1号:死んでたかる宴
長い時間の中で産まれ、それが奇形でないと誰が断ぜよう、誰が最優と言えよう。それでも居てしまうのだ、立って、しまうのである。
凍る荒野、凍る死体、サーベルを抜いた騎兵が軍馬と運命を共にして、砲弾が土とも氷ともつかないツブテを投げる。馬車のようにガタゴトと車輪を回しているのは野砲で、銃を背負った兵隊は一心不乱に走り、その様は将棋の駒が動いているようでしかない。諸々の銃、あるいは連弩なる引き弓よりは多少銃よりのものが、鏃がガシャリ、ガシャリと、カラクリを前後に動かし飛ばした。お前もまた有耶無耶の兵隊だろう。凍ることも、砲弾で腹わたを出すこともなく、いまだに生きて熱を持つ歩く体がある。しぶとい兵隊、兵士、生き残れる独りだ。だが……孤独な独り、行き場所のない彷徨い。
お前は声を聞くだろう。泥と煤の雲に汚されながら「負けるな兵隊ども! 負けるなお前達! 私はここにいるぞ、ここで旗を振っているぞ、私を目指すんだー!」旗持ちが、御旗を銃弾で穴だらけにしながらも、土煙の中で遮られた薄暗さの中で、お前の国のあるいは泡末の勢力の国旗を振って存在を証明している。声は張られ、勇敢は形となって倒れない。言葉が違う兵隊が、言葉の同じ兵隊に襲いかかって銃を撃ち四肢の骨肉が千切れ、長剣が振るわれ脳天の頭蓋が割れ胸が潰れた。戦場に立っている。臓腑と目玉に脳漿が干からび、また濡らす乾くことのない永遠の闘争の中でお前は生き残ってきたが、どうあれこの戦いで死ぬのが定めなのだ。見よ、腐肉にたかる蝿のごとく戦乙女達の死体漁りが始まろうとしている。曇天を引き裂き、降り注ぐ光柱を見よ、死者を喰らうだろう。
もしーー何物をも持たない始まりの存在であれば、お前はお前の運命ともいうべき盤上にこれから乗るのだろう。目覚めるために眠るように、始まるために終わるように、生きるためには死なねばならない。見ろ、お前の体はなんだ。何者でもない、かつて何であろうが今は影だ。影はまだ起き上がれない。肉と血が必要であり、それを覆うものが必要だろう。お前を打ち倒した最後が、あるいはもう一人のお前だ。
もしーー銃で撃たれ死ねば、お前は銃を撃つ存在だろう。連弩(K1T1E0)、マスケット(K2T1E1)、ゲベール(K2T2E1)、シカゴタイプライター(K2T1E0)、サンプガン(K0T0E5)貴様の体の肉と骨は何に貫かれたのだろう。銃は離れていても届く槍のような武器だろう。だがそれは決して、肌が触れる戦いで使えないことを意味しない。銃……手に握っていた物は決して離すことはなかったはずだ。例え死んだとしてもだ。それは唯一、お前がお前であると証明するものなのだ。
もしーー刀槍に貫かれ斬られたなら、刀槍の得物を使うだろう。石槍(K1T1E0)、打刀(K1T0E0)、手裏剣(K1T1E0)、ハルバード(K2T2E0)、パイク(K1T2E0)。お前は何に肉を裂かれたのだろう。古今と通じる概念、それは勇気の象徴だった。古ぼけているかもしれないが、銃弾よりも遥かに重い死を振るい扱う、勇者達の武器であり、それは勇気あるものだけが使っていたのだろう。だがお前は勇者、あるいは勇者ではないだろう。ただ自身を証明する為だけにそれは振るわれた筈だ。いついかなる場所でも、時でも、決して変わることはない。
