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第二一話 メールとレドとララ(その3)

「お姉様、ララちゃんを助けましょう!」


「後ろのやつらを倒すってわけね」


 ソニーユは馬を反転させ、リシアたちへ突っ込んでいった。

 メールとしてはジューンのスパイが気がかりだが、いまはそれどころではない。

 ソニーユは騎乗しながら槍を振るい、聖騎士団と交戦していく。

 相手が複数だろうが馬上だろうが、ソニーユには関係ない。圧倒的な力量で聖騎士団たちを落馬させていく。


 リシアは顔を歪め、レドとララが乗る荷馬車の方を見やった。


「ちっ、私はあっちを追います!」


 数人を引き連れ、リシアはソニーユを無視して荷馬車を追っていく。


「お姉様!」


「待ちなさい!」


 その後ろをソニーユが追走しはじめる。

 仕留めたくてもリシアたちとは距離が空いていて、槍は届きそうにない。


「私も魔法が使えたらよかったわ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 レドの心拍数が爆発的に上昇していく。

 捕まるわけにはいかない。顔を見られるわけにもいかない。

 荷台の火薬を降ろせばもっと速く走れる。いや、むしろ火薬を利用できないか?

 手綱を握る手が汗で濡れていく。


「ルオくんどうしたの? 聖騎士団なら騙せるってさっき……」


「それどころじゃないんだ。メール。あの子が邪魔なんだよ」


「メールちゃんが?」


 メールの正体をこれっぽっちも疑っていないララには、なにがなんだか理解できなかった。

 ただ確かなのは、ルオが非常事態に陥っていること。そして、ルオを守らなければならないということ。


 力になるのだ。


「ララ、馬を頼む!」


「う、うん!」


 レドは馬の操縦をララに任せ、火薬の詰まった樽を一つ後方へ落とした。

 そこへ火球を発射して樽を爆発させるのだ。

 視界は煙で覆われ、馬は爆炎によって怯えるだろう。


「上手くいってくれよ」


 レドは作戦通り火球を放ったが、聖騎士団の前には子供だましの策など通用しなかった。

 煙はリシアたちの強風の魔法によって、呆気なく払われてしまったのである。

 爆炎にしたって、聖騎士団によって調教された馬には意味をなさかった。


「敵になるとこうも厄介か!」


 いっそ、火球発射のタイミングをズラし、リシアたちを爆発で吹っ飛ばせたら確実なのだが、レドの甘さがそれを拒んだ。

 聖騎士団は敵であるが、同時に苦楽を共にした仲間でもある。

 できれば殺したくない。

 レドの本来の役目はジューンのスパイ。聖騎士団たちは利用する駒でしかない。

 わかっているのに、頭では理解しているのに、できないのだ。


「くっ、迷っている場合じゃないのに……」


 聖騎士団はどんどん距離を詰めてくる。

 ララは後ろを気にしながら、前方にも気を配っていた。


 このまま真っ直ぐ進めば海岸にあたる。

 油断すれば海へ落ちてしまうだろう。

 幸い、この辺りの海は深く、岩などの突起物も少ないので、運が悪くない限り死にはしないだろう。


 懸念があるとすれば、海から上がるとき、先回りされてしまうことだ。

 泳いでいるレドとララを横目に、崖沿いを走るのは容易い。


 つまり海へ逃げるなら、聖騎士団の動きも封じなくてはならないのだ。


「……ルオくん、海へ落ちよう」


「だが……」


「大丈夫、私を信じて」


 そう告げたララに、レドは自身の目を疑った。

 天真爛漫でポケーっとしている彼女とは思えぬほど、ララの相好は冷たく、勇ましかった。


 崖の手前で馬が止まらないよう、再度レドが綱を握る。

 さらにできるだけ加速するために、荷車の連結部を外していった。

 加速が足りず真っ逆さまに落ちては、絶壁に打ち付けられるかもしれない。


 ララは馬に「ごめんね」と告げると、レドの背を見つめた。


 正義を唱えた親が異端者として処刑され、妹とも離れ離れになった男。

 復讐だけに人生を捧げた彼を、死なすわけにはいかない。

 争いのない平和な世界で、幸福に満たされてほしい。


 連結が解除された荷車から、レドは馬の背に飛び乗った。


「よしララ、お前も来い!」


 真っ直ぐ、レドが手を差し伸べる。


「急げ!」


 荷車は動力である馬を失い、速度が落ちていく。

 ララは最後にレドを見つめると、強引に笑ってみせた。


「妹ちゃんに、会えるといいね」


「ララ?」


 レドの乗った馬が海岸から飛び出した。


「ララ! ララ!」


 呼びかけも虚しく、レドは海へと落ちていく。


 反対に荷車は慣性がなくなり、完全に停止した。

 取り残されたララは後ろから接近してくるリシアたちの方を振り返り、拳を握る。

 火薬の樽ならたくさん残っている。

 大事な人が守れるなら、勇気なんていくらでも湧いてくるのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 メールとソニーユの瞳が、海岸沿いに残されたララを視認した。

 彼女の周囲を聖騎士団が囲みつつある。

 馬やルオがどうなったのかは知らないが、とにかく追いついてララを守らなくてはならない。


 メールがそう思考した瞬間、荷車はけたたましい轟音と共に爆発した。


「きゃっ」


 思わず瞑ってしまった目を開けると、ララがいた場所は黒く焦げ、周りには吹き飛ばされた人や馬が横たわっているのが見えた。


「うそ……」


 ソニーユが馬を止めた。


「お姉様、なぜ止めるんですか! ララちゃんがあそこに!」


「ダメ。これ以上見ちゃダメよ」


 メールは馬から降りると、ララがいた場所へ走り出した。

 誰のものかもわからぬ手足が転がっている。

 首のない死体や内臓が飛び出ている死体が溢れている。

 息のある者もいるが、気を失っているか死を待っているかのどちらかだ。


「ララちゃん……どこに……」


 爆発の中心部に、黒い塊があった。

 左の手足がない、真っ黒に焦げた塊。

 残っている右足は、メールが何度か目にしたことのある靴を履いていた。


「ララ……ちゃん……」


 胸に耳を当ててみると、奇跡的にも小さな鼓動が聞こえた。


「いま助けます!」


 メールは咄嗟に治癒魔法を発動した。

 背に出現した蝶の羽がララを包む。


「一、二、三!」


 これまで何度も人を救ってきた魔法であったが、


「な、なんで……」


 ララの肉体に変化を起こすことはなかった。

 メールの治癒魔法は、厳密には三秒間だけ生命力を極限まで高める魔法である。

 いくら自己修復能力が強化されようと、たった三秒間では消えかけている命を辛うじて繋ぎ止めることしかできない。


「もう一度……一、二、三! くっ、一、二、三」


 いつの間にか側に立っていたソニーユが、メールの方を優しく叩いた。


「助からないわ」


「助かります! 助けます! 助けられますよ! ララちゃんは素敵で優しい子だから、きっと神様が救ってくださる!!」


 ソニーユは唇を噛み締め、意を決した。


「私をいくらでも恨んでいい。だから急いでここから離れましょう。他の聖騎士団と遭遇する前に」


「一、二、三! 一、二、三!」


「メール!」


 治癒魔法にはリスクがあった。

 三秒以上使用すると、対象の生命力が暴走し、肉体が朽ちてしまうのだ。

 そして、


「あ……」


 ララの体は砂となり、完全に消滅した。

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