幕間その1 メールとリミィ・リミツーの旅
あの双子盗賊を仲間にしてからというもの、二人はちょくちょくメールの屋敷に訪れていた。
というか、ほぼ住み着いている。
指名手配犯だがジューンのメンバーというわけで父も渋々許し、寝床は地下室を貸している。
ちなみに、いまのところ屋敷から高価な物は消えていない。マジギレされないギリギリのラインは心得ているらしい。
「リミィさん、リミツーさん、お昼ごはん持ってきましたよ」
盆に二人分の食事を乗せて、地下室へ降りた。
「ありがとメールちゃん。は〜、っぱでっかい屋敷なだけあって、地下でも居心地がいい〜」
銃の手入れをしていたリミィが、リミツーに同調する。
「蚊ばっかのボロ屋が懐かしいね」
「ね〜。でもリミィの血はまずいから全然吸われなかったじゃん」
「リミツー、体かきむしりすぎて肌汚いよ。恥ずかしいから側にいないで」
「そう? メールちゃん、私の服脱がして肌見てみて」
「ついでに私がメールの肌見てあげるよ。マッサージもしてあげようか?」
「結構です」
盆をテーブルに置くと、二人はガッツいてもぐもぐと咀嚼しだした。
カチャカチャと食器で音をたて、ポロポロ食べ物をこぼし、勢いよく飲んだ飲み物は口から溢れ顎へ垂れてしまっている。
意地汚い。これがあの本の主人公たちなのかと、メールは何度目かの失望をした。
「メールちゃんはさ、恋人いないの?」
「いませんよ。ずっとシス……屋敷に籠もってましたから。お二人こそどうなんですか?」
リミツーがう〜んと考え出す。
「恋人はいないかな〜、貢いでくれる男ならいろんな街にいたけど。でもリミィは正真正銘の恋人たくさんいるよね。無駄に女の子にモテるから」
「無駄じゃないし。メールもどう? 私と付き合う?」
「結構です」
リミィはニヤリと口角を上げ、愛銃の銃口を磨きはじめた。
昔ロットエル人から盗んだマスケット銃で、これで多くの追手や気に入らないやつを殺してきたらしい。
「欲しいの? 私の銃」
「いりません。武器は、苦手です」
メールの返答にリミツーが興味を示した。
「苦手? こんなテロ組織に入ってるのに?」
「私は裏方なので……」
「ふーん。自分の手は汚したくないってわけか」
「そういうわけじゃ……。というか本音を言えば、表立って戦う人たちも武器を持っては欲しくないです。武器なんか捨てて話し合いで解決するなら恨み恨まれもないし、国家人種問わずみんなが平和になれると思うんです」
若干の自信を交えて、メールは語った。
ジューンに入って、メールの世界は広がった。屋敷にある本も片っ端から読んで学び、この理想へとたどり着いたのだ。
誰もが頷くはずの信念。ソニーユに告げたら彼女も素敵だと褒めてくれた。
恥ずかしいので口にしないが、双子の本が思想に影響を与えたことは間違いない。
「はは〜ん、メールちゃんが私らの本が大好きな理由がわかったよ。理想主義者だよね。努力すれば絶対報われるとか思ってそう」
バカにされたような気がして、メールは眉をひそめた。
「いいじゃないですか。たとえ大変な道でも、いつか辿り着けます。止まない雨はないんです!」
「でたよ止まない雨。でもいずれまた雨が降る。何度でも降る。だから人は傘を作ったんだよ。武器ってのは傘と同じ。どうせまた戦争になるから、持ってんの」
「……リミツーさん、あんな素敵な本を書かれているのに、捻くれてます」
「アホみたいに前向きよりかはマシだよ。……ねえ、なんであの小説は嘘で塗り固められているかわかる?」
「面白さを重視してですよね」
「そう。つまり本当の旅は面白いわけでも、盛り上がるわけでも、人の心を打ったり勉強になるもんでもなかったんだよ。あそこに書かれてたことよりもっと痛くて、苦しくて、残酷で、情けなくて、退屈で、かっこ悪い。それが私たちの旅だった」
懐かしむような口調が、リミィの手を止めさせた。
二人して二人だけの世界に入り、遠くを見るような目で過去に浸りだす。
メールはなにか言い返したくて、必死に言葉を探した。
「悪いことしてたから、悲惨な旅になったんじゃないんですか?」
「違う。違うんだよメールちゃん。私たちだって人助けぐらい何度かしたよ。それでもね、かっこいいヒーローになんかなれない。そういうもんなんだよ現実は」
「……」
「メールちゃんは血を流したことないからわからないだろうけど。……私たちが一〇歳でパパが死んで旅を始めた頃、盗賊に襲われてる女の子を見つけたの。この話知ってる?」
「本に書いてありました。お二人で作戦を練って、盗賊を倒して女の子は無事助かったと。私の好きなエピソードです」
「九割嘘。実際は助けようとしたけど返り討ちにあって、私たちは逃げ出した。向こうが追いかけてきたんだけど、そしたらさ、盗賊のやつ躓いて転んで頭打って死んだんだよね。私たちが倒したんじゃない。勝手に死んだの」
「でも、女の子は助かったのは本当じゃないですか!」
「ふふっ、その翌日に蛇に噛まれて死んだ。……そんなことばっかりだったよ。いくら正しいことをしたって、しょうもないことで台無しになるんだ。そんな世界だから私たちは正義なんてとっくに捨てたし、たくさん人を殺してきた。悪いやつも、悪くないやつも」
リミツーが冷たい現実を突きつけたつもりでも、メールにはピンと来なかった。
少女が亡くなったのは残念だけど、善を諦める理由にはならないはずだと、頑なに自分の指針を守った。
それをリミィが察したのか、メールを鼻で笑う。
「子供は経験しなきゃわからないよ、リミツー」
放たれた一言にメールの頭はカッと熱くなったが、また感情的な反論しかできないのでグッと堪えた。
ややふてくされ気味になったメールの手を、リミィが握る。
「でも、メールのことは応援するよ。大丈夫、私が側にいてあげる」
「ククッ、気をつけてねメールちゃん。これ、ただ口説いてるだけだから」
メールは二人といるのが嫌になり、手を振り払って地下室を後にした。
残された双子は互いの顔を見合わせ、同じタイミングで頬をかいた。
「言いすぎちゃったかな、リミィ」
「たぶんね。あぁいう子は自分を否定されると心閉ざしちゃうから。昔のリミツーみたいに」
「そう? 私の方がもっと頭良くて可愛かったけどな。……まあいいや、後で謝りに行こうよ。優しい子に嫌われるのは辛いし」
その晩、二人はメールに謝罪して仲直りを済ませたが、その場のノリでセクハラしまくったら見事にマジギレされて屋敷から追い出されたのだった。




