていた。
将軍を打ち取る攻撃部隊を仕切るのは、もちろんソートだ。
基地から怒声が鳴り響いてまもなく、野営地からガルズ軍が飛び出してきた。
彼らと剣を交える寸前、隣りにいたリシアが告げた。
「レド。一つ聞かせて」
「なんだ」
「……ごめん、なんでもない」
こんな状況においても、リシアは真実を知る勇気が持てずにいた。
「そうか。……頑張ろうな、ソート副団長のためにも」
「うん。副団長なら、きっとすぐ任務を果たしてくれる。私たちは、彼の盾にならないと」
前方から火球が飛んできた。
ガルズの魔法使い部隊である。
「来たぞリシア!」




