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第十一話 レドとリー・ライラム教(その2)

 レドとリシアは軽く食事をして、ロットエルでも有名な教会へ訪れた。

 大きさこそ他と大差ないが、歴史が古く、何度も補修されて大事に管理されてきたロットエルの大事な遺産である。


 もうじきここで声楽隊による合唱がはじまる。


「思ったより人少ないわね」


「みんな歌より食い気なんだろ」


 それでも、教会の席は信者たちによって埋め尽くされていた。

 最前列だけ空いているが、どうやら着席するのは禁じられているようだ。


 レドたちは壁際に立って待っていると、どこからか歓声があがった。

 声がした方を見やると、品位と豪奢さを感じさせる服を身にまとった、背の小さい少年が教会に入ってきた。

 両隣に近衛兵がいて、後ろには祭服を着た中年の男性と美しいシスターが続いている。

 彼らに集まり挨拶をする信者たちに、少年は笑顔で答えていく。


「皇帝陛下ね」


 レドの目つきが鋭くなった。


「挨拶しに行こうよ、レド」


「いや止そう。陛下たちは純粋に歌を楽しみに来ているんだろう。邪魔しちゃ悪い」


「ふーん。それにしても凄いよね、まだ一二歳でしょ? あのお方」


「凄くもないだろ。なんせ本当の指導者は……」


 レドの視線が、皇帝の背後にいる祭服の中年男性へと移った。


「あの人、カラガルム大司教だ」


 リー・ライラム教の実質的な最高権力者にして、皇帝陛下の腹心。

 外交、内政、すべての政の決定権は、彼にあると断言していい。

 少年皇帝はただの傀儡。ロットエルが行ってきた悪事のほとんどは、彼の指示なのだ。


 さらに、レドが聖騎士団に潜入して手にした情報によると、どうやら大司祭は魔法が使えるようであった。

 送魂の魔法。他人の体に自分の魂を移す能力。

 これによって何百年も生き、その度に大司教となって政権を握っているという噂。


 証拠はない。だがそれが本当ならば、レドにとって彼はーー。


「レド、はじまるよ」


「あ、うん」


 皇帝たちは空けてあった最前列の席に座ると、壇上にいる少年たちの合唱がはじまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 カラガルムの隣の席はまだ空いていた。

 合唱も中盤に差し掛かったところで、音もなく何者かが座る。


「遅かったじゃないか、ソート副団長くん。席を予約していたのに」


「えぇ、あいにく忙しいもので。……教えていただきたいものですね」


「?」


「私より忙しいはずのあなたが、なぜ政務をほったらかして遊んでいるのか」


 一瞬、カラガルムの頬がヒクついた。


「ふふっ、これもまた政務だよ。時には人前に出ないと。戦いしか脳がない集団とは違うのだ」


「悪徳神父による薬物売買の件、いつになったら解決するのやら」


「……」


「免罪符の制度についても」


「そろそろ静かにしたまえ。せっかくの歌声が台無しだ。……第一、そこまで言うなら君もなればいい、司教に」


「あなたが生きている限りは不可能なもので」


 言い終わると同時、ソートは誰にも気づかれず瞬く間にいなくなった。

 残されたカラガルムの拳が、力強く握られる。


「ガキがッ!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕刻、レドはリシアと広場の木陰に腰掛けて、買ったばかりのパンを食べていた。

 デート気分で来ているリシア的には、まだ納得がいく展開は起きていない。

 せめて手を繋ぐぐらいしたいが、どうも、勇気が出ない。


 右手がそわそわする。ちょっとずつちょっとずつ、レドの空いている手に近づけてみるが、触れるにはまだ遠い。


「そういえばノーキラ、風邪治ったかな」


「へ? あぁ、うん。どうでしょうね」


 彼が風邪になったおかげでレドと二人きりになれたのだから、感謝しなくてはならない。


「治ってるといいわね」


 あとちょっと、あと少しで触れる。

 もうちょっとで……。

 その瞬間!