もしーー鋼鉄の鎧を着込み、あるいは動力炉を背負い、不可思議な武器を持つものに討たれたなら、そういう者だったのだ。フルプレートアーマー(Y5)、レザーアーマー(Y3)、チェーンメイル(Y4)、ボディアーマー(Y5)、スケラーメイル(Y2)。お前を守っていた、あるいは敵を守っていたそれは何だったろうか。お前を守っていた鋼は、敵から幾度となく守ってきただろう。お前は臆病だ、古の勇者のように素肌を裂かれることを恐れはしないだろうが、よくも思わない。ただ着なくてもよい。例え最後の瞬間を迎えようとも、既に貴様の魂の一角と言って良いほどによく馴染むだろう。
ともあれ、なにあれ、お前は死ぬ。抗いようもなく、確実な定めとして普遍的に。ただ……お前にも物語を紡ぐ力くらいはあるのだ。それは残されたお前であり、あるいは分身だが……運命、お前にもわかりやすい形ならダイスを一つ転がして見れば、それがお前の物語力だろう。あらゆる場所で物語力が試される。運命は加減されるが、お前のもつ物語力は余程がなければ不変だろう。さぁ、もう休め、今一度目覚めるために……お前は瞳を閉じる。
閉じた瞳が開かれ、死後の貴様を迎えるのは、貴様という兵隊を決して拒絶はしないだろう宴、戦死者の晩餐、戦死記念日と奇怪な、そして鼻と舌を空気を越えてくすぐる国際色豊かな料理の数々!「食え食え! 素晴らしい料理だ、よく食べよく寝る男は強い。そして俺は強い、俺は食いまくるぞ」ガツガツと皿のスープを食う男、ライフルマンは、胸に擲弾のような爆発物をぶら下げた緑の服だ。黒い銃を脇において、つるりとした鉄兜には網がかかり、その中の青い瞳は食べ物を探している。行儀が悪く、粗野な印象を受ける。だが腹が減っているのは貴様も同じだ。土に汚れた爪、凍り腐った指、あるいは肉が削げた手が、好みの料理を選ぶだろう。大理石のテーブルから何を選ぶか、何を見たのかは、貴様の好みだが、およそ望むもの全てがそこにはあるだろう。
もしーー大理石のテーブルに並ぶ、銀細工美しい鍋に入ったスープを食べるならライフルマン、緑の衣服に黒い銃の男に捕まる。「腹一杯食えて素晴らしい。だがスープなんて飲まずに肉を食え、肉」ライフルマンが獣の肉付き肋骨を勧める。香辛料の辛い、刺激的な胡椒が芳香に混じっている。「お前も英雄じゃないな! 英雄て器じゃない」ライフルマンの言葉には棘が多いが、軽蔑はない。生来で口の悪い男のようだ。貴方はスープを食べる。そして勿論、このライフルマンが薦めた肋骨の肉も。わはは、笑いながらライフルマンは、喜怒哀楽が激しい印象を残しながら、肉を千切り始めた。貴様がこれを食わない理由はないだろう。【ライフルマン】物語力3、ブラックライフル(K3T2E1)、フラックアーマー(Y5S5)、標準人型1(A1M1K1W2)
死後、あるいは今、それは貴様が思っているような審判や天秤もなく、生きていた頃と驚くほど似ていると感じるだろう。事実、その通りだと考え想像していい。考えうるものがあり、考えられないものまでもが香ることだろう。ただ、そこに神がいないということだけは注意書きさせてくれ。「クソッタレな神さん! どうか美女に腰振る前に死んでくれればどれだけ世界が平和だろうか!」ライフルマンが指でいびつな十字を切っている。少なくともこれの存在を見れば、神の都合に良い場ではないと感じるだろう。戦いとは神の思し召しでやるものではない。
冷たい大理石で作られた長いテーブルには、色とりどりの料理が並ぶが、それを囲う顔触れの雰囲気もまたこれに勝る異様といってもよい。大理のテーブルには武器を、戦うもので飾る人間あるいは人外であふれている。貴様は何者なのだ、とは一度は考えないだろうか。武器を持てる勇敢な者であったほうが、賢いこともある。心せよ、逃げることはもう許されること、あまりにも少ないということに。ハンマーウォッチ、それを許すな。
