9話 勇者
「うーん……それにしても」
大して強くない……それどころか弱いと断言してもいい相手に、なぜ二人は苦戦したのだろう?
よくよく考えてみると、俺の認識がズレている気がしてきた。
もしかして、この世界の人たちは1000年前と比べて弱いのだろうか?
だとしたら、ますます俺は自重しないといけない。
うっかり本気なんて出したら、とんでもなく目立つことになってしまう。
時間を作り、この時代の人の力を確かめなければいけないな。
でも、今は後回しだ。
ロルム第二王女の件を解決しないといけない。
「おっ?」
別室で暗殺者たちの尋問をしていた姫さまとスフィアが戻ってきた。
無事に情報を得られ……たというわりには、なんだか暗い顔をしている。
「どうしたんですか?」
「……情報を得られたわ」
姫さまは淡々と言う。
感情がまるで込められていない声で、淡々と言う。
「連中は、この国の裏社会で生きるもの。その名を知らない者はいないと言われている暗殺者集団……『死の誘い』のメンバーよ」
「自白は?」
「スフィアが手伝ってくれたから、簡単だったわ」
「あ、あの……私、そういう魔法も使えるので……でも……」
なぜかスフィアが落ち込んでいた。
どうしたんだろう?
「ロルム姉さまの指示、って自白したわ。他にも、指示書などの証拠品も得た。これらを提出すれば、ロルム姉さまは罰を受けるわ。これでこの事件はおしまいよ」
「そっか。なら、よかったです」
「……そうね」
「で……行動を起こす前に一つ、聞きたいんですけど」
「……なに?」
「どうして、そんなにも悲しそうにしているんですか?」
一瞬、姫さまの顔が歪む。
今にも泣き出しそうな子供のように……
「悲しそうになんて……していないわ」
「ウソですね」
「っ」
「俺は、姫さまが今にも泣き出してしまいそうに見えます。それだけの悲しみを感じているように見えます。どうしてなのか……教えてくれませんか?」
「……姉なのよ」
ぽろりと、姫さまの瞳から涙がこぼれた。
それと同時に、隠しておきたいであろう本心もこぼれていく。
「わがままで、傲慢で、ひどい性格をしているけど……それでも、あたしにとっては家族なのよ。姉なのよ。それなのに……あんな暗殺者を雇うほどに、あたしのことを疎んでいるなんて……そんなことってないじゃない……ひどい、ひどいよ……」
「……すみません。つまらないことを聞きました」
涙を流す姫さまは、子供のように儚く見えて……
なにかせずにはいられなくて……
思わず抱きしめてしまう。
姫さまは怒ることはない。
ただ、拠り所を見つけた漂流者のように、俺を抱きしめ返した。
「……もうちょっとだけ、このままでいて。これ、王女命令だから」
「わかりました。いくらでもどうぞ」
「うっ……くぅ、うううぅ……姉さま、姉さま……!」
俺の胸に顔を埋めて震える姫さまを、そっと抱きしめ続けた。
――――――――――
「……今のことは忘れなさい」
ほどなくして泣き止み……
目を赤くした姫さまは俺から離れて、そんなことを言った。
「わかりました」
「……」
「どうしたんですか? キョトンとして」
「いえ……あんたのことだから、泣いている姫さまもかわいいですね、とか言うのかと思って」
「さすがに、そんなことは言いませんよ」
思いはしたけれど、さすがに思いやりに欠けた言葉だ。
それくらいの空気は読める。
なら、どうしてやらかすの? と問われると、非常に困るのだけど……
「姫さま。これからどうしますか?」
「……」
「証拠は手に入れました。なら、あとは動くだけですが……」
「もちろん動くわ」
姫さまは迷いのない瞳で、きっぱりと言い切る。
「姉さまにある程度の情を抱いていたことは事実よ。これは、あたしの弱さ。あたしは弱さを切り捨てて、強くなるわ」
「それは弱さじゃないと思いますよ。姫さまの優しさです」
「……ありがと」
姫さまはやわらかく笑い……
すぐに表情を引き締める。
「でも、やっぱりあたしの弱さよ。家族なんだから、もしかしたら考え直してくれるかも、ってどこかで期待してた。決断を先延ばしにしていた。その結果が……これだもの。もう遠慮しない。姉さまを落とす」
「姫さまっ、わ、私もお手伝いします! た、大したことはできないかもしれませんが……それでも、姫さまのお供をします!」
「ありがとう、スフィア。あんたは……」
「もちろん、一緒に行きますよ」
「いいの? あんたは、ただ巻き込まれただけなのに……」
「ここまできて放っておけませんから」
そう……放っておくことなんてできない。
姫さまは泣いていた。
こうして強気に振る舞っているものの、内心ではとても辛いはずだ。
そんな姫さまを一人にすることはできない。
俺にできることがあるのならば。
