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幕間その2 レドとリシアの親友

「あ〜、かったるい」


 レドが聖騎士団に入って数ヶ月、毎朝欠かさず行われる礼拝だけは未だ慣れずにいた。

 神の存在を信じない者からすれば、祈りも、神書を用いた説教も、吐き気がするほどの苦痛でしかない。


 その後に眠気を飛ばせる剣術トレーニングがあるからまだ乗り越えられるが。


 礼拝を済ませ、若い団員たちはソートが待つ聖騎士団本部のグラウンドに集まった。


 ソートが指導する剣術トレーニングは、生まれてきたことを悔やみ親に逆恨みしてしまうほど厳しく、辛く、苦しく、苦しく、苦しく苦しいことで有名であった。


 剣を握る手が血豆だらけになるなど当たり前。腕に生肉を乗せたら瞬く間にこんがり肉になるほど体温が上昇してからが本番である。


 魔法が使える上に銃が普及し始めた時代になんで剣術を鍛えるんだよと、誰しもが必ず文句を垂れる。

 だが結局、体力向上も兼ねているからと反論され、従うしかなくなるわけだ。


 そんなこんなで本日のトレーニングも終わり、レドは息を切らしているリシアに声をかけた。


「リシア、この前話したノーキラの誕生日企画だけどさ」


「……」


「リシア?」


「き、聞こえてるわよ。いいんじゃないの? 好きにやれば」


「あ、うん」


 リシアはご機嫌なナナメなようで、レドはそれ以上言及しなかった。

 だが、実際のところリシアは機嫌が悪いわけではない。

 舞踏会で静かに失恋して以来、レドとの会話に気まずさを感じるようになったのだ。


 いくらアピールしても靡かなかった理由は、彼女がいるからともなれば納得。しかも相手の女の子は明るくてキャピキャピで、一緒にいて楽しいそうな子。

 レドの心を略奪する気はないが、しようとしても敵わなさそうである。


 リシアの好意に気づいていないレドにとっては、そんな悩み知る由もないが。


「じゃあ私、寮に戻るから」


 逃げるように立ち去ろうとしたとき、思わぬ客人がグラウンドに現れた。


「リシア、ご機嫌よう」


「うげっ、フラン!」


 リシアの幼馴染にして自称親友のお嬢様、フラーレンであった。

 派手なピンク色のドレスは、見ていると目が痛くなる。


「なんであんたがここにいんのよ!」


「頑張っている親友を応援しに来たのですわ」


「そうじゃなくて、ここは部外者立ち入り禁止だっての!」


「あら、私こうみえて聖騎士団のスポンサーですのよ? リシアたちが寮で食べている食事の費用は、私の家から出ているといっても過言じゃないですわね」


「え!? そんな制度で賄われてたの!?」


「むしろ来てくださって光栄ですフラン様と感謝してほしいくらいですわ」


「うぎぎ、誰があんたなんかに」


 と悪態をつきつつ、フラーレンの登場は有難かった。

 レドとの嫌な空気を一変させてくれたからである。

 フラーレンはレドに挨拶をすると、彼も軽く会釈をした。


「ごきげんよう。前にもお会いしましたわね」


「確か、ホールースから留学でロットエルに来ているんでしたっけ? ご実家はなにを?」


「父は政治家ですわ。一応、ホールースの最高議長です」


「それって……」


 ホールースの最高権力者である。

 ロットエルの傀儡政権には違いないが、それでも国内での地位は最も高い。

 フラーレンは、言わばホールースの王女様なのだ。

 

「リシア、お前こんな人と親友なんて凄いじゃん」


「親友じゃないっての。親同士が仲良いってだけ。……上から目線の嫌なやつよ。だいたいフラン、あんたいつまでロットエルにいるの? いつ学校卒業するわけ?」


「来年ですわね。でも喜んでくださいな、来年以降もずっとロットエルにいますわ。愛しのリシアちゃん」


 リシアは「うぇ〜」と気持ち悪そうに顔を歪ませた。

 フラーレンは現在帝国学校で神学を学んでいる。権力者の娘だし、卒業後は故郷に根を下ろしてもいいはずだ。

 完全にロットエルの市民になるのかとレドが問うと、フラーレンは自嘲気味に微笑んだ。


「結婚しますの」


 レドとリシアはまったく同時に「えぇ!?」と驚嘆した。


「だ、誰と結婚すんのよ! そんな話してくれなかったじゃない!」


「カラガルム大司教とですわ」


「大司教って……ずいぶんと年が離れた相手じゃない? いつ知り合ったのよ」


「喋ったことすらないですわ。まあ、政略結婚というやつですの。家を守るには、仕方がない」


 リシアは悲しげにフラーレンを見つめると、励ますように手を握った。


「……なにかあったら相談しなさいよ」


 先程まで忌み嫌っていたとは思えぬ気遣い。

 きっとリシアの心の奥底では、フラーレンを親友と認めているのだろう。


 リシアの優しさにフラーレンは少し頬赤らめ、レドの視線と向き合った。

 同時にレドは、自身が哀憫の眼差しを向けていたことに気づく。

 おそらく、フラーレンは知っている。カラガルムの妻になるとどうなるのか。


 カラガルムには数多くの妻がいる。様々な人種の女が集められ、普段は彼の屋敷のメイドとして身も心も奉仕させられる。

 娘が生まれたらシスターとして育て、時折ロットエルの権力者に『売り』、自分の影響力の維持のために利用する。娘たちはそれが当たり前だと洗脳されているので、声を上げる者はいない。


 もし生まれたのが男なら、将来彼の立場を脅かしかねないので、『生まれなかった』ことにされる。


 肉体と精神をすべて吸いつくされ、子供の命すら弄ばれる。カラガルムに嫁ぐとは、そういう地獄へ身を投げることを意味していた。


 気の強いリシアがそんな不遇に怒りを顕にしないのは、単にその秘密を知らないからだろう。

 レドでさえ、調べるのに相当苦労した闇だ。


「フラーレンさん……」


「同情は結構ですわ。それに、正式な結婚は来年。まだまだ、遊び盛りの乙女でいられますのよ?」


「来年、か」


 それまでにロットエルを変えられるだろうか。

 地位を高め、影響力を手に入れられるだろうか。

 出来ることなら彼女を救ってあげたい。


 その気になれば、今日にでもカラガルムに記憶操作の魔法をかけることも不可能ではない。

 しかし、リスクが高すぎる。近衛兵や側近にも魔法を使わなければならないだろうし、そんなに魔法を乱用すれば確実に、レドが記憶操作の魔法を所持していることがバレる。

 そうなればレドは大司教に不敬を働いた犯罪者として裁かれるし、解呪の魔法なんて用意されたらカラガルムの記憶は元に戻ってしまう。


 すぐに行動を起こすのは、無意味に近いのだ。


「でもどうせ結婚するなら、愛しのリシアとがよかったですわね」


「は、はあ!? なに言ってんのバカじゃん!?」


「あら、じゃあわたくしは好きでもない相手と結婚すればいいわけですの?」


「違うけど、違うけど、うぅ〜」


 頭を抱えて唸るリシアに、フラーレンはクスクスと笑い出す。

 どうやらこの二人、実際のところかなり強い絆で結ばれているらしい。

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