貴様はこの宴に特別な異質を感じない。例え、石斧に毛皮の原始人がいて、フルプレートにメイスのナイトが馬を連れていて、大太刀と酒を両手にがぶ飲みする武士が同じ席にいてもだ。ただ、もしかしたらだが、長い耳や明らかに子供のような身長で樽のような筋肉達磨、首が転がっているのに愉快に笑う連中を見ると少し、自分の目を疑うかもしれない。それらは人間ではないだろう。伝承から飛び出してきた人間か、あるいは貴様の世界では普通の光景だろうか。貴様は迷子だ。迷子であれば迷いしかなくて当然であり、異常とは日常なのである。
もしーーライフルマンと縁があれば、これらが幻か何かで疑問を感じたなら、彼の口の紐は決して固いものではない。「エルフ、ドワーフ、デュラハン。まるで御伽の国だ。血生臭いシンデレラもどこかにいるのかもな。七人の小人はきっと、カボチャの戦車でやってくる。シンデレラは大排気量のバイクかもしれない。ヘヴィだ」貴様が想像したシンデレラはファンキーでやんちゃそうなお嬢様だろう。残念ながらこの宴には、ドレス姿の姫はいなかった。もしーーライフルマンと話しを広げるなら、彼に一歩近づき、「俺はエルフの姉ちゃんがいないか探したんだが、残念だ。筋肉マッチョマンばっかりだ」と肩をすくめる姿を見るだろう。
談笑のなかで耳を澄ませば、ふと、硝子を鳴らすような音を貴様は聞く。それはやかましい連中の中でも澄み、閉ざされていた真鍮と鉄の扉、そこから表れたのは扇情的な、幻想から浮かびあがる妖精のような、薄い生地の衣服が豊かな四肢を写し、重厚な兜から覗く唇と鋭い瞳、そして死者のような冷徹な肌色、美しいと言えば美しく、恐ろしいと言えば恐ろしい女達が酌をするためか、誰もの隣に足を運ぶ。
隣にいた輩が鎧を揺らしながら掠れた声で「なんて美人なんだ。おっぱいが大きく、尻もデカイ。我が子供を産んでくれないものか」赤い外套に、兜、青銅の短い槍と丸い盾、脛当て以外は焼けた肌の裸を、下半身の逸物を、ボサボサの髭を揺らした。貴様は戦士か変人、あるいは両方の男を無視した。ともあれ美女、あるいは美幼女の美しさに貴様も目と心を奪われる。理想と思える女が貴様と目を合わせれば運命というものを感じるかも知れない。【ホプリテス】物語力3、サリッサ(K1T3E0)、自弁の鎧(Y4S5)、標準人型1(A1M1K1W2)
もしーー丸い盾の重装兵ホプリテスの意見に同意するのなら「同士よ!」と受け入れられる。背中もビシバシ叩かれるだろう。ところでと丸い盾の重装兵は質問を重ねた。「おっぱいはデカイほうが好きか?」もしーー肯定なら、この重装兵に一歩傾く。「デカイ尻は正義だよな」もしーー肯定なら、さらにこのホプリテスに傾く。もし、貴様が二歩以上このホプリテスに寄っていれば、次の質問をされる。「本当に美しいな」もしーー肯定ならば、三歩めに迷いはないだろう。貴様は【乙女に惚れた男】の称号を獲る。知るは強しだ。
優雅な女達が大理石のテーブルで酌をしたり、話したり、またそれを巡って喧嘩があったり、血が飛び、貴様は乙女らに鼻を伸ばすだろうか。一方では寡黙な男達もまたいる。お調子者とは真逆を生きてきたような連中だ。もしかしたら他人という存在を嫌悪しているかもしれないが、そうでないことを祈ろう。許された居場所なのだから。
