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第二三話 メールとレドとララ(その5)

 聖騎士団はガルズとの戦争に備え、ホールース南西部にある軍事基地に滞在していた。

 元々ホールース軍が利用していたもので、現在はロットエル軍の駐屯地となっている。


 そこの小さな倉庫へリシアは足を踏み入れた。

 ララが起こした爆発で聖騎士団の数名が亡くなったが、幸いにもリシアは腕の骨折だけで済んでいた。


「レド、こんなところにいた」


 倉庫の隅で、レドは腰を降ろしていた。

 視線を落としているうえ、倉庫の暗さも相まって、表情から感情が読み取れない。


「なにしてるの? ソート副団長が呼んでいたわ」


「一人になりたかったんだ。いま行くよ」


 と言いつつまったく動こうとしないレドの隣に、リシアは座った。

 生還してから、リシアにはずっと気がかりだったことがある。

 爆破を起こしたジューンは、もう一人の人間と逃げていた。

 そいつはおそろく海へ逃げた。そして帰還したレドは、海水で濡れていた。


「あ、あの、レド」


「……」


「その……具合が悪いなら、ちゃんと言ったほうがいいわよ」


「……お前こそ言えよ。聞きたいことがあるんだろ?」


 聞けるわけがない。真実から目を背けていたいから。

 レドはリシアの心情を蹴飛ばすように鼻で笑い、立ち上がった。


「好きにしろよ。もうどうだっていい」


 リシアは唇を結んだまま、立ち去るレドの背を見つめた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ソートは執務室で大量の手紙を読んでいた。

 目の下には隈ができていて、彼の激務具合が伺える。

 レドが入室すると、ソートは微笑んだ。


「悪かったな。忙しくてゆっくり話す機会がなかった」


「いえ。こちらこそ、申し訳ございませんでした」


「あぁ、任務は失敗だ」


 ジューンに大打撃を与えたのは間違いない。

 しかしその分、聖騎士団や軍の第三師団にも相当な被害が出た。


 痛み分けは、敗北と同義なのだ。


「あの、戦争は……」


「両国間で最後の会談が行われている。どちらが引くか、とな」


 ロットエルと敵対国ガルズは、貿易問題で衝突を繰り返してきた。

 今回の戦はその決着をつけるためのものである。

 会談の行く末によっては即先制攻撃を仕掛ける。

 ソートの見立てでは、明日の朝には殺し合いをしているだろう。


「戦力を分けることに上層部は反対していて、そのうえ多くの兵を失った。聖騎士団も死人怪我人複数の状況、私は責任を取らざるを得ない」


「せっかく副団長の隊を任されたのに、碌な成果が挙げられず、本当に申し訳ございません」


「私の見通しが甘かったのだ」


「いえ、俺のせいです。俺が……」


 いっそジューンを売れば、出世への道が早まっただろう。

 いっそロットエルに牙を剥けれていれば、あの子は死なずにすんだのだろう。

 そのどちらもできなかった。何も決断できなかった。


「本当に、すみませんでした」


 自分を責めて、何度も責めて、悔し涙で床を濡らす。

 普段肝が座っているレドが泣くなどソートには意外で、目を通していた手紙をテーブルに置いた。


「いったいどうした」


 自分の素直な本心を語るなど、工作員としてあってはならない。

 それでもレドは何かに縋りたくて、尊敬する上司の心配が温かくて、なまの感情を吐露した。


「大事な人が、死にました。俺を守るため死んだんです。隠れているだけかと思って捜したけどいなかった。あの子の靴だけがそこにあって、俺は、俺は……」


「そうか……」


「俺には兵士の資格がない。夢ばかりみて、決意だけして、行動が伴ってない口先だけの情けない男。周りを巻き込むだけ巻き込んで自分は何もできず、すべてを台無しにする。そんなの悪魔と一緒ですよ。忌むべき存在だ」


 ソートは席を立つと、レドの肩を優しく叩いた。


「罰せられたい気持ちはわかる。だからといって、戦争で自害などするなよ。お前はレドだが、聖騎士団の誇り高き戦士であることには変わりないのだ。務めを果たせ」


 厳しい口調が、いまのレドには心地よかった。

 心を奮い立たせ、沈んだ精神を強制的に叩き上げてくれる。


「戦力が減り、当初より険しい戦いになる。悩んでいる暇などないぞ」


「……はい」


「それともう一つ。俺はお前を気に入っているよ。慰めにはならんだろうが」


「いえ、ありがとうございます」


 俺は人を不幸にする。

 自覚できていても、止まれない。自刃は我がままな逃避行なのだ。

 縄で縛られ引きずられている奴隷のように、歩み続けるしかない。


 その日の夜。ロットエル軍によるガルズへの侵攻が決定した。

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