第十四話 レドとロットエルの悪霊(その1)
双子の悪党、リミィとリミツーの捕獲作戦に参加した聖騎士団は一〇名。
そのうちのソートを覗いた九名が、帯剣をして聖騎士団本部の地下二階トレーニングルームに急遽集められた。
頑丈な壁で囲われ、いくら暴れても建物は壊れることがない。
訓練の際に何度も入室したことのある部屋。だが、一つだけ普段と違う点があった。
地面に大きな魔法陣が描かれているのである。
レドは、不安げに佇むリシアの隣で、なぜ呼び出されたのか推理していた。
おそらく説教。目標を逃した失態を戒めるため。
だが、それにしては妙だ。怒るだけなら、わざわざ地下に集めなくてもいい。それとも、トレーニングルームで行われる伝統的な説教方法でもあるのだろうか。延々と素振りをさせるといった。
ならば、全員に剣を持参させた理由も納得できる。
長考していると、地下一階から入れるトレーニングルームのギャラリー通路に、黒い軍服の男が入ってきた。
聖騎士団ではない。ロットエル軍の男だ。聖騎士団は一応軍部の管轄なので、叱責する権利はある。
下にいるレドたちを見下ろし、男が告げた。
「お前たちに疑いが掛けられている。スパイの容疑だ」
レドが眉を寄せた。
「最近、どうもジューンの動きが速すぎる。先日の指名手配犯捕獲作戦では、君等にしか話していない情報を、ジューンが掴んでいた。おかしいとは思わないかな?」
こうなることぐらいレドは予想していた。問題ない。絶対に自白はしない。
「お前たちの中にいるんだろ? 裏切り者が。誰だ。心当たりがある者でもいい、挙手しろ」
誰も手を挙げず、何も喋らなかった。
重たい沈黙がレドたちの肩に伸し掛かり、気味の悪い汗を背中に流す。
「いいだろう。ならこうしよう。神の名のもとに、仲間の殺害を許す。疑わしい者を殺せ。でなければ君らは永遠にここに閉じ込められることになる」
咄嗟にレドが口を挟んだ。
「お言葉ですが、非効率的ではないですか。一人ひとり尋問する方がマシですし、そもそも、このことを団長は知っているんですか? 第一、俺たちの誰かが裏切り者と断定するには早いと思いますよ。だって……」
「これは上官命令だ。従わないのなら……」
瞬間、床に描かれた魔法陣が光り出す。
それと同時、レドたちは首筋に妙な違和感を覚えた。
なにかに押さえつけられているような感覚。やがてその力は強くなり、喉の器官を僅かに締め付ける。
魔法陣の効果だろうか。対象の首を締める、拷問用の魔法。
「くっ!」
「全員殺すぞ」
「こんなことして、なんの意味が……」
途端、一人の仲間が入り口へ走り出した。
だが扉は開かない。扉には、また別の魔法陣が描かれていた。
「あ、開かない!」
「逃亡には罰則が必要だな」
すると、逃げようとした団員の首がさらに強く締め付けられた。
縄のような跡が首に浮かび、そして、
「かっ……」
口から泡を吹き出したところで、力が緩められる。
あと数秒で窒息死していただろう。団員は涙目で跪き、必死に肺に酸素を取り込んだ。
「次は本当に殺してしまうかもな。ほら、怪しいと思う者を殺せ」
「……こいつ」
男の口角がいやらしくあがる。
「さあどうした? 神は裏切りを許さない。神に逆らうのか? 神の剣たる聖騎士団が。心配するな、間違っていても神は許してくださる。疑わしい者が悪いのだ。さあ、やれ、上官命令だぞ、これは。ん? 苦しくて声が出しづらいか? 大丈夫、人を殺すのに声はいらない」
団員たちが狼狽えだす。
先輩の団員も困惑しているところからして、伝統の説教方法なんかでは決してない。
行き過ぎている。スパイを見つけるために無実の人間の命を奪っていいわけがない。
そもそも、あの男は何者なのか。レドは軍上層部の顔と名前は全員暗記している。あいつこそ、本当に軍人なのか疑わしい。
ノーキラが小声で話しかけてきた。
「なあ、レド。お、俺かもしれない」
「しれない、ってなんだよ」
「俺、寝言酷いだろ? もしかして任務のことを寝言で……」
「大丈夫お前じゃないよ。あとお前の寝言の一〇割は『そんな怒らなくてもいいじゃんリシア』だ」
「だ、だけど、じゃあ誰が裏切り者なんだよ。早くしないと俺たち……」
側にいたリシアが問いかける。
「ねえレド、本当にいるのかしら、スパイ」
「俺も薄々、軍内部にジューンのスパイがいるんじゃないかとは疑っていた。でも俺たちの誰かであると断言はできない。情報は、どこから漏れるかわかったもんじゃないからな。あの指名手配犯捕獲の件だって、双子の居場所を突き止めて軍に知らせた人間や、逮捕は聖騎士団に一任したことを知っている人間が、外部にはいる」
「そ、そうよね」
「あいつを説得できるといいんだが」
こんな馬鹿げだ取り調べで、死人を出すわけにはいかない。
レドは裏切り者であるからこそ、なんとしても皆を護りたかった。
可能な限り、罪もない仲間には死んでほしくないのだ。
五分が経過する。
首を締める力はさらに強まり、鼻での呼吸は難しくなっていた。
すると、
「や、やるしかないのか」
団員の一人が、震える手で鞘から剣を抜いた。
リシアやノーキラと同じレドの同期、クルノであった。
「落ち着けクルノ、落ち着くんだ」
「だけどレド! いるかもしれないんだろ? 俺たちの中にスパイが! 早くしないと死んじまう!」
「だとしても、誰を殺すつもりなんだ。検討はついてないんだろ?」
クルノは恐る恐る、別の団員を見やった。
もちろん無実の団員である。
「クルノ! 待て!」
「じゃあ誰が裏切り者なんだよ!!」
疑いを掛けられた団員も剣を構えた。
「そういうお前がスパイなんじゃないのか、クルノ。そういえばお前、よく一人で何か書いてたな」
「に、日記だ! ただの!」
他の団員たちも、各々の怪しい行動を指摘しだす。
苦痛と緊張に加え、死の恐怖と閉鎖的な空間によって心が蝕まれ、疑いの連鎖を生み出していた。
レドがふと、ギャラリーから見下ろしている男を見やると、悪魔のような笑みを浮かべていた。
まるで動物をイジメる子供のように、ニヤニヤと神経を逆撫でる不愉快な笑い顔であった。
「あいつ、楽しんでやがる!」