できる限りのことをしようと思う。
「うまくいく保証なんてないわよ?」
「うまくいかせてみえますよ。いかなかったとしても、それはそれで構いませんよ。俺が選んだ道です。覚悟はありますし、責任も自分でとります」
「あたしが負けたら、王家に対する反逆罪に問われるかもしれないわよ?」
「そうかもしれませんね。でも、構いません。姫さまと一緒にいきますよ」
「まったく……」
やれやれというように、姫さまが苦笑した。
でも、どことなく雰囲気は優しい。
「あんた、ものすごいお人好しなのね。それに、とんでもない力を持っているし……あんたみたいな人、初めてかも」
「それ……最初会った時の再現ですか? なーんて、そんなこと言うわけないでしょ、っていうアレですか?」
「ち、違うわよっ。あの時は、その……頭に血が上っていたし、あんたのこともよくわからなかったから……」
姫さまは困ったような顔をして、頬を染めて……
どことなく怒られて言い訳をする子供みたいだ。
ちょっとかわいい
「でも……今は違うわ。あんたのことをそれなりに理解しているつもり。とても強い力を持っていて……とてもまっすぐな心を持つ人」
「姫さま……俺を褒めるなんて、熱でもあるんですか?」
「ないわよっ! 人の賛辞くらい黙って受け取りなさいっ」
ついつい余計な一言を発してしまう。
俺の悪いクセだなあ。
「もうっ……ホントに変わったやつね。でも、そういうものなのかもしれないわね、勇者っていうのは」
「……え?」
今、なんて……?
「あたしもスフィアも、まだ学校に入ったばかりの勇者見習い。ううん、見習いですらないかもしれない。まだ勇者見習いの卵、ってところかしら? でも……あんたは違うわ」
「そ、そそそ、そんなことはないですよ!? 俺はごくごく普通の、一般的な農家の息子ですよ?」
「なんで、そんなに動揺してるわけ?」
「い、いえ……」
「とにかく……あたしは、あんたのような人が『勇者』にふさわしいんだろうな、って思ったのよ」
「そんな……また、どうして?」
「あたしたちと違い、怯むことなく暗殺者集団に立ち向かうし……それ以前に、自分の体を盾にしてあたしを守ってくれるし……そういうところよ」
姫さまがまっすぐな目で俺を見た。
その視線には、尊敬の念がこめられている。
「ちょっと悔しいけど……あんたには、あたしたち以上の勇気があるわ。おそらく、どんな困難に直面しても、決して諦めることなく、前に進むことができる。そんな勇気を持つ者……だから、あなたは『勇者』にふさわしいと思ったのよ」
そんなに大層なものじゃないんだけど……
照れてしまうと同時に、評価されたことは素直にうれしい。
とはいえ、あまり持ち上げられても困る。
そのまま勇者にされてしまったら、のんびり生きることが不可能になってしまう。
ほどよいところで評価を止めておかないと……
「えっと……話はこれくらいにして、そろそろ行動に移りましょう。時間をかけていたら、相手が動くことを許してしまいますからね」
「それもそうね」
姫さまが証拠品らしき書類をスフィアに渡した。
スフィアは、それを鞄にしっかりとしまう。
「それじゃあ、困った姉さまの討伐といきましょうか!」
「あ、あの、姫さま……倒してしまうのは……」
「言葉のアヤよ。それくらいの意気込みで挑む、っていうこと」
「そ、そうでしたか……姫さまのことだから、本気で狩るつもりなのかと……ほっ」
「なんか言った?」
「な、ななな、なんでもありませんっ」
二人のコントは見ていて心が和む。
「あんたも準備はいい? 姉さまのことだから、すでにこちらの動きに気づいていて、妨害をしかけてくる可能性が高いわ。たぶん、また戦闘になる。平気?」
「いつでも問題ありませんよ。ちょうどいいから、色々と確かめておきたいですし」
「確かめる?」
「あ、いえ。こちらの話です。準備なら問題ありません」
「ならよかったわ。厳しい戦いになるかもしれないけど、それに見合う報酬はきちんと用意するから、力を貸してちょうだい」
「えっ? 報酬なんてもらえるんですか?」
「当たり前じゃない。王女であるあたしの力になったんだから、それ相応の報酬を用意するわよ。あと、勲章もアリかもしれないわね」
「なるほど、報酬がもらえるのは……えっ!? 勲章!!!?」
「なに驚いているの? あたしの命を救い、その力になった。十分に勲章ものよ。場合によっては、爵位を授けてもいいくらいね」
「えっと……できればそういうのはいらないというか、勘弁してほしいんですけど……」
「さあ、行くわよ! ロルム姉さまとあたしの決戦よっ」
「お願いだから話を聞いてくださいっ!!!」
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