過去編的な#1
今回は過去編的な感じです!
いつだったろうか、どこかの誰かが言っていた。
「何かを得るためには、何かを失わなければならない」と。
悪魔との契約もそのうちなのだろう現に僕は願いを叶える権利を得て寿命と彼女の中にある僕の記憶を失った。
別れは嫌いだった、悲しいから。でも最近になって、存外そんな事はなかったと思い出してきた。去年、父が死んだ時はあんなに悲しかったのに。
きっと僕はわがままなのだろう。だって忘れようと頑張っているのに、君の顔が目蓋の裏に貼ってあるのか、忘れることができない。
たった一度だけしか見たことのない君の泣き顔ですら鮮明に蘇る。
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数年前、たしか3年前だったかな?
「そろそろ挨拶に行きたいんだけど」 映画を観ながらくつろいでいたら彼女がいきなり切り出してきた。
僕は”挨拶”という言葉に嫌な予感がして映画に集中していて、聞こえないフリをした。
親とは数年会ってないし、彼女すら紹介していない。来月行けばいいや、を数年繰り返すうちにだんだん怒られるのが怖くなってきたから。
だから今まで彼女を紹介するということに目を逸らし続けた。
しかし彼女の少し手加減した拳は僕がよそ見をする事を嫌がった、だって僕の頬に直接抗議してきたんだから。
痛かった。ビンタのような表面がヒリヒリする様な痛みではなく、骨が軋む様な体内を破壊されたかの様な痛みだ。
「では、いつになさいましょうか。おじょうさま」
これ以上の反抗はこちらの身が危ないと思い、彼女の前に跪く。彼女がソファに寝転んでいるその下で跪く僕の頭は完全に洗脳されたみたいだ。薄っぺらな言葉が口から逃げ出す。
「そうねぇそれじゃあ。義母様達に、来週末に嫁と挨拶に行くとお伝えしてくださいまし。」
何故か自信満々な顔をしている彼女がそう言った。下から見上げている僕は彼女の凄みに押され、分かりましたと言うしかなかった。
両親は、僕の家からかなり離れている田舎に住んでいた。都会の人に田舎を想像してもらったら多分、その通りの場所だ。
猪も出るし、コンビニはそもそも無い。あるのは昔からあるらしい年寄りの女性が店番をしている雑貨屋だ。
学生達はみんなそこで学校に必要なものや。お菓子などを買っていた。
僕はそんな田舎が嫌いだった。退屈だったから。
川で罠を仕掛けて小魚を捕まえたり、 木にバナナをすりつぶした物を塗り虫取りしたり、 鈴虫が沢山いて夜に大合唱が始まる小さな森の星空がよく見える場所で星を見ていても。
どれも楽しかったが僕には合わなかった。心が踊った事はなかった。
でもある日雑貨屋に本が並んでいた、聞いたことのないタイトルの小説が並んでいた。店番をしている老人に聞いてみると、どうやらここを引っ越すことになった人が小説好きだったらしいが処理に困り雑貨屋に譲ったそうだ。
貰い物を売るわけにもいかないので欲しい人に無料であげるというのだ。小説を読んだことがない僕は興味が湧き1冊だけ貰った、一番タイトルが面白そうな物を選んで。
その日から僕の人生は変わった、簡単に言えば小説にハマってしまったのだ。1週間かけて1冊の小説を読み、週末になると一冊も減っていない小説が入っているダンボールの中から1冊をもらいまた1週間かけて読む。
そんな生活を続けていくうちに雑貨屋の小説が沢山入っていたダンボールの中身はいつの間にか空っぽになっていた。
新しい小説を入荷はできない、と老人は申し訳なさそうに言った。その返事を聞いてもあまり驚かなかった。こんな田舎にやっと入荷しても、買うのが僕だけなのだから当然のことだった。
だから僕は両親に都会に行くと告げた。もちろん大喧嘩した、そんな下らない理由で行かせられないと、何度も怒鳴られた。
でも僕は反対を押し切り田舎をでた、家族を捨てるほど僕は小説の魅力に虜になっていた。そんな事が会ったからか、それ以来田舎には帰っていない。
青春を過ごした土地に戻る。この一文は僕にとっては不安でしかない、大喧嘩して未だ仲直りしていない両親が待ち構えているんだ。
隣に立っている彼女が視界に映る。 体の半分はあるほど大きいトランクケースを側に添え携帯電話で天気予報を確認している、不安とは正反対な表情をしている彼女を見ていたら少し落ち着いた様な気がした。
不意に次の車両が来るという車掌のアナウンスがなる。
遠くからレール通りに走っている新幹線がこちらへ向かってくる、これに乗って僕たちは田舎へ向かう。 途中で乗り換えを何回かしなきゃ行けないけど。
指定されている席に座り、お互いのトランクケースを2人の間に置く。彼女が窓側で僕が通路側。 これは彼女の希望だった。
乗る前に買っておいた明太牛タン丼を昼食に食べる。
牛タンは適度な薄さで切られており辛子明太子と一緒に食べた時の美味しさは空腹の成人男性を止める事はできなかった。口直し用に添えてある大根
の漬物を食べ少し落ち着いた時にはすでに米は無くなっていた。
食後の車内は静かで温かい時間が流れている。自分の目蓋が重くなってくるのに気付いた。
この新幹線は終点まで乗るつもりなので寝ても問題ないがせっかくだから景色を楽しまないといけないと思い、外窓を眺めていようと思ったのだが食後の車内という環境に耐えられなかった彼女は眠っていた。
幸せな時間を邪魔するわけにはいかないと思い、鞄に入れておいた本を手に取る。近頃忙しくて小説を読む時間がなかったから久しぶりに読む。
青春を捨ててまで選んだ小説は今では部屋のダンボールの中に綺麗に並べてある。ちなみに本を片付けている時に気づいたが、雑貨屋に置いてあった本の30%は成人向けの作品だった。
空は真っ暗。灯りは駅の入り口にある、オレンジ色に光る街灯一本だけ。そんな光景を見た僕の心は不思議とっては悲しさに似た胸の苦しさを感じた。
どうしようもなく、駅の入り口付近で立ち尽くしていると遠くから車が来た。車の明かりは眩しく、目を薄めてもまだ明るく輝いていた。
しかしここで野宿はまずいと思い、咄嗟に手を振った。気分はさながら知らない人の車に乗せてもらい目的地に向かうヒッチハイクだった。
すると幸運なことにその車は止まってくれた。僕と彼女は目を合わせ少し悩んだが夏とはいえこんな田舎では他に頼るものがない、意を決して僕は車に近づいた。
かなり古い車、車には詳しくはないけどそれだけは分かる。運転席は暗くてよく見えない、運転手に荷物があるけど大丈夫かと問うと。後ろのトランクを開けてくれた。
親切な人だと少し安心し、2人分のトランクケースを入れる。しかしトランクケースは車のトランクにギリギリ入るくらいで二つも入るスペースはなかった。
てこずっていると、運転手が車から出てくる。どうやら手伝ってくれる様だ。すいません、と一言手間をかけたこと、それと乗せてくれたことにお礼を言った。
運転手の顔は暗闇から車の明かりで段々照らされていった。その顔にはどこか見覚えがあった。少し老けているけど間違いはない、それは僕の父親だった。
多分次で過去編は終わると思います。