第二二話 メールとレドとララ(その4)
ソニーユが屋敷の地下室へ昼食を届けに行った。
地下ではリミィが銃の手入れをしていて、リミツーがそれを眺めていた。
一度は追い出された二人だが、先日の強襲を受け、屋敷に避難しているのである。
「おまたせ。言われた通り持ってきたわよ、ハムエッグ」
リミツーがハイテンションで駆け寄ってきた。
「やった〜! ありがとソニーユちゃ〜ん」
「まったくあんた達は、あんなことがあったのに元気バリバリね」
銃口を磨いていたリミィがクスリと笑う。
「あれくらいの修羅場、私たちは何度も乗り越えてきたから」
リミツーが便乗する。
「むしろロットエル軍なんて返り討ちにしてやったよね〜。……それより、メールちゃんは? まだ誰にも会いたくないって?」
「今朝、ようやく話ができたわ。二人に話したいことがあるから、来てほしいって」
三人は地下室から上がり、メールの部屋へ向かい出した。
聖騎士団との戦いから二日が経っていた。
ジューンの壊滅を狙ったあの強襲は組織に大打撃を与え、あのときいた遊牧民含め約半数以上の人間が逮捕されるか、死んだ。
ララもそのうちの一人である。
ソニーユが部屋の扉を開けると、メールはベッドで蹲っていた。
「メール、連れてきたわよ」
双子を見やったメールの顔は、無であった。
生気が感じられず、負を纏った幽鬼が如き相好。
水も食事も取らず、頬はやつれ、毛も何本か抜けていた。
「リミィさん、リミツーさん」
枯れた声で名を呼ぶなり、メールは目に涙を浮かべ、頭を下げた。
「ごめんなさい。私が間違ってました」
リミツーが首をかしげる。
「えっと、なにが?」
「世界は、私なんかがどうこうできるほど、優しくなかった。私には、たった一人を救うことすら、できなかったんです……」
双子は顔を見合わせると、苦笑した。
「まぁまぁメールちゃ〜ん、話はあとでゆっくりできるからさ〜、まずはご飯食べて元気になろう? 体が死んだら後悔すらできないよ?」
「なにも喉を通らないんです」
そのとき、屋敷のメイドが現れソニーユに声をかけた。
「ソニーユ様、ヅダ様がいらっしゃいました」
「え? ヅダが? なんで?」
「さあ? 旦那様に用があるとかで。一応、ソニーユ様にもお伝えしておこうと思ったのですが」
「ふーん。ありがとう」
メイドが立ち去り、ソニーユはメールへ視線を戻す。
気づけばメールは立ち上がっていて、部屋の外へと飛び出した。
「ちょ、メール! どこ行くの!」
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ヅダは応接間に通され、リユ家当主ハロルドと顔を突き合わせていた。
メールはその部屋の扉を乱暴に開けるなり、ヅダを睨んだ。
「ララちゃんが、ララちゃんが亡くなりました」
「知ってる」
「その前に、あの子はジューンのスパイと一緒にいました。ルオですよ。でも、ララちゃんが亡くなったとき、彼はいなくなってたんです」
その上馬も消えていた。状況だけみれば、ララを置き去りにして逃げたようにも思える。
というか、メールの中ではそう結論づけられていた。
「ルオがララちゃんを見殺しにしたんですか!?」
ヅダは、何故メールがルオについて知っているのか気になったが、さしづめララが教えたのだろうと言及はしなかった。
彼女がスパイならば最悪の事態だが、ヅダには、メールの正体を問い詰める気力が湧いてこなかった。
「ルオはそんなやつじゃない。あいつはララの恋人だったんだ」
「信用できませんよそんなの! だいたい、今回の件をザルザさんは何と仰ったんですか? 怪我人だって、たくさんいるはずですよね」
「ザルザ様のお言葉を伝える義理はない」
メールはグッと歯を食いしばり、ヅダに詰め寄った。
「いっつも隠し事ばっかりして。ザルザさんは私たちを駒としか思ってないんだ」
「無礼だぞ!」
「じゃあ会わせてくださいよ! ルオにも!」
「隠し事をしているのはお前も同じじゃないのか? えぇ!?」
メールの熱がヅダの矢に突かれ制止される。
「俺は今回の強襲、ロットエルのスパイが手引したんじゃないかと考えているがな」
「ま、まだそんなこと……」
ヅダは深くため息をつくと、声量を下げて吐き出すように告げた。
「ザルザ様も大変心を傷めておられる。だからお前の父に援助を求めにきたのだ」
追いかけてきたソニーユが、後ろからメールの手を引いた。
いま現在、メールが行っているのは単なる八つ当たりである。
ララを助けられなかった、その悔しさを発散しているだけにすぎない。
喋れば喋るほど、彼女はどんどん惨めになる。
「部屋に戻りましょう、メール」
「でも、お姉様……」
口を挟むよう、ハロルドが語りだす。
「申し訳ないヅダさん。ロットエルからの収税が酷くてね。我々も苦しいんだ。力にはなれそうにない」
「そうか。邪魔をして悪かったな」
ヅダはメールと一切視線を合わせることなく、屋敷から出ていった。
ポツリと、メールが呟く。
「お父様、ごめんなさい。お話の邪魔をして」
「いや、いいんだよ」
ハロルドはソニーユに目配せをすると、
「あとは頼んだよ、ソニーユ」
応接室をあとにした。
こんなとき、メールの心に触れられるのはソニーユしかいないと知っているのだ。
ソニーユはメールを優しく抱きしめるなり、憂いを纏った口調で話しかけた。
「仕方なかったのよ。メールは悪くない。神様にだって、できないことはある」
「……神なんていませんよ」
信仰の篤いシスターには似つかわしくない言葉だった。
「神なんかいない。信じるものなんかないんです。もういやだ。こんなことなら、無知なシスターのままでよかった」
頬を伝うメールの涙をソニーユが指先で拭う。
こうやっていくら悲しみを取り除いても、すぐに溢れてメールを濡らすのだろう。
故にソニーユは、励まし以外の選択肢を試した。
「じゃあ、やめてもいいわ」
「……え?」
「任務も、願いも、思い出も捨てて、本当のあなたに戻っていい。いずれ、時がすべて忘れさせてくれる」
「で、でも」
メールでいてくれと頼んだのは、ソニーユの方である。
亡くなった妹の幻として、側にいてほしいと。
「うん。だけど、あなた自身のことも大事だから。……私のもう一人の妹。不器用で臆病な可愛い子。あなたを不幸にし続けてまで、私は幸福になりたくない」
「……」
「誰も責めないわ。だから、あなたのしたい通りにしていい。安心して日々を歩んでいいの」
優しさは時に無慈悲となる。
したいこと、この先のこと、考えだすと、自分の状況と向き合わざるを得ない。
「酷いですお姉様。いまさら逃げるなんてできないの、わかってるのに」
「ふふ、そう? じゃあ、もう少し頑張らないとね」
メールの精神状態は、まだ素直に頷けるほど回復してはいなかった。
それでもメールは、逃げることだけは絶対にしないと、ララに誓ったのだった。