「リシアじゃありませんの」


 ハッと前を向くと同時、リシアはげぇっと顔を歪ませた。


「フラン……」


 ピンク色のドレスを纏ったお嬢様が、強気な目つきで見下ろしていた。

 両隣のメイドも、桃色のメイド服を着ている。


「奇遇ですわね私の親友。こんなところで会えるなんて」


「誰が親友よ。ったく、あんたに会っちゃうなんて最悪」


 レドが耳打ちをしてくる。


「だれ?」


「フラーレン。ホールースのお嬢様よ。勉強留学でロットエルに来ているの」


「そしてリシアの親友、ですわ」


「違うっつの。……私のママがこいつのお母さんと仲良いの。それに軍学校に入る前に通ってた小学校でも同級生だったし、なんだかんだ付き合いが長いってだけ」


「あら寂しいこと言いますわね。昔は幽霊が怖いから一緒に寝ようと甘えてくるぐらい、素直な子だったのに。泣き虫リシア」


「そ、それは言わない約束でしょ! アホフラン!」


 特に二人の関係に興味がないレドの視線が、広場から近い教会へ向いた。


「ん?」


 浮かない顔をしたミクが、小さな教会に入っていくのが見えた。

 疲れているだけなのか。結論づけるのは簡単だが、レドはどうにも気になって、


「リシア、親友さんとお喋りでもしててくれ」


「え、ちょっとレド!」


 ミクを追いかけた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 裏口から教会に侵入すると、ミクと神父と思しき者の会話が聞こえてきた。


 声からして、神父は若い男のようである。


「腹は決まったかね?」


「私は、夫を裏切るような真似はできません。それにこんなの、神が許すはずが……」


「うーん。やはりホールース人なだけあって理解が足りないみたいだねえ。私は神に仕える身。君より神に近く、神のために働いているのだ。そんな私に奉仕することは、神を奉仕することと同じなのだよ?」


「でも……。姦淫は罪です」


「神に仕える者となら許される。むしろ推奨されているくらいだ。それとも君は、異端者なのかな?」


「な! そんな私は!」


「神に逆らう異端者に、我が国で仕事をさせるわけにはいかないな」


 レドの全身を殺意が巡った。

 ライラム教は、昔から何一つ変わっちゃいない。

 かつてレドの腐敗を取り除こうとした父を異端者だと決めつけ処刑したときから、何も。

 正義が、正しさが異端なら、ライラム教になんの価値がある!


 神の名のもとに欲を満たすゴミクズは、生かしておくわけにはいかない。


 レドは殺意のまま、ミクの肩を撫でる若い神父の前に現れた。


「レドくん!」


「な、なんだお前は!」


「パトロール中の聖騎士団です。神父、なにか異常はありませんか?」


 空気がぶち壊され、神父は忌々しそうにミクを突き放した。

 ミクが慌てて去っていくと、神父はわざとレドに聞こえるように舌打ちをする。


「異常などない! お前もさっさと帰れ!」


「えぇ、そうしましょう。立派な神父さん」


 レドが神父の腕を掴んだ。

 殺したい。だが、殺すわけにはいかない。いかなる理由があろうとも、神父殺しは重罪。この教会に入ったことは、リシアやフランが目撃している。

 だったら、


「お前のようなクズは、赤ん坊からやりなおせ」


 記憶操作の魔法が発動する。

 神父の脳が書き換えられ、ほとんどの記憶が削除された。


「あ……う……」


 神父はその場に横たわり、親指をしゃぶり始めた。


「まま……まま……」


 今後この神父は、永遠に無様な姿を晒し続けることになるだろう。

 レドは冷めた目つきで神父を見下ろしながら、決意した。


 神の必要性は認める。だが、やはりリー・ライラム教は腐っている。

 ただロットエルを潰すだけでは意味がない。変えるのだ!

 みんなが安心して、平和に神を信仰できる国へと。


 そのために、権力を手にしてみせる!

 少なくともあの男、カラガルムに接近できるほどの。


「やってやるさ。聖騎士団だろうがジューンだろうが利用して、正義を塗り替えてやる。見ていてくれ、いつかお前も見つけ出すから……ミリアイル」

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