もしーー貴様が乙女の奉仕に戸惑っていれば、ふと、髭もじゃのヴァイキングと目があうだろう。この親切な海賊農夫は「戦乙女だ。神話を聞いたことはあるか? だが俺達はエインヘリアルにはなれない」貴様はそんな声を聞く。柄の長い鉄の戦斧を手にした毛皮の男からは、かすかに海の死骸の臭いがした。潮臭い。肌は太陽にだけ焼かれたわけではないのだろう、炎の傷が顔をただれさせ、おそらくは服の下も。貴様に恐怖心はない。だがもしーーこの『歴戦』に敬意を払えば、ヴァイキングの心象は和らぐだろう。【ヴァイキング】物語力3、ウォーアックス(K3T0E0)、軽い鉄鎧(Y3S5)、標準人型1(A1M1K1W2)
奇妙な万国博覧会だ。
……そして貴様は聞いたろう。宴の喧騒でも届く、それを! 何故ならばそれこそが貴様が意識するべき概念なのだ。鉄と真鍮で作られた美しい扉が開け放たれ流れ込んできたのは、兵隊の一団! それは子供のように小さく、重い胸甲を着込み長い槍の刃を手繰り伸ばす、宴の喧騒を引き裂く、耳の長い小鬼のごとき集団! 有無や誰何なんて意味はなく、ただ戦えと言わんばかりに放られた槍がスープの入った純銀の鍋をひっくり返した。ライフルを持つもの達の叫びで可哀想な料理が跳ね飛ばされ、巨大な機巧に皿ごと叩き割られ、それは手動で回されるといくつもの銃身がひとかたまりに纏まったものを、ぐるりと回して鉛弾を吐いて見せ……友を乗り越えた『敵』が来る!
運命を試すときがきたぞ、ハンマーウォッチ。物語力にダイスの目を足して相手よりも上回れば、近い順にKTEの距離に応じた傷を、上回った側は負わせられる。離れても近づいてもいいが、行動は何か一回だけだろう。つまり一番初めに適応される傷はEからだ。Yを削れば都度、致命表にも同じ数チェックし、各致命の数字が0を割ったとき、部位は破壊され能力を低下、あるいは失う。
【ゴブリンの重装歩兵】鉄製重装歩兵に準じた装備を揃えている。小さな体に、ギザギザの耳、棘のある歯は人型ではあるが獣の雰囲気をもつ。だが、瞳に宿した輝きは下賤で下等とは遥かに程遠いだろう! 物語力2、黒青銅の長槍(K2T1E0)、黒青銅の鎧(Y5H3)、標準人型1(A1M1K1W2)美しい隊列を組み、恐怖からでも、間抜けな盲信でもなく柔軟な知性をもつ強兵が陣を作りーー迫る。
もしーーゴブリンの重装歩兵のA値を完全に削れば「俺様の目が⁉︎ くそー、何も見えない、何も!」強い衝撃が兜にヒビを走らせ皮を裂く。肉に埋まる血管が傷つき、流れた血が目を塞いでいる! このゴブリンの視界は著しく狭まり、判定に-2だ。
もしーーゴブリンの重装歩兵のM値を完全に削れば「ごふ、ごごご‼︎」溢れる血が肺を沈め、口からとめどない。長くは持たないだろう。時間とともに肺を満たす血は増えることはあっても引くことはない。出血は激しく、ゴブリンは自身の時間がくるたびに3点の傷を流すだろう。
もしーーゴブリンの重装歩兵のK値を完全に削れば「まだやれる、例え脚が動かなくても、この! この!」砕かれ屈した膝から動かず武器を振り回す。ゴブリンを狙った殺しは、これを外さないだろう。
もしーーゴブリンの重装歩兵のW値を完全に削れば「なんだと⁉︎ 誰か代わりの武器をくれ!」武器を失い予備を抜く、あるいは周囲のものを手当たり次第に掴み投げるはずだ。
もしーーゴブリンの重装歩兵にとどめを刺したのであれば、これを見る戦乙女から小さな拍手と、ささやかな視線を受けることだろう。勝利だ。貴様は少なくとも乙女の視線を1つ持っている。
