過去編的な#2
実家までの道中、車の中は恐ろしく静かだった。 下手すれば周りにある夜の山よりも静かだと思えるほどの静寂だった。
車に乗っているのは人間3人。この世で最も静寂を嫌う動物が集まっているのに、誰一人声を出さない。
この雰囲気は本場のミュージカルを見た時と似ている、誰もが感動で一瞬時間が止まった様に静かに動かなくなる。
でも実際の今の車の雰囲気はそんな物とは似ても似つかない、とても耐えられた物ではない。 そしてそれが延々と続く。
聞こえてくるのは僕の心臓の鼓動、緊張しているのか先ほどから爆音を鳴らして鳴り止まない。 その音は心なし、演技が終わった後に起こる観客によるスタンディングオベーションの音にも聞こえる。
不意に後部座席に座る彼女を見てみる。
まぁ何とも幸せそうに寝ておられる。 疲れているのだろう家に着くまでは寝かせてあげよう。
「良い彼女だな。」
運転席でこちらも向かず一点を見つめている父が切り出す。
「まぁね。 僕には勿体ないくらいだよ。」
か細く、自信なさげにそう返事した。
「気が利いて、顔が良くて、礼儀もなっている。 本当に、お前には勿体ないよ。」
少し鼻で笑った様に言った父の顔は見たことない様な顔をしている。
口は笑っている形をしているが、目は寂しさを覗かしている。 怒った顔か、無表情の顔しか知らない僕にはそれがとても新鮮に見えて面白かった。
「なんだよそれ、人の彼女の事あんまり言わないでよ。 お母さんに言うよ。」
ずっと前方を見続けている父はそれは困ると言い、笑った。 横からしか見えないけど先ほどの寂しさを見せた笑いではなく心から笑っている様な、そんな笑顔だった。
予想外の父の綺麗な笑顔を見れた事が嬉しくて、僕もまた笑った。
初めて父と楽しい会話をした様な気がした。 まだまだ抜けない余韻を感じながら彼女を起こし、荷物をトランクから下ろす。 父が車を車庫に入れている間に僕たちは玄関に向かう。
「で、どうだった? お義父さんとの楽しい会話は?」
いたずら好きの子供の様にニヤニヤ笑っている彼女を、軽くチョップする。
「もしかして起きてたの?」
眉間にシワを寄せて、彼女をジロっと見る。
「彼女を殴るなんてひどいなぁ。 せっかく人が久しぶりの再会を邪魔しない様にって気を使ってあげたのに。」
頬を膨らませながらあざとく怒る彼女を軽く躱しながら玄関の前に着く。
懐かしい引き戸の扉。 昔何故か怖かった擦りガラスも昔と変わらず残っている。
「昔、すりガラスが怖かった時期があったんだよね。」
ふと思い出した様に、彼女が囁く。 同じ事を考えてた事がおかしくなって、思わず笑ってしまう。
「なんで笑うの? しょうがないじゃん、呪怨みたらトラウマになっちゃったんだもん。」
「いや、ごめんごめん。 同じこと考えてたから、つい笑っちゃった。 僕も昔すりガラスが何故か怖かった時期があったんだよ。」
二人で笑い合っていると、すりガラスの奥で何か動いたのを視界の端っこで見た。
少し驚いて体が少しビクッとなった。
「今なんかいた?」
「どこに?」
「すりガラスの奥」
「嫌だなぁー、多分お義母さんでしょ」
すりガラスの奥の影がゆっくりとこちらに向かって近づいてくる。 それと同時に自分の心臓の音が大きくなる事を感じた。
額から汗が流れてくるが、今は拭くことすらもできないほど向こう側にいる影に釘付けになっていた。 どんどん影が大きくなってきて遂にすぐそこにまで近づいてきた。
その影が近くに来たことで、それが人型である事がわかった。 ごくんっと、固唾をのむ。彼女だけでも守ろうと少し身構える。
ガラッ と引き戸から音がした。 ガラガラという音を立てながらどんどん開いていく。
「あらっ、もう来てたの? 言ってよー、もぉ。」
母だった。