敵味方の血溜まりの宴で、魔法のローストチキンがバタバタと、カリカリに焼かれた皮にフォークを刺されたまま逃げていく。貴様はローストチキンを捕まえてかぶりつく。胃袋と体力は直結され、食っていれば傷は埋まる。「おかわりだ。たらふく食えるぞ」「ん⁉︎ デカイ足音ーーおい、おいおい‼︎ 冗談か⁉︎ 現実か⁉︎」「現実だ馬鹿野郎‼︎」巨大な真鍮の扉、そのギリギリの体格の巨人が腰に巻いた鎖を解きながら押し入ってきた。距離は離れていたーー瞬間、料理の並ぶ大理石の、長いテーブルは2つと割られた。障害物としての大理石のテーブルは消え、代わりに投げられる破片の石が転がる。空気を裂く音、鎖が振られたと理解するのに時間はかからないだろう。さぁ、おかわりといこう。
【鎖使うトロル】鎖を振り回し、同じ距離に並ぶ2人程度は纏めて骨を砕く。物語力3、輝く鎖(K2T2E3)、肉着る体(Y0H9)、標準人型2(A1M2K2W2)鎖使うトロルはなるほど巨大だ。だが決して倒せない敵ではなく、その体に鎧はない。どのような傷もこれにとっては深く刺さりえるだろう。倒れる前に攻撃を集中して倒すのだ。
もしーー鎖使うトロルのA値を無くせば、呻きとともに「おでの頭をよくも……だが、おでの頭は硬いぞ」トロルは頭を砕いた傷をものともしない獣性で暴れる。だがその血は深くから流れ、朦朧させ、トロルの判定に-2だ。
もしーー鎖使うトロルのM値を無くせば、穿たれた穴から噴水のように血を撒き散らし「うおぉっ‼︎」脚が滑るほどの血溜まりが体力を奪う、しかしまだ塞がらない。トロルは-3の傷を負い続けてしまうだろう。
もしーー鎖使うトロルのK値を無くせば、山を崩したような轟音と巨体が倒れる。闘志はいまだ燃え続けているが、もはやこれでは躱せないだろう。
もしーー鎖使うトロルのW値を無くせば、暫し呆然としながらも拳を握るだろう。トロルの拳に遠くの敵を纏めて打ちのめす力はないが、それでも極近距離Kなら板金鎧を一撃で破壊し、2人を宙に浮かべるぞ。
もしーー鎖使うトロルを打ち倒すことに成功すれば、乙女の溜め息と燃える視線を得られる。それは肌をチリチリと焼くものであり、貴様には痛みを感じる視線だ。もしーー貴様がゴブリンの重装歩兵を打ち倒していれば、乙女の視線を2、得ていることになるだろう。
貴様は、床に転がる、油で揚げられた小粒の芋を頬張るだろうか。戦乙女が遠巻きに宴を見ていた。流血騒ぎにはそよかぜほども動じず、冷たい炎の瞳は凍りついたように見ていた。貴様はまだ、終わってはいないということを確信すれば、得物を濡らした血脂を拭くべきだ。「見たか、怪物だぞ、小さい怪物だった。たぶんそこの長耳の弓と同じ世界だ。間違いない」わはー、と興奮を抑えきれない獰猛な兵士達に、理解不能という言葉が辞書にはないのだ。敵だ、ぶっ倒せ! たったそれだけの単純な理論があるのだから何を迷う?
腹の内から突き上げられるーー何か。弾倉を交換する、刃の血をぬぐう、火薬を銃身に流しこむ、しかし全員がピクリと聞いたときには、それは真鍮の扉を、それだけでは足りずに壁を破壊して貴様の眼前に姿をあらわす。「おい、ドラゴンスレイヤーなんて英雄様はこの中にいると思うか?」まさか首を縦に振る兵隊はいないだろう。貴様とその他は兵隊であれ勇者ではない。燃える風を身に纏い、古今東西を震撼させる竜という超越個体が胸と翼を広げ膨れて見せるだろう。それは火を吹いて熱を伝え、それは翼を振るい王者の旋風を起こす!
【目腐れ竜】飛ぶものだが狭い部屋の中では長柄が届く高さにしか飛べない巨体だ。物語力4、竜の四肢(K3T3E0)、熱い鱗(Y5H9)、標準異形1(A1M1W3Z1)炎の息吹は全体に1点の火傷だ。竜の好みは焼け焦げた炭を爪で砕くこと。炎の息吹と竜の肉体は大きな脅威であるが、貴様らはこれに打ち勝たなければならない。
もしーー目腐れ竜のA値を破壊すれば「小癪なチビどもめ忌々しい」頭蓋が砕けたろう。だが竜なのだ。震える思考に-2だ。
もしーー目腐れ竜のM値を破壊すれば「油断したな、俺の心臓はまだ止まっていないぞ、そして貴様らを殺し尽くすに充分なのだ‼︎」竜の手がくるたびに傷を2広げる。
もしーー目腐れ竜のW値を破壊すれば「自慢の翼をよくもやってくれたな!」引き裂かれた翼に、竜は地へと落ちるだろう。もはやどんな武器もその刃を届けることは不可能ではない。
もしーー目腐れ竜のZ値を破壊すれば「まだだ、まだ、まだ戦えるぞ。爪も牙も尾もあるのだから」傷から炎を吹きながら、竜は咆哮と牙を向けるだろう。だがもう竜の口から火炎が噴くことはない。竜の息吹は消失する。
もしーー目腐れ竜、この巨獣を果てさせた強者であったのなら、栄光の『予測』を讃える歓待を受けるに値する存在であると疑う余地はない。ただまあ、目腐れ竜を倒した程度で乙女の視線を全て総受けとはいかず、もう1つばかし、貴様への興味を持たされた悪戯好きそうな乙女の瞳が増えたくらいだ。
勝利には祝福を、悪い気になってくれないとよいのだが……。
戦乙女らが優雅な姿で、しかし死体を踏み砕き流血をどこか楽しみながら兵隊をねぎらう。手に、手に、壮麗な槍を手にして。「美しい死だ。美しい戦だ。美しい悲鳴だ。次は我らが貴様らの臓腑を試してやろう」壮麗な死が迫る。乙女と油断がどうしてできるだろう。肉は大したこともないだろう。非力で華奢そのもの……しかし兵隊が見る真実の幻影は、どんな巨人よりも威圧的に両手を広げ、自身らの胸を二つに斬り飛ばし、頭蓋から尻まで両断するだろう超越者なのだ。自然、足が後ろへと逃げた。心臓の音が届くほどの静寂に、かつん、それは戦乙女の持つ壮麗な槍の石突が床を打った音だった。音は澄み、不自然なまでにこの部屋の中で反響した。覚悟を決めるべきだ。でなければ戦乙女達は見初めた相手であろうとも、一切の容赦なくその魂を消し炭にするだろう。
【死にたかる蝿】……勝ち目はないぞ。物語力5、羽の槍(K5T5E5)、羽の戦鎧(Y9H9)、標準人型3(A1M3K3W2)死にたかる蝿はまさか本気ではない。傷だらけの体で四肢を切り飛ばされようとも、少なくともすぐさま死ぬことはないはず。ただ決して折れない不屈さが折れれば、彼女らの容赦は消えてしまう。
もしーー全ての鎧、全ての力を失っていれば、貴様は抗いようもなく死骸と変わり果てる。貴様の開いたままの瞳が見る世界は、泥と血に溺れた、蝿さえ見捨てた骸に還ることだろう。もしーー戦乙女、そのただ1つの視線でも引いていさえすれば、貴様は抱擁を受ける。同じ戦乙女の一撃程度であれば、もし、があるだろう。ただ、貴様はその祝福はわからないかも知れない。死骸に還る『幻視』の中で、『この先』に時間を進めることもできるぞ。
もしーーたったの一撃を『感じた』瞬間、たったのそれだけで貴様は得物で防ごうと本能が体を動かした。ふと、見れば死にたかる蝿のもつ武器、羽の槍、その刃が沿っている。じわりと力が加わり、それだけで決して躱せない、反らせない、ただただ、圧され、膝が折れ、貴様のもつ得物は鎖骨へと当たり、諸共に食い込むだろう。否が応でも何もなく、ただ……圧されるのだ。
避けられない死。しかし一撃を生き残ったのであれば、貴様は戦乙女に気に入られた一人になっていることだろう。だが気位の高い戦乙女は、正当な自分というものを主張できる男にしか興味がなさそうだ。好きな戦乙女に取り入る、女に浅はかみたいな行動は見苦しいだろうか。だがそれも、自分という存在を確かめる手段であるし、貴様が貴様であるのだと主張したければ、なにかがいるものだ。貴様を見ている戦乙女が気の強そうな女であれば、そして貴様の心も惹かれていれば前へ現れるだろう。不思議な瞳で、見下しているようであり、羨望であり、期待が見えるはずだ。
もしーー貴様を見初める戦乙女がすでに1人でもいるのならば、貴様は幸福と言える。戦乙女との三角関係の当事者になれるのだ。まあ気のすることはない。2人以上に見初められるとは、それだけ名誉なことだ。名誉、なんと甘美な言葉だろうか! 貴様は【死にたかられる寵愛】を刻む。戦いと女、誉れかどうかはわからないが、かけがえなく、そして理性が宿る旧時代から続く本質であろう。何故ならば美女は美しく、戦いは尊い。
貴様達はその押し出された現実の中で死んだのだが、存在を否定される者はいないだろう。生きてきた時間、戦ってきた選択、その全てを、感じたものがありのままいられる場所に座れるのだ。戦乙女の何人かが、槍で床を突いている姿を見たからだ。すると魔法が起きた。死体を晒していた怪物達の肉と骨が動き、死体が死体ではなくなり動き始めたのだ! ここでは死は終わりではないのだ。戦乙女達には『余興』で死体を使い捨てる趣味はないらしい。次々と打ち倒された者達が、眠りから覚めたばかりのようにまどろみを振り千切る
戦乙女が笑う。微笑み、それはーー死神だった。……ともあれ宴の再開だ。血を流したのだ、腹が減って仕方がないだろう。傷、あるいはそれは確かに己がそこにはいたのだという自慢話が花開く。ここには希代の英雄がいないのだ。いるのは兵士で戦士、あるいは勇気を見せられる平凡な勇者のみ。「果てに行けない兵士諸兄」戦乙女を交えた宴の席は、少し静かに、しかしより熱を胸に秘めて閉幕が降り始めている。「決して終わらない戦いと勇気に祝福を……乾杯!」
もしーー【死にたかられる寵愛】と【乙女に惚れた男】を踏んだなら、貴様は戦乙女の無数の腕に引かれることだろう。また貴様もその手を拒まない。相思相愛で羨ましいな。貴様は死に愛され、それは奪われることを意味せず、おのずと道を示しているはずだ。乙女の細腕だが、引き千切られないように鍛えるこれからを期待しよう。持ち物に【死にたかる蝿達】を入れるのか……幸運、になるのか?
貴様は宴から少し距離を置く、奥手で奥ゆかしい心の持ち主かもしれないな。だがそんな貴様を、独り寂しくなんて贅沢は断じて許されない! 生き返った生き延びた、のであるかなどと意味のない質問は捨てて、そこにいる全てが貴様もそして全員を尊重する。勇敢なものだと、肩を並べて、共に立つ。貴様は独りではなく、受け入れられるべき存在だ。例え、戦いしか知らなくても……貴様は祝福された。
感想を待っていますね。
ハンマーウォッチはいつだって独りであります。しかし余人と変わらぬ指先と、変わらぬ誓いを、変わらぬ心でそこにいます。